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朝早くからだった撮影とミーティングは午後三時で終了し、聖南は車内で康平にアポを取ってから社屋へと向かった。
途中どうしようかと悩んだものの、大塚社長の好物でもある高級煎餅を康平に土産として買い、大人社会で生きてきた聖南の性分が出た。
受付で騒がれながらも、無事にネックレスを持って副社長室の前にやって来たはいいが……。
足が竦んでノックが出来ずにいる。
『……電話だと平気なのになぁ。 実際会うとなると動けねぇ……』
それでも、例の頼みごとをしなければならないので重い一歩を踏み出し、ノックを二回した。
「聖南だろ? 入りなさい。 ……やっぱり聖南だ。 こんにちは」
「…………帰りてぇ」
「来たばかりだろ。 掛けなさい」
電話でも感じていたが、康平はどことなく聖南の口振りと似ている気がして、遺伝したのは目だけじゃなかったのかと苦笑する。
革張りの重厚な椅子から立ち上がった康平が対に置かれたソファの一つに掛けたので、聖南はその前に落ち着いた。
「これ土産」
そう言って紙袋をテーブルに置くと、康平は分かりやすく派手に喜んだ。
「な、何だと? 嬉しいじゃないか! おぉ、ここの煎餅好きなんだ!」
「あっそ」
「……つれないな、聖南は。 まぁ少しずつな、少しずつ。 煎餅ありがとうな。 ……で、例のものは持ってきたか?」
言いながらも早速煎餅の包み紙を開けている康平は、何とも嬉しそうである。
大塚社長も言っていたが、確かに目の前のこの男は見るからに不思議オーラを放っていて、過去の事はもしかして特に深い意味など無かったのではと思わせた。
苦笑が治まらない聖南がネックレスを取り出して見せる。
「これ。 トップが厚めなの選んだからいけっかなーと思ったんだけど、どうよ」
「……うーむ、一応聞いてはみるが。 厚みは問題ないだろうが、継続して使うには色々と工夫せねばならん。 受信機は多少ゴツくなっても構わんのか?」
「ポケットに入ればいい」
「それならいけるだろう。 メンテナンスと称して外させるか、あの子が寝てる隙に聖南が外すかは任せるが、とにかく機器だから充電を必要とする。 GPSの拾える範囲も限られてくるしな」
「広範囲。 ギリギリいっぱい超高性能のやつでよろしく」
親子は、傍から聞けば物騒な会話をしていた。
これから先、愛しの恋人がどこへ逃げてもいいように、聖南は葉璃へのプレゼントのネックレスにGPSを埋め込もうとしている。
少し前にツアー関係者から、康平の勤める会社は電子機器を取り扱う部門があると聞いて閃いてしまったのだ。
電話の際に皆まで話さずとも康平は聖南の意図を汲んだので、さすがだと思った。
「それとな、この綺麗な品が少しばかり傷付くかもしれんが……」
「溶接し直しはこっちでやるから大丈夫。 とりあえず埋め込んでさえくれれば」
「任せておけ。 聖南からの初めての頼みごとだからな、張り切るぞ!」
「張り切んなくてもいいけど」
今の世なら、聖南が驚くほどの高性能なものがありそうだ。
頼られて嬉しげな康平は手土産の煎餅をバリバリッと食べ始め、聖南もどうだと言われたが遠慮した。
以前事務所の社長室で、美味い美味いと手がとまらなくて三枚も食べ、後になって腹が苦しかった嫌な思い出があるのであまり煎餅は口にしたくない。
「聖南。 まだわだかまりも溶けていないうちからこんな事を言うのは気が引けるが……」
「……何だよ、葉璃のこと?」
「ハル、というのか。 可愛い名だな。 顔と合っている。 漢字はどう書くのだ?」
「……葉っぱに瑠璃の璃」
「ハリ、と書いて葉璃と読むのか」
「そ。 葉璃ママが字間違えて役所に届けたらしい」
「おっちょこちょいなお母様だな」
「すげぇいいママだよ。 ってか葉璃が何?」
聞きたい事があるなら早く言ってくれと、聖南は急かしたい気持ちをこれでもグッと抑えていた。
普通に会話をしていても、どうしても目を見ては話せない。
本当は頼み事をするのは借りを作るようで気は進まなかったが、康平ほどの地位があれば無茶を通せると思った。
葉璃との交際を大塚社長と同じく否定してこなかった事も聖南の中ではかなり大きく、そして何より……この頼み事でほんの少しだけ康平との距離が縮まるかなという、微かな望みもある。
康平はすでに聖南との仲は修復完了のようなテンションだが、さすがに長年の様々な思いを抱える聖南の方はそこまではいけない。
「……その葉璃くんと籍を入れると電話で言っていたが……どうやってするのだ? 日本では同性婚はまだ認められていないだろう?」
「なんだよ、そんな事? 俺の戸籍に入れる。 それだけの話」
「戸籍にったってなぁ……。 あぁ! 養子縁組か!」
同性婚は認められていないという事まで知っているのに、しばらく沈黙した康平を苦笑いで見てしまう。
聖南は綺麗な二重瞼で少し二重の幅が広い。
若干の垂れ目がちで瞳が茶色なので、その麗しい瞳がファンに騒がれる要因でもあるのだが、康平の瞳の造りもほとんど一緒である。
早いうちから、視界にすら入れたくないと思っていたせいで康平の若い頃の記憶もあまりない。
認めたくはないが、「似てるなぁ」と聖南自身もしみじみ思ってしまう。
「……あんたほんとに副社長なのか? GPS埋め込むのは察しが早かったくせに」
「副社長なのだよ、これが。 再来年には恐らくもう一つ上の階に居る。 ……仕事に取り憑かれ、息子をないがしろにしての結果だからあまり嬉しくはないな……」
聖南は何の気無しに、彼の不思議オーラを茶化しただけだ。
けれど機会を得た康平が唐突にポツリと心境を話し始め、その辺の準備をしてこなかった聖南の心中は困惑を極めた。
今さらやめろとも言えないし、聞けるものなら聞いておきたかった事なので相槌だけ打って先を促した。
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