必然ラヴァーズ

須藤慎弥

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 すべてがうまくいき過ぎていると思ったのだ。

 何か良からぬ事の前触れかのように、近頃の聖南は「幸福」の一言に尽きるような毎日を送っていた。

 間もなく始まるツアー準備も抜かりなく万端で、日々の仕事も葉璃の存在が心に在るおかげでやり甲斐と楽しさを見出している。

 父親である康平とも何となく和解し、あれから例のネックレスの件で三度ほど電話で話をした。

 今まで背負っていた黒く重たい塊が一気に無くなった事で、多忙を極めてはいるがとても充実している聖南は、以前にも増して活き活きとしていた。

 ───愛する恋人の事以外は。


「……うわっ! なんだよ、今度はどうしたんだよ」
「えーーまた問題発生?」


 アキラとケイタは、CROWNとしてのバラエティ番組の収録のためテレビ局へやって来た。

 駐車場でバッタリ会った二人は揃って控え室の扉を開けると、少し前から居たであろう聖南が電気も付けない暗闇で、かつ畳に体育座りをして気配を消していたのである。

 二人の心臓は飛び上がった。


「あ、おはよ。 アキラ、ケイタ……」


 アキラが電気を付けると、ゆっくりと二人を見た聖南が湿気を帯びた挨拶をしてきた。


「うわぁ、ジメジメしてるー」
「きのこ生えそうだな。 どうしたんだよ、今度は何だ」


 この様子の聖南を見るのは何度目だろうか。

 二人は顔を見合わせ、聖南から少し離れた位置にあるパイプ椅子に腰掛けてアキラが振り返る。

 聖南がジメジメしている時は大体が葉璃絡みなので、また何かやらかしたのかと声を掛けたがあまり反応がない。


「セナ、収録中もジメジメされっと困るから話せよ」
「ほんとほんと。 マジでそのままだと、きのこ生えるよ!」
「生えねぇよ、生えるわけないだろ……」
「もう生えてんじゃね? どうせハルの事だろ? いいから話せ」


 渋々立ち上がった聖南が、二人の元へ歩んでボソッと何かを呟いた。

 コーヒーを作ろうとポットから湯を注ぐ音でかき消されるほど、それはそれは小さな声だった。


「あ? 何て?」
「葉璃から連絡がこないっつったんだよ……」


 マドラースプーンで紙コップの中のコーヒーを混ぜている聖南は、見るからにしょんぼりしている。

 やはり葉璃絡みだった事と、連絡がこない事でこのジメジメ聖南が出来上がっている事情を知ると、アキラもケイタもやれやれと溜め息を吐くしか出来ない。


「ハル君、今めちゃくちゃ忙しいんじゃない? もうデビュー会見は来月だろ?」
「俺らのバックダンサーもあるしな。 デビューの準備と俺らのダンス覚えんのとでいっぱいいっぱいなんじゃねぇの? せめてデビュー会見までは大目に見てやれよ」
「ケイタ……お前、葉璃達のとこに何回かレッスン行ってるだろ? どんな様子だった? 忙しそう? 風邪引いてねぇ? 可愛かった?」


 聖南は仕事とツアー準備に追われていて、葉璃達のレッスンにまだ顔を出せていない。

 そのため、振付を担当しているケイタにそれを託していたのだが、無理をしてでも行けば良かったと死ぬほど後悔している。


「セナがいっぱいいっぱいになってるじゃん……」


 葉璃に会いに行ったあの日以降、目に見えて葉璃からのメッセージが少なくなっていて、気付けばここ三日「おはよう」「おやすみ」すらも無い。

 毎日の日課であるメッセージで元気を貰っていた聖南にとって、これは由々しき事態だった。

 これでは何を糧に仕事を頑張ればいいのか分からない。


「ハル君も恭也も頑張ってるよ。 もう振付は体に入ったと思うから、俺があと一回レッスン付けば完璧かなーって感じ。 風邪も引いてないと思うし、いつも通り可愛かった。 あ、まぁ疲れてはいるっぽかったけど」
「ほんとか!? ……やっぱツアー同行なんて無理させ過ぎだったのか……葉璃達のためになると思ったんだけど……」
「言い出しっぺなんだからそこは後悔してやるなよ」
「そうそう。 マジでハル君達はすごい努力してると思うよ。 大きい会場で大勢の人達の前でダンスを披露するのは、セナの言ってた通りかなり良い経験になるだろうし」
「二人にとっては特にな。 なのに、セナが後悔してたら二人の努力が水の泡になんぞ。 ハルも必死で頑張ってんだから、ジメジメしてないで大人の余裕見せとけ」
「余裕なんてねぇよ! んなもんあったらこんなに寂しくなんねぇ!」


 コーヒーを飲み干した聖南は二人の説得にも耳を貸さず、紙コップをゴミ箱に投げたが動揺しているからかポロッと的を外す。

 落ちた紙コップを拾うトップアイドルの哀愁漂う背中に、アキラとケイタは二度目の溜め息を吐いた。


「……寂しいのか……」
「つまり寂しいわけか……」
「寂しい! 三日も連絡が付かねぇなんてあるか!? ……俺にメッセ打つくらいの時間はあるだろ……」
「いや、だからな、セナ。 ハル君マジで疲れてるんだって」
「セナもあんだろ? 一日仕事に追われてる時、一回もスマホ触んない日がさ」
「………………あるけど」
「見てみろ、それと一緒だ。 ハルが疲れてるってケイタが見て思うんだからよっぽどなんだよ」


 もう着替えなくてはならないので、アキラは立ち上がって衣装を聖南に手渡した。

 ジメジメは一向に治まらないが、とにかく仕事をしてもらわなくては困る。


「…………じゃああと一日待ってみる」
「一日じゃなくてデビュー会見まで待てって!」
「今日のセナはいつも以上に話が通じねぇな」


 仏頂面で衣装に着替え始めた聖南に、二人の説得は届いたのか甚だ疑問だった。



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