必然ラヴァーズ

須藤慎弥

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 心が壊れそうだ。

 たった三日、されど三日。

 朝目覚めてからの、「聖南さん おはよ( ・ᴗ・ )」という顔文字付きの葉璃からのメッセージが三日も届いていないのは、メンタルに相当こたえている。

 ただでさえお互い忙しくて会えないのだから、この朝晩のメッセージくらいは欠かしてほしくなかった。

 日中は時間が合わないので電話も出来ない。

 掛けたところで、葉璃がマナーモードにし忘れていて周りに迷惑掛けたらヤバイかも、そしてそれが元で葉璃が教師やレッスン講師に叱られたら可哀想、などと余計な気遣いで頭がいっぱいになって図々しくもなれなかった。

 聖南は、先程控え室を成田と共に出て行ったアキラが淹れてくれたコーヒーに口を付けた。

 うんともすんとも言わないスマホをただ呆然と眺めていると、突然『葉璃♡』から着信がきてコーヒーを吹き出す。


「ぶっっ。 ……あ! やべぇ、スマホ濡れた! もしもしっ?」
『……聖南さん?』
「は、はるだ! 葉璃! お前連絡寄越せよ! 寂しいだろ! ……ちょっと待て、画面拭くからっ」


 何よりも欲していた葉璃の声を聞いて舞い上がった聖南は、自らが吹き出したコーヒーで画面をわずかに濡らしてしまったので、慌ててティッシュでそれを慎重に拭った。


『画面拭く?』
「あ、いや、こっちの話。 ……っつーか何してんだよ、マジで!」
『ごめんなさい、……昨日連絡してませんでしたね』
「昨日どころじゃねぇし! 三日前からだし!」
『えぇっ? そうでした!? ごめんなさい、それはほんとにごめんっ』


 ひどく慌てた声色で謝るので、葉璃は本当にスマホにも触れないほど疲労困憊だったのだと悟った。

 寂しくて寂しくて、きのこが生えそうなどと軽口を叩かれるほど聖南はジメジメしていたが、葉璃の声を聞いただけで気持ちが晴れやかになれている。

 ……子どものように文句は言ったが。


「いいけど。 別に怒ってるわけじゃねぇし。 ……葉璃、忙しいのか?」
『うん、忙しい……かな。 レッスンと挨拶回り終わって帰って宿題してたら寝落ちして、朝は寝坊して学校に行くって感じで……。 聖南さんにメッセージ打たなきゃって思っててもいつの間にか時間経っちゃってるし……』
「そうか……」
『聖南さん、ほんとにごめんね? 寂しがらないで? 俺がんばってるよ、聖南さんもがんばってるかなって思いながらレッスンやってるよ』
「葉璃……」


 葉璃はとても落ち着いた声で、優しくそう言ってくれた。

 余裕など皆無で落ち込んでいた自身を恥ずかしいと思えるほど、葉璃は毎日やらなければならない事を頑張っているようだ。

 連絡がなくて寂しかった!何してるんだ!と、半ば問い詰めるような口調だった聖南も、葉璃の言葉に感激して胸がジーンと熱くなった。


「……分かった。 ……葉璃がそんなに頑張ってるなら、俺も頑張る。 ……でも、……会いてぇ……」


 声を聴くと、無性に顔が見たくなる。

 満ち足りた不満のない毎日だが、葉璃不足は否めなかった。

 文字で会話をしていてもそれは募るのに、声を聴くともうダメだ。

 すると、思いがけず葉璃も同じ思いだったようで、電話の向こうで溜め息を漏らしている。


『俺も会いたいよー……』
「……葉璃……」


 素直に返してきた葉璃を、今からすべての仕事を投げ出して連れ去ってもいいだろうか。

 そんな突拍子もない事を考えて耽っていると、少しの間の後、葉璃が『あっ』と声を上げ何かを思い出した。


『そうだ。 今度の土日でMVの撮影が西港町のスタジオであるんです。 聖南さん、Hottiの撮影はいつもそこだったよね?』
「マジで!? 今度の土日って今週? そういや、撮影は五月末か六月頭って聞いてた気するな」
『そうそう、そうなんです。 春香の影武者で行って以来のとこ。 すごく緊張します……』
「……日曜は無理だけど、土曜は仕事巻きで終わらせる。 そんでそっち行くわ」
『えっ!? 仕事あるなら来ちゃダメですよ!』
「曲書いてるっつったじゃん? あれ上がったから事務所に渡しに行って、それから二十時までフリーもぎ取れるから。 ……緊張すんだろ? ぎゅーしてやる」
『……それすごく嬉しいんですけど、聖南さんがしたいだけなんじゃ……?』
「それも間違いじゃねぇ。 でも会いてぇんだもん。 ……会いてぇの!」


 あのスタジオは嫌な思い出もあるが、聖南にとっては密かに忘れられない場所でもある。

 そこでMV撮影があるなら、何としてでも行きたい。 そして可愛い葉璃をこの目に収めて、ギュッと力いっぱい抱き締めたい。

 思わず「会いたい」と叫んだ聖南に、葉璃が狼狽えているが構うものか。


『わ、分かりましたからっ。 そこ控え室でしょ? 誰も居ないのっ?』
「誰も居ねぇよ。 ……てかなんで控え室だって分かんの」
『あ、それはさっき連絡もらって……あ! はーい! …聖南さんごめんっ、呼ばれちゃった! じゃあまたね、聖南さんもお仕事がんばってね! ジメジメしちゃダメですよー!』


 疲れている事を悟らせないためなのか、元気いっぱいの葉璃は少しの未練も残さず、聖南との通話から去った。

 葉璃はあの逃げ出した日の前日辺りから、少しずつ敬語が無くなってきている。 敬語によってわずかに残っていた聖南との壁が無くなってきた証だとも思えて嬉しい。

 聖南の方が六つも年上なので、まだまだ完全に敬語を取り去る事は意識的な問題で難しいかもしれないが、そこはじっくり待つ。

 そんな葉璃からとても可愛く、ジメジメしちゃダメですよ、と言われてしまった。


「よっしゃ。 日向聖南、復活!」


 葉璃不足が解消された聖南は、天井に右の拳を突き上げて独り言を呟いた。

 その後いそいそと長机の上に乗っていた弁当を広げたもの、食欲が無くてコーヒーばかり飲んでいたせいで半分しか食べられなかった。

 けれど、葉璃から言われた事は絶対なので無理をして限界まで食べた。

 愛する人から可愛らしい叱咤激励を受けたので、もうジメジメしていられない。



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