必然ラヴァーズ

須藤慎弥

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 通話中、青木が戻ってきた。

 今この電話を切るわけにはいかないと、聖南は青木に右手で詫びを示し別の空き部屋へと入る。

 昨夜の憤りが嘘のように心穏やかだった。

 記憶のまま、感情のまま、我を忘れて声を荒げてしまうかもしれないという懸念は、聖南だけでなく電話口の父親もきっとそうだったに違いない。


「……あんた名前なんだっけ」
『名前? ……康平だが』
「康平な。 ……やっぱり俺はあんたの事を父親だとはどうしても思えねぇから、親父とは呼ばない」
『……呼び名など何だっていいさ。 私は聖南を息子だと思っている。 そう思わせていてくれるだけで充分だ』
「………………」


 聖南の記憶の中の父親とは、随分とイメージが違う。 その記憶に長く囚われていた身としては、父親だと思えるはずがない。

 だが確実に血の繋がった親である事にかわりはなく、聖南は当時より随分白髪の増えた男の名前すら覚えていなかった事に苦笑を漏らしながら、それすらも寛大な父親への思いはほんの少しずつだが変化していた。

 電話の向こうで、聖南と同じように複雑な気持ちを抱えているからか、父親が殊更申し訳なさそうな声色だからかもしれない。


「…………話はそれだけ?」
『あぁ、いや、大塚から聞いたんだが、私共に聖南達の事が知られたからと昨日の彼が慌てて社長室を飛び出したらしいな。 見付かったのか?』
「まだ。 俺仕事中だから追えなくてな。 終わったら動く」
『そうか……。 聖南、彼も交えて食事に行こうな、必ず。 私に負の感情など一切ないから、それだけは伝えてあげなさい』
「分かった」


 社長も言っていた通り、葉璃の激怒を目の当たりにした二人は全くもって非難する気配がない。

 それどころか、聖南を受け入れた葉璃に対して感謝の気持ちさえ抱いていそうだ。

 確執がどうこうの前に、すべてを察した父親の好意的な反応によって、聖南の態度が軟化したと言っても過言ではない。

 父親とは思わなくていい。 歩み寄りたいと言うのであれば勝手にしたらいい。 ……それをも理解した父親の贖罪の意は、聖南にもきちんと伝わっていた。


「あ、あんたの会社って物にGPS埋め込める?」
『何だ、藪から棒に……あぁ、そういう事か。 出来るぞ。 今度品を持って来るといい。 極秘な』
「りょーかい。 俺仕事戻っから。 じゃな、康平」
『あぁ、……ありがとう、……聖南』
「…………ん」


 聖南の態度はまるで父親に対するものではなかったが、こうしてあの幼い頃の思いをまるごとかき消すかの如くしおらしくされては、調子が狂うというものだった。

 何に対しての「ありがとう」なのか、すでに聖南は分かってしまった。

 たったこれだけの事が、どうして今まで出来なかったのだろうか。

 それはひとえに、聖南と孤独があまりにも密接で隣り合わせだったからに過ぎない。

 今や愛しの葉璃という守るべき対象がいる。

 そして仲間もいる。

 聖南はもう、あの頃のように孤独ではない。


『…………痛くねぇ……』


 毎日毎日、ひとりぼっちの空間で目を覚ます度に痛みを伴っていた、過去のトラウマと言うべきそれは真っ黒でとてつもなく大きな箱だった。

 開けたくなくても葉璃と向き合うためには鍵を外さなくてはならず、解錠したと同時に様々な思いをよぎらす羽目になった。 仕方無しとはいえ、良い意味でも悪い意味でも聖南の心を支配していき、葉璃という拠り所に縋らなくては立っていられそうもなかった。

 その箱は今や弾けてバラバラになったが、聖南は心は少しも痛くない。

 昨夜に続き、満ち足りた気分であった。

 父親の言葉足らずなところは、聖南とよく似ている。

 彼にとっては、ようやく訪れた絶好の機会だったはずだ。 しかしあまりにも高い防壁を作った聖南の前で気力を失い、うまく言葉が紡げなかったのだ。

 気持ちが晴れたからと言って聖南も簡単には許せないけれど、これまでよりもこれからの方が長い付き合いになる。

 本当はまだ怖い。 許せないという思いも確かにある。

 少しずつ、少しずつ、前に進んでいかなければ。

 思い込んだら聖南との約束すら簡単に破ってしまう、荒くれ葉璃との未来のためにも。



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