必然ラヴァーズ

須藤慎弥

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 なぜ父親は、こんなにも普通に対峙出来るのだろう。

 まるで世の中のごく普通の父親のような話し方に、隣に居る社長もなかなか助け舟を出してやれずにいた。

 水の飲み過ぎで本当にトイレに立ちたいと思い始めた聖南は、これ以上会話をするつもりはないとばかりにテーブルに手を付いたが、またもや父親に引き留められる。


「聖南、…………怒っているか」

『………………』


 その言葉の意味は、いちいち聞かずとも勿論分かった。

 会話などしたくない。 親子である意識も遠い昔から無いのだから、気安く話しかけてくれるなと思った。

 だが真意を知りたい聖南は、静かにテーブルに付いた手をもとの位置に戻す。

 逃げ出したい気持ちでいっぱいであったが、何かがストップをかけていた。


「何が」
「……今までの事だ」


 やはり父親は、そういう意味で怒っているかと尋ねてきたのだ。

 そんな質問すら間違っている。

 怒っていないわけがない。

 けれどもう、聖南も少しだけ大人になってしまった。 そして愛する人を見付け、愛を知ってしまった。

 ゆえに ”怒っている“ のとは少しニュアンスが違う。

 葉璃に打ち明けた時から、頑丈だった記憶の蓋はいつしか開けっ放しになっていた。 漏れ出る寂しさと孤独、ぶつけようのない怒りはどんどん葉璃が上書きしてくれているのだ。

 いつからか父親に見放された事すらも、すでに聖南の中では遠い遠い過去……いや、もっと言えば他人事のような心持ちである。

 今はただ、この目の前の男がどうしても父親とは思えない、というだけだ。

 喜怒哀楽を示す事さえ勿体無い、赤の他人。


「…………どう答えてほしい?」
「それは意地悪な返答だな」
「フッ……。 俺を息子だと思うのやめてくれたら、教えてやるよ」
「セナ、それは……」
「大塚、いいんだ。 息子にこんな事を言わせてしまった、私がいけなかった。 ……今までの事を悔いている」


 面と向かっての「悔いている」という台詞に、聖南はこの日始めて父親の瞳を見た。

 憎たらしいほど、瞳の形は聖南とそっくりだ。

 顔の造作は違えど、瞳だけはこの父親譲りらしい。

 無表情の父親と視線がぶつかると、幼かった頃の事が次々と思い起こされて、聖南は下唇を噛んだ。

 噛み締め過ぎて、多分血が滲んだ。 ……痛い。


「後悔するくらいなら……悔いるくらいなら捨てんな。 育てられないなら作んな。 今さら……今さら、父親面するな!」
「セナ……っ」


 感情が昂った聖南は、テーブルを拳でドンッと殴った。

 思い起こされた幼き聖南が、広いマンション内で電気のスイッチが分からないと真っ暗闇で泣きながら一夜を過ごしている。


 誰か来て、何も見えない。
 お父さん。 お母さん。 どこに居るの?
 いつ帰ってくるの?
 あと何回我慢したら、一緒にいてくれるの?
 

 大人になった聖南は、簡単にあの時に還ることができる。

 毎日、毎日、独りだった。

 誰にも頼れなかった。 頼ることを知らなかった。

 かつて一度、水道が止まった事があった。

 多忙過ぎる最中の単なる料金の払い忘れだったのだろうと今になれば分かるが、小さかった聖南はお風呂もトイレも飲用水さえも、ハウスキーパーがやって来る三日後まで我慢しなければならなかった。

 なぜ水が急に出なくなったのか、分からなかった。

 どうすれば出るようになるのか、分からなかった。

 このまま永遠に水が出なければ、ひとりぼっちで泣いている間もなく干からびて死んでしまう。

 我慢しなければならなかった事が問題ではない。

 あの時、幼かった聖南は誰にも頼れなかった。 誰にも知恵を貸してもらえなかった。

 そんな絶望的な思いを、幼い我が子にさせる父親だ。

 悔いるという言葉が聞いて呆れる。

 当時の気持ちを父親に訴えたところで、何一つ分かってもらえないだろうということだけは分かった。

 だから聖南は、父親面するな、と言ったのだ。 




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