必然ラヴァーズ

須藤慎弥

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 好き過ぎて、愛し過ぎて、怖い。

 そんな感情に心が支配されるとは思ってもみなかった。

 恋とは、爽やかで明るく、とにかく幸せなだけだと思っていたけれど、一生を捧げる相手ともなると話が違うらしい。

 唐突に嘆き始め、それがどんなに説明の難しい勝手な戸惑いでも、葉璃は理解してくれる。

 大好きだと言ってくれる。

 葉璃を導いてあげたいのに心が追い付かないなど自分でも恥ずかしいけれど、葉璃には聖南の弱味はすべて見せてきたので今さらだった。

 やる気満々でベッドに葉璃を組み敷くと、可愛く笑って聖南を抱き寄せてくるからたまらない。

 華奢な腰や、シャワー後のしっとりと濡れた髪に触れながら、それでも葉璃の瞳からは視線を逸らさない。

 他人には理解し難い、脆い部分すべてを受け入れてくれる強さがこの瞳にはあった。

 聖南が醜態を晒したところで、葉璃は「何の事?」と一蹴し、頭を撫でてくれ、心の弱さを受け止めてくれる。


「俺、葉璃のその瞳に惚れたんだよ」
「うん?」


 右手で葉璃の左頬を撫でて言うと、小さく首を傾げて見上げてきて、聖南はふっと笑う。


「でも出会った時はネガティブで超卑屈だったじゃん、葉璃。 何もかも「俺なんか」で済ませてたし」
「そうでしたね。 ……今もそんな変わってないと思いますけど」
「いや、葉璃は変わったよ。 その瞳に惹かれた理由がやっと分かった。 俺を成長させてくれるために葉璃は現れたんだ」


 聖南の全身を一瞬で射抜いたほどの強い瞳を持ちながら、なぜこんなにもネガティブなんだろうと何度思ったか分からない。

 瞳の強さと中身のアンバランスさが謎過ぎて、でもそれもまた葉璃の魅力だと自分を納得させてきたが、ここへ来てようやく理解出来た。

 聖南を成長させるため、愛するために葉璃は現れ、葉璃自身も着々と成長しているのだ。

 頬に触れた聖南の右手に葉璃が左手を添えて、微笑みを絶やさない。


「えぇ? 大袈裟じゃないですか、それ……。 誰でも弱いとこはあって当然ですよ? ……聖南さんは成長しきれてないって事?」
「ないな。 今日俺、すげぇ成長したと思う。 褒めて」
「え、? ……うん。 良かったね、偉かったですね」
「もっと。 もっと褒めて、葉璃」
「どうしたんですか……? ふふっ……聖南さんちっちゃい子みたい」


 葉璃の胸にこてんと頭を乗せると、体重をかけ過ぎない程度に全身で覆い被さった。

 よしよし、とゆっくり髪を撫でてくれる心地良さにおかわりまで要求してしまう。

 こんなにもみっともなく甘える姿は葉璃にしか見せられない。


『そういえば……俺が愚痴言ったの葉璃が初めてだっけ』


 俺様な発言をして黄色い歓声を浴びる自分も偽りではないけれど、たまにひどく疲れる事があった。

 誰かが気を悪くしないようにいつも聖南は周囲に気を配っていて、帰宅するとその日一日の事を覚えていないなどしょっちゅうだった。

 倒れ込むようにしてベッドにうつ伏せになり、はぁ、と溜め息を吐いて瞳を瞑ると気が付いたら朝を迎えている……という事もしばしばあった。

 特別何か言いたいことがあったわけではないが、幼い頃から隣に誰も居ないのが当たり前だったので、他人に対して甘える事、弱音を吐く事、そんなものは思い付きもしなかった。

 だが本当は、こうして自らを理解してくれる誰かに脆弱さを見せ、無償の愛を求めたかったのだ。 それは恐らく……昔から。

 その対象が居なかった事が、聖南の心の不安定さに繋がっていた。

 誰も愛せないと悲観していた聖南の前に必然的に現れ、ひと回りもふた回りも大きくしてくれるために出会った、葉璃。

 葉璃以外は何も要らないと本気で思えてしまうほど、彼は聖南にとっての生きる糧。

 可愛い可愛いと愛でて、力一杯愛を注ごうとしていたはずが、葉璃は聖南の心の成長をも担っているとは気付かなかった。

 出会ってからもうすぐ一年、気持ちが通ってからは十ヶ月足らず。

 その間にも聖南はたくさんの感情を知り、色を知り、愛される事を知った。

 聖南に足りないもの、欲しかったものを与えてもらえる喜びを知った。


「……なぁ、葉璃。 この調子だと俺、大人になるのにあと二十年はかかるし、その後も葉璃が居てくれないとそこで成長止まっちまう。 俺は褒められたら伸びるタイプだから、嫌がらないでずっと隣に居てよ」


 葉璃の胸元のキメ細かな肌を触りながら見上げると、聖南の言葉に笑顔を返してくる。

 頭を撫でてくれていた手のひらがソッと聖南の顔に触れて、落ちてきていた前髪をかき上げてくれた。


「大変だなー、俺。 聖南さん、あと二十年も子どものままで居るつもりですか?」
「葉璃の前でだけな。 今の葉璃がほんとの葉璃なら、今の俺がほんとの俺」
「…………ほんとの聖南さん、か……。 なんか分かった気がする」
「何が?」
「聖南さんが俺と暮らしたいって急かしてた理由」
「何でだと思う?」


 それは葉璃と四六時中一緒に居たいからだよ、と聖南は内心で答えを出していたが、少しだけ考え込んだ葉璃は上体を起こした。

 身動ぎされたので聖南は退くしかなく、擦り合せていた肌の密着が解かれて少々膨れる。

 ペタンとベッドの上に座った葉璃は、おもむろに妙な態勢の聖南を抱き締めた。


「聖南さん、独りで居るの耐えられなくなったんですよ。 ……かと言って誰でもいいわけじゃない、そうでしょ?」
「そう」
「子どものままでいたくないんですよ、聖南さんは。 現実と聖南さんの中身のギャップが追い付かなくなってきたんです。 ……俺と出会ってから、聖南さんの心が変わり始めてる」
「………………」


 自身が思っていた答えと違う解答がきて、聖南はほんの少し動揺した。

 ───そうかもしれない、と考えを巡らせる。

 葉璃の言う通りだ。

 ここ最近、アキラとケイタから「見た目と中身が伴っていない」と口々に言われた事を思い出す。

 あれはそういう意味だったのか。


『……自分の事も分かってなかったなんてなぁ……』


 二人はきっと、葉璃が聖南を離さないでいてくれるとようやく安心したからこそ、しきりにそう言い始めたのかもしれない。

 聖南が心のバランスを崩しても復活させてくれる葉璃の存在があれば、もう何も恐れるものはないだろう、と。

 先程かなり本気のトーンで叱咤激励してくれたアキラとケイタの言葉の裏には、そんな安堵の気持ちが乗っていたのだ。

 もしも聖南と葉璃の事が公になって思わぬ事態が起きたら、まさに共倒れになる。

 葉璃がETOILEとしてデビューした今日から、聖南と葉璃は何としてでもこの恋を秘密にしていかなければならなくなったのだ。

 聖南の安寧のためには葉璃が欠かせず、二人の言う事は尤もだと改めて彼らの言葉を理解した。



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