必然ラヴァーズ

須藤慎弥

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63・ETOILE初舞台当日

─1─




 葉璃は蒸し暑さで目を覚ました。

 室内は冷房によって快適な温度に保たれているはずなのに、体中から汗が吹き出していて寝間着であるバスローブもしっとりしている。

 瞳を瞑ったまま寝返りを打とうにも身動きが取れず、何なんだと眉を顰めた。


「ん……」


 眠りから唐突に覚めるほど、あまりに暑くて息苦しい。

 ゆっくりと瞳を開いてみると、ぼんやりとした視界にかなり至近距離でケイタの顔が飛び込んできた。


「えっ!?」


 慌てて後退しようとしたが、後ろからもガッチリと誰かに抱き竦められていて慌てて振り返る。


「……っ聖南さん!?」


 何故かここに居るはずのない聖南が、葉璃を後ろから羽交い締めにして寝ていた。

 目の前のケイタはというと、葉璃の腰付近に腕を乗せて熟睡中である。

 前後の長身男達からの圧迫によって寝汗を大量にかいたのだと分かり、早くシャワーを浴びたい一心で身を捩り背後にいる聖南の肩を叩いた。


「聖南さん! 離して!  暑い!」


 葉璃がモゾモゾ動いて小さく喚くと、朝一番の異常な色気を漂わせた聖南が片目だけを開けて目覚めた。


「んぁ……? 葉璃起きた? ……おはよ」
「……あ、おはようございます。 じゃなくて、腕を離して……」
「あ? ケイタまだ葉璃にくっついてんの? おい、ケイタ、起きろよ」


 不機嫌を顕に腕を伸ばしてケイタの肩を揺すっているが、ケイタのそれよりも聖南のがんじがらめの方が暑い。

 揺り起こされたケイタも気だるそうに眉を顰め、葉璃と目が合う。


「……ん……。 あ、おはよ、ハル君」


 起き抜けの甘い美形からフッと微笑まれたが、葉璃はどうしていいか分からず「おはようございます」とだけ返事をして、さり気なく背後の聖南に体を寄せた。

 とにかく今は、早くシャワーを浴びたい。


「おはよ、葉璃」
「ハル起きたか? おはよう」


 頭上からは恭也とアキラの声がして、室内にはコーヒーのいい香りが立ち込めている。

 なぜこの部屋に全員集合しているのかと不思議に思うが、そんな事よりもベタつく体が気持ち悪い。


「恭也、アキラさん、おはようございます。 ……もうっ、聖南さん! 離してってば!」
「ん~~無理。 葉璃不足」
「ハル君って安眠効果抜群だね。 セナ、たまにハル君レンタルさせてよ」
「するわけねぇだろ。 てかいつまでくっついてんだ、離れろ」
「いや、聖南さんも離れて下さい! すっごい汗かいたからシャワー浴びたい!」
「なに、シャワー? ……葉璃待てよー、俺も行くー」


 ケイタが体を起こした事でスペースが生まれ、葉璃は聖南の腕から逃れてバスルームへと走って行った。


「んなギンギンにさせといて行くつもりかよ」
「朝ってのと葉璃の匂いにこうなっちまうのは必然だろ」
「必然の使い方ちょっとおかしいぞ! バカな事言ってねぇで顔洗ってこい」


 当然の如く葉璃に付いて行こうとした聖南はアキラに止められてしまい、仕方なく洗顔と歯磨きだけする事にした。

 戻ってくるなり悠々と一人掛けソファに腰掛け、恭也が淹れてくれたコーヒーを飲みながら窓の外を眺める。

 アキラは窓辺に佇み、ケイタはベッドの上で体を解し、恭也は聖南のそばで静かにスマホをイジリ、それぞれが好きに早朝の時間を過ごしていた。

 しばらくすると、ドライヤーを面倒臭がる葉璃が濡れた髪のままで現れ、聖南はカップを持ったまま手招きする。


「おいで、髪拭いてやる」
「……はい。 なんで聖南さんと恭也がこっちに居るんですか?」


 当たり前のように聖南の膝の上に座った葉璃は、ワシワシとバスタオルで髪を拭いてくれている聖南を振り返った。


「セナさんが、我慢できなくて」


 苦笑して答えない聖南の代わりに、恭也が葉璃の傍へとやって来る。

 見上げた恭也の顔の位置に違和感を覚え、その理由に辿り着いて一人膨れた。 親友は、葉璃を置いてまたさらに身長が伸びたようだ。


「五時に一回目が覚めたんだけど、恭也ももう起きててコーヒー飲んでたんだよ。 じゃああっち行くかって話になって」
「俺も、セナさんが起きる、少し前に起きたんですよ。 朝の景色、綺麗だったから、窓の外眺めてた」
「こっち来てみたらケイタが葉璃にくっついて寝てんじゃん? でも起こすのもアレだし、俺なりに葉璃を奪い返したんだよ」
「ふふっ……忍び足のセナさん、貴重でしたね。 葉璃の可愛い寝顔も、見られたし、今日はいい日になりそう」


 葉璃の傍から離れようとしない恭也は、コーヒーを啜って笑顔を向けてきた。

 理由は分かったが、どうやってこの部屋に入ったのか、葉璃にはそこが分からない。


「待ってよ、なんで聖南さんがこの部屋に入れるの? 鍵は? アキラさんがちゃんと掛けてるの見ましたよ?」
「…………スペア」


 呟いた聖南の視線が、丸テーブルの上にポツンと置かれたカードキーに注がれて事態を呑み込むと、葉璃は瞳を細めてジロリと恋人を睨み高い鼻を摘んだ。


「なんでスペア持ってるんですか。 油断も隙もない」
「我慢出来なくなるの分かってたし? ただでさえツアーで離れ離れなのに、何で別れて寝なきゃなんねんだっていう……小さな抵抗?」
「ダメでしょ、権力使うのは」
「……怒ってんの?」
「はい。 怒ってます」
「…………ヤバイ。 怒ってんの? かわいー」
「聖南さん!!!」


 葉璃は真剣に、頬を膨らませずに怒った顔で聖南を睨んでいたのだが、何の効力も無かった。

 鼻を摘まれたまま目尻を下げる聖南を見兼ねて、アキラとケイタは扉前から葉璃を呼んだ。


「ハル、セナ置いてもう朝メシ行こ」
「そうですね」
「あ。 葉璃待てよ。 ……悪い、ちょっとだけ二人にして。 イチャつかねぇと俺マジで無理」


 ドライな葉璃が膝の上から降りようとしたのをすかさず引き止めた聖南が、懇願するようにアキラをジッと見た。

 腕を握られた葉璃は、聖南の台詞に面食らいながらも嬉しくて、わざと振りほどかなかった。

 別室で寂しかったのは、葉璃も一緒だったからだ。

 聖南の上から動かなくなった葉璃を見て察したらしいアキラが、腕時計を見て「分かった」と零す。


「……十五分で下りて来い。 絶対ヤんなよ、今日は当日なんだからな」
「分かってるって」
「ほんとかよ」


 呆れ返ったアキラとケイタに続こうとした恭也が、葉璃の頬を指先で撫でて微笑み、ゆったりと部屋から出て行った。



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