血液探偵事務所!

宇地流ゆう

文字の大きさ
3 / 8
第1章「キャッスル・ブラン」

3. 聖クン、今日のオススメは?

しおりを挟む
「ツボの弁償代を払えこの野郎~!!!」

「わああああ待ってください、今金継ぎしてますから!!絶対美しく直しますから!」

 必死に言い訳しながらツボの破片を集めても、その鬼の形相の「店長」は容赦無く迫ってくる。その恐ろしさに、遂に金継ぎを諦め逃げ出そうとした途端。

 突然、耳元でコンコン、と机を叩く音がした。

「ひゃっ!」

 思わずびっくりして起き上がる。
 そこには鬼の形相の男も、壊れた壺の破片もなく、いつもの教室。周りの生徒はあたしの間抜けな声にクスクスと笑っている。

「昨日と同じことを繰り返したな、真田」

「そ、そのようですね」

「明日も寝ていたら、その時はどうなるかわかっているだろうな?」

「ぺちゃんこにされて、串刺しですか?」

 しまった、思わず口をついて出てきちゃった。

「……? 欠席扱いにする。それで単位を失えばまあ刺された気になるだろうな」

 先生は顔を顰めながらも、そう言って横を通り過ぎたので、あたしは肩をすくめてシャーペンを取った。全く冗談じゃない。

 授業の終わりの鐘が鳴ると、真っ先にあたしの前にとんできたのは、幼馴染の徹也だった。

「ごめん、一花!昨日お前が寝不足なのはこないだの捜査のせいだよな。いつも事件に巻き込んじゃって、ほんと申し訳ない」

 まあ今日の寝不足は明らかに昨日の出来事が関わっていると思うけど……

「そんなのいつものことよ。でもお礼なら今日のお弁当もらってあげてもいいけど」

 あたしはそう言ってニヤリと笑って見せた。

 そう、この倉橋徹也は警視庁で働いている倉橋刑事の息子なのだ。
 それで彼は将来の勉強のためといって、このあたりで起きる様々な事件を、父にこっそりついて行って手伝っている―――とカッコイイんだけど、実はそれにはあたしの協力も結構含まれている。

 でも親友のため、事件解決のためにこの町を走り回るのはあたしにとって嫌でもなんでもないのだ。むしろ、そうやって「事件の匂いがする場所に首を突っ込む」のが意外と面白いので、あたしとしては大歓迎ってわけ。

「お弁当、今日一個しか持ってきてねえよ」

 徹也はかりかりと頭をかいて言った。あたしは図々しくも一昨日の報酬をもらおうと、笑みを浮べたまま言った。

「じゃあ、購買のパン。ジャムサンドは?」

「しょうがない、一花には毎回助けてもらってるからフルーツ・オレもつけてやる」

「そうこなくっちゃ」
 あたしが手を叩くと、徹也はふう、と息をつく。


「そうそう」
 廊下を歩いていると、徹也が思い出したように言った。

「この間さ、暴力団グループの下っ端を、親父が捕まえたって話しただろ?何か裏事情持った会社と取引してるらしいけど」

「じゃ、警部が今狙ってるのはその会社と暴力団グループなの?」

「暴力団を捕まえれば会社のことはわかるだろうね」

「ふうん」
 あたしが考えを巡らせながら呟くと、徹也が念を押すように言った。

「一花、今回の話はスルーだよ」

「わかってるわよ。徹也だってその事件については閉め出し食らってるんでしょ」

 あたしが言うと、徹也は腕を伸ばしながら大きくため息をついた。

「ほんと、もうちょっと大人扱いしてくれてもいいのにさ」

「子供だもの、心配なのよ。お父さんも」

「よく言うよ。一花だって今だにブロッコリー食べられないくせに」

「あら、ブロッコリーは食べられなくてもアルバイト刑事はなんなくやってるでしょ」

「そうじゃないときもあるけどな」

 あたしは肩をすくめた。そうじゃない時っていうのは、勝手に事件調査に走り回っていたあたしが、まさかのあっち側に捕まって事件をますますややこしくさせたことだ。そのときは散々怒られたし、倉橋親子に多大な迷惑をかけたけど、あたしと徹也はこっそり事件を追うのをやめられていない。

「とりあえず、子供はお家でお勉強しなさいってよ」

 昼休みの購買の混雑の中で、ジャムサンドとフルーツ・オレをすくい上げた徹也が言った。

 そこで、あたしは今日から一日の五時間を喫茶店でのアルバイトに費やされることを思い出した。ああ、あたしの大切なお勉強の時間が———!

