必然ラヴァーズ

須藤慎弥

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 そこはデビュー曲のMV撮影現場という、葉璃達ETOILEにとっては最初の一歩と通ずる神聖で大切な場所。

 同じ世界に居るものとして、聖南は己の欲望に打ち勝ってキスさえも我慢した。

 なぜなら一つ、この仕事を終えた今日、聖南の自宅に泊まる事を約束させたからだ。

 翌日も撮影があるからと渋る葉璃に、


「お前の恋人が欲求不満過ぎてこの場で押し倒してぇくらいムラムラしてんだけど、俺ん家でヤんのと今すぐここでヤんの、どっちがいい?」


と限りなく大人げない二択を迫ったところ、葉璃は当然ながら聖南の自宅を選んだ。

 撮影は二十二時終了目処らしく、ラジオの生放送がある聖南は一度葉璃とはお別れした。

 生放送後のミーティング終わりにここに迎えに来るからと言い残し、ラジオの現場にやって来た聖南の足取りは不気味なほどに軽い。

 ニコニコで現れた聖南に、アキラとケイタからは今度は「お花畑」とあだ名を付けられたが、何にも気にならない。

 浮かれて当然だろう。 前回のお泊まりから二週間以上も経っているのだ。

 生放送なので、どんなに焦ってもラジオは巻きでは終わらない。

 ならばミーティングを巻けばいいと、聖南が場を取り仕切って周囲を焦らせ、見事二十分の短縮に成功した。

 足早にその場から去る際、アキラとケイタから「明日も撮影あんならハルをぶっ壊すなよ」と釘を刺されたが、それにも満面の笑みで返してやる。


「ぶっ壊しはしねぇよ、大切な俺のもんだから」


 そう言うと二人は「はいはい、ご馳走さま」と苦笑を浮かべていた。

 車を走らせて約二十分。

 短縮した分だけ早く到着は出来たが、葉璃を待たせている事には変わりないので急いで連絡を取ってみる。


「葉璃か? お待たせ。 もう着くから出といで」
『お疲れ様です! 分かりました』
「恭也は?」
『あ、もうお迎え来ちゃってて居ないです』
「そっか。 あと一分で着く」


 はーい、と素直に返事をする葉璃が、知らない者ばかりのスタジオ内で聖南を待っていた事に頬が緩む。

 初めての事ばかりでひどく疲れただろうから、アキラとケイタの言うほどそんなに抱いてやるつもりはない。

 欲求不満なのはいつもの事なのでさておき、聖南はただ葉璃の傍に居たかっただけだ。

 小さな体を抱き締めて眠りたいだけ。

 すべすべなほっぺたにスリスリして、聖南と同じになった葉璃の匂いを嗅ぎたいだけ。

 聖南のベッドで並んで横になり、足を絡ませて羽交い締めにしたいだけ。

 可能なら葉璃のアソコと尻を揉んで様子を見、いけそうであれば、その後ちょこっとだけセックス出来れば充分だ。

 今夜の素敵な妄想に花を咲かせていると、スタジオ入り口から現れた聖南の大好きな人が車を見付けて走り寄ってくる。


『……わ、かわい。 走ってる』


 小走りな葉璃は何故か後部座席にぴょんと乗り込んできて、思わず聖南は「おい」と突っ込んだ。


「なんで後ろ乗るんだよ」
「マスコミの人が居たからですよっ」
「は? どこ?」
「ほら、あっち……」
「お、マジだ。 デビュー会見の日取りが決まって挨拶回りもやってっから、葉璃達の事追ってるんだな」
「聖南さんのスキャンダルの時に居た人達だったから、すぐにマスコミの人だって分かったよ」
「…………不名誉だ……」


 過去二回に渡る特大スキャンダルで、自宅前で張り続けるマスコミをたまにしか見かけなかったであろう葉璃さえも、その者らの顔を覚えていた。

 聖南にとっては耳の痛い話なので、マスコミに追い掛けられる前に早々とその場を後にする。

 走り出した車窓から疲れた様子で外を眺める葉璃へ、ルームミラー越しに聖南は労いの笑顔を向けた。


「葉璃、お疲れさん。 撮影初日どうだった?」
「聖南さんもお疲れ様です。 ……うーん、何かドキドキしてたら終わっちゃいました。 はじめは注意ばっかされてたけど、オッケーって言われると嬉しかったです」


 初めて尽くしの今日、聖南は本当は開始から付いていてやりたかった。

 これは違う、あれも違うとことごとくダメ出しされ、注意され、怒られ、……そうして新人のうちはこの業界の事を学んでいく。

 葉璃の性格を考えると、事あるごとに叱られるとやる気が削がれて泣いてしまうのではないかと案じていたが、彼の瞳を見る限り心配は要らなそうである。


「そうか。 最初は分かんない事だらけで戸惑うかもしんねぇけど、一回やっちまえば流れは掴めるから。 今日でだいぶ分かったろ?」
「はい、少しだけですけどね。 ……いっぱい人が居たから、そっちにも緊張しちゃって……。 今日もたくさん恭也に助けられちゃった……」
「最初のうちはそれでいい。 初っぱなから完璧な奴なんかいねぇよ。 葉璃は特に緊張しぃだしな」


 大勢のスタッフが見守る中、何時間も注目され続けていた葉璃は相変わらず手のひらに人という文字を頼りに、乗り切ろうとしていた。

 本番の声が掛かるまでそれを一心不乱にやっている様を、聖南と恭也は微笑ましそうに、そして大人達も目尻を下げて見ていた。

 MV撮影の監督も、初々しい葉璃の可愛さやあどけなさを目の当たりにして彼を分かってくれただろう。 明日はさらにその良さを引き出してくれるに違いない。

 近頃、聖南と会話するお偉方は口を揃えて言う。

 「緊張してます」など見せかけで、中途半端な者が増えている、と。 そのくせ結果を残さない新人が増えていて、業界人とこの業界をナメていると嘆いていた。

 だが聖南の目から見ても、恭也も葉璃も腰の低さと謙虚さはどこの誰にも引けを取らない。

 パフォーマンスに至っては、まだ二人で合わせ始めて半年ほどしか経っていないというのに驚くほどのシンクロを見せ、誰の目にも完璧だった。

 二人ともそれぞれに才能があり、この世界では最も重要な華もあり、謙虚さも持ち合わせている『ETOILE』は、これからの伸びしろが凄まじいと聖南は感心している。


「……聖南さん来てくれてからは、あんまり緊張しなかったです。 あ、いや、……緊張はしてたんですけど、少しだけになりました。 久しぶりに会えたし、緊張もほぐしてくれたし、すごく嬉しかったです。 ……ありがと、聖南さん」
「…………どういたしまして」


『……また俺、忍耐力試されてる? 恋人がかわい過ぎて困るんだけど』


 可愛い上におまけに素直で、葉璃は少しもすれていない。

 その真っ直ぐな感謝をルームミラー越しに伝えられると、聖南もどうしようもなく照れた。

 遠慮がちなのは以前と変わらず、いくらか落ち着いてきた(葉璃が自分で言っているだけだが)卑屈さとネガティブさも、もはや聖南にとっては長所だ。



 信号待ちの度に、聖南と葉璃はルームミラー越しで微笑み合う。

 今度こそ「離れない」と誓ってくれた葉璃の瞳が、それを信じさせてくれる。

 ───聖南はたまに、ふと思う事がある。


『葉璃は俺が恋するには勿体無いくらいの子だ』






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