必然ラヴァーズ

須藤慎弥

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62・ETOILE初舞台前日

〜同室争奪戦〜



… … …


 葉璃は、広過ぎるドーム内に入るなり三歩は後退り、手のひらに人という文字ではなく「聖南」と書いてのみまくっている。

 会見の時に身に染みて分かっていたはずなのに、やらずにはいられないほど葉璃の足は震えていた。

 いつもの如くまったくもって効果はないが、気休めにはなる。

 ETOILEとしての初舞台が翌日に迫っている今日、聖南達CROWNとバックダンサーの面々と合流し、リハーサル前に客席側からステージでの位置確認をするようにと案内されて来たが、そんな余裕などまったく無い。

 客席をぐるりと見回しただけで、すでに倒れそうである。


「き、恭也、助けて……」


 葉璃とは打って変わって、何の感情の乱れも見せず無表情のままステージを見詰める恭也の腕にしがみついた。


「ん? どうしたの?」
「な、なんでそんなに落ち着いてるの!? この会場見て冷静でいられるなんて……!!」


 立っていられないほどガタガタな精神状態の葉璃からしてみれば、その余裕はどこからきているのだと問い質したい。

 去年まで恭也も仲間だと思っていたのに、たった一年でここまで変わられるとついていけないではないか。

 どっしりとして頼りがいがあって、現に葉璃は何度も何度も助けられてはいるが、今は共感してくれる人が誰も居ないこの現場では、葉璃がひとり浮いてしまう。


「葉璃、もう緊張してきたの?」


 バックダンサーの九名が立ち位置の確認をしている様を客席からジッと見ていた恭也が、腕にしがみついてきた葉璃を見て微笑んだ。

 心を許されている者の特権である密着に、笑みを濃くする。


「……うん……緊張しない方がおかしいよ……。 ここが満席になるなんて考えられないんだけど……」
「それが満席になっちゃうんだなー! 今は緊張してても、ハル君は曲がかかると人が変わるから大丈夫だよ」
「お、ハル。 緊張感出てきた? いい事だな、うん」


 ついつい恭也は葉璃の震える肩を抱いてやりたい衝動に駆られたが、話を聞いていたアキラとケイタがステージから順に降りてきたので事なきを得た。


「葉璃、恭也、来たか。 到着早かったな」


 関係者入り口からはジャージ姿のボスまで登場し、よく知るCROWNの三人が揃った事で葉璃の気持ちもいくらか和んだ。

 あれから一週間、メディアでしか見ていなかった生の聖南の姿に、葉璃は改めて見惚れてしまう。

 グレーなのか青なのか定かではない複雑な髪色だった聖南だが、今度はクリーミーベージュ色で若干えりあし長めの前下がりボブスタイルへと変貌していた。

 会いたくてたまらなかった恋人がまたも新しい姿で近付いてきたため、葉璃は人目も憚らず先刻の震えも忘れて聖南へと走り寄る。


「聖南さんっ、お疲れさまです! 髪伸びました?」
「ぷっ……! 一週間でここまで伸びるかよ。 エクステ」
「エクステ……! 触ってもいいですか?」
「どーぞどーぞ。 葉璃にならいくらでも」


 興味津々な葉璃が可愛くて、聖南は客席に腰掛けて結っていたゴムを解き髪をイジらせた。

 現在の髪型は髪色も相まってチャラついた印象が強く、聖南自身あまり気に入っていなかった。

 居眠りをしていた隙にヘアメイク二名がかりでこの姿になっていて、目覚めて鏡を見た聖南が「おい、やり過ぎだろ…」と脱力したのは言うまでもない。

 だが、聖南が現れるや葉璃の瞳が♡マークになった瞬間に心変わりし、お気に入りヘアーの一つに加わった。


「あのさぁ、そうやってすぐ二人の世界に入るのやめてくんない?」
「セナハル、とりあえず控え室戻るぞ。 ダンサー達も休憩入ってる」


 いつの間にか、ステージに居たバックダンサー達も昼休憩で捌けてしまい、作業スタッフの邪魔になるのもいけないので五人まとめてCROWNの控え室へと移動した。
 
 アキラとケイタは、二人だけの世界にどっぷりと浸かっている聖南と葉璃に呆れ混じりの視線を送るが、恭也だけは目尻を下げて見ている。

 控え室までの廊下を先頭で歩く二人は、ヒソヒソ話をしていたかと思いきや時折視線を交して微笑み合っていて、もはや誰も立ち入れない。

 本当に自分達だけの世界を作り上げていた。


「あー腹減ったぁ!」
「ケイタ朝からそれ言ってんだろ」
「セナもアキラも燃費良過ぎ! 朝メシ食って一時間動いたら俺もう腹減るよ」


 二人の世界など知った事かと、ケイタは鳴り続ける腹の虫を満足させるために我先に弁当を取って早速食べ始めた。

 隣にはアキラが腰掛け、対面側に葉璃を挟んだ両サイドに聖南と恭也が落ち着く。

 昼休憩ともなればそれぞれ腹ごしらえに余念がない。

 山積みにされた数種類の弁当の中から、各々が好きなものを取って食べ進めていく。

 三つ目の弁当を葉璃の前に置いてやりながら、これくらいは許されるだろうと聖南は葉璃の肩を抱いた。


「なぁ葉璃、手のひら何て書いてたんだ? 今日の、字画多かったよな?」
「あっ! い、いや……あれは……」
「書いてみせてよ」


 聖南が二階席から葉璃と恭也の姿を確認した際、広過ぎる会場におののいて手のひらをイジイジし始めた葉璃を見て可愛いと思う前に、「人」にしては随分長いこと文字を書いていたので気になっていた。

 よく効くおまじないの言葉でも見付けたのかもしれないし、それはそれで聞いてみたい。


「え、俺も見たい!」
「俺も。 ハル、書いてみて」
「ふふっ……」


 狼狽え始めた葉璃の背後に、アキラとケイタもやって来た。

 葉璃の手のひらを握って離さない聖南と、後方の二人にジッと見詰められて逃げられないと悟った葉璃は、下唇を出してむくれている。

 その文字を教えた張本人である恭也だけが我慢出来ずにクスクス笑ってしまい、葉璃にジロッと睨まれてしまった。

 そんな視線ですら可愛くて、恭也は笑いながらも気持ち早めに手のひらに文字を書く葉璃を見詰めた。


「……はい、ごちそうさま」
「なーんだ。 "聖南" って書いてたんだ」
「…………すげぇ抱き締めたいんだけど」
「やめとけ」
「やめとけ」
「ホテル戻ってからギューしような、葉璃♡」


 葉璃の唯一の頼みの綱である手のひら文字が、聖南の名前だったと知れば喜ぶのは聖南だけである。

 ニヤけが治まらない聖南をよそに、興味を失くしたアキラとケイタは席へと戻って弁当を平らげた。

 照れくさいのか、葉璃は箸を持ったまま動かず、聖南からうなじを嗅がれても下唇はまだ出っぱなしだ。


「あ、言うの忘れてたんだけど。 セナハル、今日は同室じゃねぇからな」




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