「まったく、一花がそんな言いつけ聞くような優等生じゃないことくらいわかってんのに」

 お金を購買のおばちゃんに渡した徹也が、あたしの手の中に二つを落とすと、にんまり笑顔を浮かべてみる。

「さすが。警部より徹也の方がわかってる。家で静かに机に向かってたら吐き気がしてくるもん」


 ◆


 その日あたしが何に驚いたかって、そう、その店になんとお客さんが自然な感じで入っていくことだった。

 それを見てあたしは目を丸くせずにはいられなかった。昨日はもう商売困難で潰れたと思っていたほどがらんとした店に、なんと前を歩いていた女子大生グループがキャーキャー言いながらそのドアを開けて入っていくのだ。

 現代の象徴のような彼女達が、現代か現実かもわからない不気味な喫茶店へ自ら進んでいく。

 おかしい。絶対おかしい。

 一応喫茶店のドアを確認すると、確かに「キャッスル・ブラン」と札がある。

 ふと思い立って、試しにその名前をスマホで検索してみたが————

 どこにも出てこない。公式サイトも、食べログのレビューも、SNSの投稿もゼロ。
  今どきありえなないが、自然な感じで客が入って言ってるのは目の前の事実。
 
 怪しさが増しているが、帰るわけにも行かず、女子大生たちに続いておそるおそる中に入る。

 そこは間違いなく、昨日雨宿りに入った喫茶店だった。おんぼろ骨董品と協調性のない悪趣味な置物、それに鉄の鎧。相変わらず店内は薄暗かったけど、なんとなくその微妙な照明が喫茶店をいい雰囲気にしている。

 そして昨日は人一人見当たらなかったカウンターに、さっきの女子大生が早々に陣取っていた。しかも、推しアイドルを前にしたファンのように盛り上がっている。

「いつものでお願いしまーす」

 と一人が弾んだ声で言い、他の仲間も「あたしもー」と口を揃える。

「聖《ひじり》クン、今日のオススメは?」

「こちらのケーキセットです」

 カウンターの奥にいるらしい店員の、あまり愛想のない声。確かに昨日聞いた声だ。

「じゃあそれで!」

 あたしは盛り上がる彼女達を横目に、隠れるようにカウンターに近づいた。

 やっぱり。彼女達の熱い視線の中で、クールな顔でコーヒーを煎れているのは、まぎれもなく、昨日あたしを脅した謎の男だ。

 そして彼はこちらに気づくと、ぴくりと眉を上げた。

「遅いぞ新人。奥にエプロンがあるからそれをかけろ。アイスラテとそこにあるサンドイッチを二番テーブルだ」 

 早口にそう言うと、手前のショーケースから今しがた注文を受けたケーキセットのケーキを素早く取り出す。昨日はがらんとしていたそのショーケースには今色とりどりのクッキーやパイ、美味しそうなケーキが並んでいる。

 あたしはいきなりの命令に戸惑いながらも、とりあえず言われるとおりにした。

 奥にあった黒い前掛けをかけてカウンターに出ると、青年がすぐに無言であたしの前にアイスラテとサンドイッチを置く。席に持っていけという意味だろう。

 2番テーブルにそれらを持っていくと、新聞を読んでいた渋めのおじさんがちらりとあたしを見上げて、「なんだ、新人か」と呟いた。

「なんだ、常連さんか」と言いそうになったけれど、それは飲み込んだ。

 この店に何人かの常連客がいることは三十分もすればわかった。だけど驚くべき事態はそれだけじゃなかった。

 どうやらもう一時間近くあそこにいるのではないかと思われるカウンターの女子大生は、そこで無表情に仕事をこなす彼が目当てのようなのだ。

 彼、女子大生の話からようやく掴んだ名前、「聖《ひじり》くん」だ。あたしからすると、警察に行こうか迷ったほど怪しげで警戒すべき謎男だが、彼女達には〝クールミステリアスの聖クン〟というアイドル的存在らしい。

 確かに顔はすっきり整ってて身長も高い。黒い前掛けと真っ白なシャツがよく似合っているし、洋風な顔立ちも相俟って、フランスの街角カフェにいるバリスタのようとも言えなくない。昨日はそれどころじゃなかったけど、よくよく観察してみると女子が黄色い声をあげてもおかしくない風貌だ。

