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62・ETOILE初舞台前日
〜聖南&恭也 編〜
午後リハーサルを終えて数名のスタッフとダンサー達、そしてもちろん葉璃と恭也を引き連れて夕食を食べに行き、ホテルの部屋へ戻って来たところである。
一人でないと眠れない、というわけではないが、多少なりとも気心知れている者でないと聖南でなくとも一晩同室は厳しい。
その点、珍しい組み合わせでもあるし、恭也ともじっくり話をしてみたかったので、この機会に腹を割ってもらおうと聖南は企んでいる。
アキラとケイタと葉璃は隣の部屋をトリプルルームにしてもらい、これから和やかな時間を過ごすのだろうから、どうしてもそちらに意識がいってしまうが仕方ない。
明日のETOILE初お披露目で葉璃の足腰をプルプルさせてしまうわけにはいかないので、身を切る思いで先程別れたばかりだ。
葉璃との同室騒動で腹筋をやられた聖南は気持ちを切り替えて、お腹を擦りながら一人掛けソファに腰を下ろす。
「セナさん、コーヒー、飲みますか?」
「お、淹れてくれんの?」
ポットで湯を沸かし始めた恭也が、気を利かせてコーヒーを淹れてくれるらしい。
インスタントしかないですけど、と申し訳無さそうな恭也だったが、食後の口直しをしたかったのでちょうど良かった。
「はい。 ブラック、でしたよね?」
「そうだけど。 よく知ってんな」
「ずっと前、葉璃と三人で映画に行った時、ブラックでしたから」
「そうか、そんな事もあったなぁ。 もう何年も前の事みたいに感じる」
「……そう、ですね。 葉璃との付き合いは、もうすぐ一年ですか?」
あの頃はまだ、聖南と葉璃の気持ちが通い合ったばかりだった。
それなのに、葉璃が恭也を優先して聖南とのデートを断ろうとしていて、盛大にヤキモチを焼いたのを覚えている。
今ではそれを懐かしむ余裕があるほど、良い思い出となっているが。
「そうなるな。 ……なぁ、恭也。 マジで葉璃に恋愛感情ないの?」
「ないですよ」
「ほんとか? 葉璃と同室になんの、恭也だったとしても手出さねぇ自信あった?」
「はい、コーヒーどうぞ。 そうですね、自信あります」
恭也が出来上がったコーヒーのカップを二つ持って聖南の前のソファに腰掛けると、そのうちの一つを手渡してくれる。
唐突な問いにも関わらず、恭也はひどく冷静だ。 最近特に思うが、とても葉璃と同い年には見えない。
「サンキュ。 ……ん、美味い」
カップを受け取った聖南が吐息を吹きかけて湯気を切り、口を付ける。
恭也のお湯の配分が絶妙で、聖南好みのほろ苦に仕上がっていて唸った。
そんな聖南を切れ長の瞳が見詰めてきて、僅かな困惑をぶつけてくる。
「何で、そんな事……?」
「あぁ、いや。 ガチで疑ってるわけじゃねぇよ? 葉璃と恭也の仲は俺でも割り込めねぇくらいの壁感じる時あるから、妬いてるだけ」
カップを簡易テーブルに置きながら、ぶっちゃけ過ぎかなと苦笑を漏らす。
聖南と葉璃は度々二人の世界に入りがちだが、恭也と葉璃の間にも同様に他人を寄せ付けない世界が広がる。
だからといって本気で案じているわけではなく、単なる軽めのヤキモチだ。
ただ、恋愛感情は無いと即答を貰えたのにはホッとした。
恭也が聖南から少し視線をずらし、カップに口を付ける。
「……正直に言うと、葉璃が女の子だったら、って考えた事は、何回かあります」
「うん、だろうな」
「でも俺は、セナさんの隣にいる葉璃の笑顔が見たいから、親友の位置が、ちょうどいいんです。 女の子だったら、と思ってはいても、セックスしたい、とは思わないので」
「……ふーん……。 それって葉璃が男だからじゃね?」
「……確かに、そうかもしれません。 セナさんと付き合ってる、って聞いて、葉璃の裸見た事ありますけど、欲情はしませんでした」
「あ、そうそう! 葉璃の裸見た事あったんだよな、恭也! やってくれんじゃん!」
「それは……すみません。 あの女たらしだったセナさんが、葉璃を抱いたって聞いて、信じられなくて」
「おいおい……女たらしって言うなよ……ストレートだな……」
痛いところを突かれた聖南は、カップに手を伸ばしてあからさまに嫌な顔をした。
まさか恭也の口からその言葉が飛び出してくるとは思わず、しかも無表情で見詰められて居心地が悪い。
「レッスン生だった俺にまで、噂、届いてましたよ。 目撃した事も、ありますし。 全部、事実でしょう」
「ま、まぁそうなんだけどな。 葉璃には言うなよ!」
「分かってます。 葉璃は、絶対に、傷付いちゃダメなんです。 セナさんとの関係を壊したくないし、何より、俺を引っ張ってもらわないと、いけない。 心が折れた葉璃は、見たくないですから」
誰も得をしない聖南の過去は、葉璃の瞳に射抜かれた日からとっくに封印した。
その過去が絡んだ事件によって右の脇腹には未だ戒めがしっかり残っているし、葉璃にも隠さず打ち明けているため、今さら誰に何を吹聴されようと構わないが……やはり葉璃にとっては気分の良いものではないはずだ。
それを承知の上で、かつ自身にも差し障りがあるとなると恭也も簡単には口を滑らせたりはしないだろう。
悲しむ顔を見たくない、わざわざ傷付ける事もない、聖南との仲を壊したくない───。
そんな思いで居てくれていると知って、恭也の葉璃への気持ちは生半可なものではないと改めて感じた。
きっと恭也は、葉璃が笑顔で居られるように聖南と共に日々擁護してくれるに違いない。
「そっか。 ……なんつーか、葉璃も恭也が居てくれたからここまで来れたんだろうし、感謝してるよ。 挨拶回りも会見も、今までのレッスンも、恭也が葉璃を引っ張ってたと思う。 去年とはまるで別人になったな」
マジで感謝してる、と聖南は続け、足を組んでリラックスモードに入った。
恭也の本心を聞けて、聖南がずっと言いたかったお礼も言えて、まるで胸のつかえが取れた気分だ。
恋愛感情抜きで葉璃を大事に愛でてくれるのならば、聖南も恭也を全力で後押ししてやりたい。
単純ながら、そう思った。
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