世界は残り、三秒半

須藤慎弥

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世界は残り、三秒半

第十一話

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 写真よりも右に針の進んだ、宙に浮いた終末時計が目前に迫った。
 その針は、今も少しずつてっぺんに向かって動いているという。

 ──本当にあったんだ。
 
 明らかにヒトの創造物ではない代物に目を奪われて、瞬きを忘れた俺は遠くのそれに見入っていた。

「あ、あれが……終末時計……」
「そうだ。目を疑うだろ? しかもあの周囲だけ無重力なんだ」
「……なんでそんな事が分かるんだよ。え、ちょっ……リアム?」

 問いを無視したリアムがおもむろにシートベルトを外し、席を立つ。
 俺の声は、数十センチ離れてしまうともう轟音にかき消される。
 背中を丸めて後ろの僅かなスペースに移動したリアムを目で追うと、彼は何やら謎の球体を触り始めた。
 一番デカいバランスボールよりもさらに一回りほど大きなそれは、金属製なのかプラスチック製なのか、この距離でも判断がつかない。
 こんなのはじめから乗ってたっけ?

「リアム! それ何!?」
「…………」

 大声でリアムに問うと、振り返って笑顔を見せはしたものの返答は無かった。
 秘密主義もほどほどにしてくれないと、覚悟を決めさせられた俺は心細くてしょうがない。


 ピーピーピーピー……──。


 刹那、リアムの座席に置かれたハイテク機器がヤバそうな音を轟かせる。
 この轟音の中でも響く、耳をつんざくような警告音にリアムの表情が強張った。

『──グレッグ、私が降りたら速やかにここを離れて例のシェルターへ急げ。いいな』
『……はい』

 リアムは背中を丸めたままグレッグのもとへ移動し、口早に何かを告げて俺のシートベルトを外しに戻ってきた。
 座席で鳴り続ける、耳鳴りにも似た音がやかましい。
 そんななか立ち上がるよう促され、耳を塞いでたせいか揺れ動く機体で体がよろめいた。
 その拍子に、俺の体を支えてくれるリアムにちょっとだけオーバーに寄りかかってみる。

「ユーリ、この中に入るんだ」
「え!? や、やだよ」

 すごく勇気を出して甘えてみたのに、無表情のリアムは謎の球体の扉を開けてその中に俺の体を押し込んだ。
 ごろん、と尻もちをついた俺は、何がなんだか分からない。
 終末時計を目前にして、何のお遊びのつもりなんだと球体から出ようとしても、リアムから肩を押し戻されてまた尻もちをつく。

「リアム! どういう事なんだよ!」
「終末時計の針を人為的に操作する。私は魔法が使えるわけでも、指導者等に働きかけるほどの権勢も無い青二才だからな。発見者として神に立ち向かうだけだ」
「リアムがあれの発見者なのか!?」

 瞬間的に、少々頭の出来が悪い俺でもリアムの背景が想像出来た。
  “どこかのお金持ちが文明の利器を使って……”。 
 あれはリアムの事だったんだ。

 一旦自動操縦に切り替えたグレッグが身に付け始めた真っ白な防護服といい、俺が押し込まれたこの球体といい、終焉にはさせないという善良で優秀なアルファ様の意志に恐怖を覚えた。

「同性どもの悪行は同性がかたを付けないとな。神の創造物だとするならば、針を戻す事でこの世がどうなるのか……見ものだろ?」
「リアムがそんな危険な事しなくていいじゃん! 同性だからってリアムが矢面に立つ事ない! 俺は……っ、俺は、最期くらいリアムと居たいよ!」
「私は最期にしたくない。だがどうなるか本当に分からない。私は……ユーリの命を守りたいんだ」
「嫌だ、嫌! リアムがどうなるか分からないのに、俺だけ助かるなん、て……っ」

 涙で歪んだリアムの姿が迫ってきて、ぶつかるようにして唇が重なる。
 それは一瞬の出来事で、三度目のキスの余韻も感じさせてもらえないまま、無情にも球体の扉は閉められた。





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