 でも、ちょっとは微笑んだり口数を増やしてもいいんじゃないかなー、とあたしが「聖くん」を眺めていると、

「しっかり働けと言っただろ。5番テーブルにエスプレッソだ」

 と低い声で命令される。残念なことに、命令に従うしかない。なぜこんなに無愛想で意味不明な彼にファンがいるのかは謎だ。

 それから午後七時過ぎになると、ぱったりお客が来なくなった。店にいた客は全員ばらばらと出て行き、それから一時間カウンターでお客を待ったけど、人一人来なかった。

 女子大生の甲高い声やコーヒーを煎れる音、おじさんの新聞をめくる音も、まるで遠い昔の出来事のように、店内は静けさに包まれている。ちょうど昨日、あたしがここに飛び込んだときと同じような状態だ。

 そういえばあたしが昨日ここに来たのはたしか七時過ぎだったけど、昨日も今日と同じ状況だったのだろうか?でもこの喫茶の営業時間は十時までだし、毎日規則的に七時を過ぎると客が来なくなるっていうのはおかしい。それとも偶然?

 あたしが横でマグカップや皿を水洗いしている彼を不思議に眺めていると、すかさず「手を動かせ」と命令される。

 持っていた布巾でしずしずとカウンターを拭きながら、ずっと聞きたかったことを口にした。

「あの、あなたの名前って〝聖くん〟?」

 彼は一瞬あたしを睨んだあと、低い声で返した。

「東城聖《とうじょうひじり》。東城だ」

「……わかった、東城さんって呼びます」

「君の名前は」

「えっと、真田一花です」

「真田一花、二番テーブルにこれ置いて」

 フルネームで、呼び捨てときたものだ。あたしは慣れない呼び方に違和感を感じながらも言われたとおりにした。

「あたしのことは一花ちゃんって呼んでください!」と笑顔でアピールできる雰囲気でもないし。

 仕方なく、彼から受け取ったものを机の上に置こうとして、変なことに気づいた。その細長い卓上ネームプレートのような木の板には、異様に達筆な漢字でこう書いてあったのだ。

〝血液探偵事務所〟

「血液探偵事務所?」

 思わず声に出してしまう。そしてくるりとカウンターの〝東城さん〟を振り返った。

「……何ですか、これ」


====================

次回、4. 依頼人がやってきた

 謎の「探偵事務所」の存在————思わず東城さんに詰め寄るが、彼は相変わらず脅し文句を連ねるだけ。耐えかねたあたしが「警察に行く」と脅し返すと、なぜか彼は突然笑い出し————?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。

ママはヤンママ女子高生! ラン&ジュリー!!

オズ研究所《横須賀ストーリー紅白へ》
キャラ文芸
神崎ランの父親の再婚相手は幼馴染みで女子高生の高原ジュリーだった。 ジュリーは金髪美少女だが、地元では『ワイルドビーナス』の異名を取る有名なヤンキーだった。 学校ではジュリーは、ランを使いっ走りにしていた。 当然のようにアゴで使われたが、ジュリーは十八歳になったら結婚する事を告白した。 同級生のジュリーが結婚するなんて信じられない。 ランは密かにジュリーの事を憧れていたので、失恋した気分だ。 そう言えば、昨夜、ランの父親も再婚すると言っていた。 まさかとは思ったが、ランはジュリーに結婚相手を聞くと、ランの父親だと判明した。  その夜、改めて父親とジュリーのふたりは結婚すると報告された。 こうしてジュリーとの同居が決まった。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

ビジュアル系弁護士シンゴ&パラリーギャル織田マリア!

オズ研究所《横須賀ストーリー紅白へ》
キャラ文芸
元ホストの蒲生ヒロユキは西園寺財閥の令嬢、レイカと結婚するため、邪魔になった元カノの石原百合香の殺害を計画した。嵐の中、岬の崖から突き落とし計画を遂行した。 ようやく邪魔者を処分した蒲生は清々とした気分で自宅へ戻ってみると、三人の男女が現れた。 ビジュアル系弁護士シンゴとパラリーギャルの織田マリア。そしてイケメン刑事の星優真だ。 織田マリアは、会った瞬間から蒲生を『真犯人に決定』と詰め寄った。 蒲生からすれば心外だ。 なにしろアリバイ工作は完璧だ。 百合香が殺害された時間、蒲生が家に居た事はピザのデリバリーをした配達員が証言してくれるはずだ。 だがマリアはそのピザをねだって遠慮なく開けてしまった。蒲生は注意するも、わざわざデリバリーしてもらったのに、冷えているとクレームをつけた。蒲生も美少女パラリーガルを甘く見たと後悔するが、時すでに遅しだ。 次々とパラリーギャルのマリアは難癖をつけて蒲生を追い詰めていった。 やがて一億分の一のような奇跡に見舞われ蒲生は自滅していった。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...