必然ラヴァーズ

須藤慎弥

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63・ETOILE初舞台当日

〜不穏な気配 Ⅱ〜


… … …


 ライブスタートから三十分間、ノンストップで踊り続けていたCROWNは、ダンサー達をステージに残し衣装替えのために袖へと捌けた。

 捌けたと同時に、スタッフ達がやたらと走り回っている異様な光景が目に入る。


「セナさん!!」


 十分と経たずに衣装を着替えてステージに戻らなければならないので、聖南はスタッフに呼び止められても振り向かないまま「ん?」と返事を返した。

 長身である聖南が大股で進むと、スタッフは小走りで追い掛けなければならない。

 アキラとケイタは遅れずに聖南のすぐ後ろを付いて来ていた。


「た、たたた大変です!!」
「なーんかスタッフがドタバタしてんね? 大変って何? どした?」


 控え室へと入り、スタイリストから衣装を受け取って、そこでようやくスタッフを振り返る。

 受け取った真っ白なスーツをその場で着替え始めていた聖南は、すでに汗で体中がベタついていたため、ひとまず濡れタオルで全身を拭く。

 そしてここに居るはずの葉璃と恭也の姿が無い事に気付き、首を傾げた。


「あれ、葉璃と恭也は? 今チェック入ってんの?」


 アキラとケイタはすでに衣装を着替えて髪を整えてもらっている。

 聖南もスーツに袖を通し、一度着席しようかと腰を下ろそうとしたところへ、重苦しい表情のスタッフが声を絞り出した。


「ハ、ハルくんが……居ないんです……!」
「………………?」


 腰掛けようとした聖南の動きがピタッと止まる。

 スタイリストもヘアメイクも、この場に走り込んできた五名のスタッフも、改めて見回すと皆同じように苦い顔で聖南達を見ていた。

 この物々しい雰囲気と廊下の慌ただしい物音で、それは到底冗談などではないと分かる。


「居ないって……何? ハル君が?」
「どういう事だよ。 ハルはここで待機のはずだったろ」
「そ、それが……恭也くんのチェックが終わってここに戻って来た時には、すでに居なかったようで……! どこにも居ないし、携帯もつながらないんです……!!」
「何だって!?」


 微動だにしない聖南の代わりに、アキラとケイタが作業をストップさせて同時に立ち上がった。

 スタッフの一人が苦しげに説明してくるが、「葉璃が居なくなった」という台詞に聖南の全身から血の気が引いていた。

 こういう事が起きないように万全を期していたはずだ。

 あらゆる事態を想定し、ファンも、スタッフも、このツアーに関係する誰もが何事もなく無事に過ごせるよう、不安なく楽しめるよう、綿密に打ち合わせを重ね、警備に至ってはいつもの三倍の経費を掛けている。

 キャパによってその人員も増えているはずで、そんな事が起こり得るとはすぐには理解出来なかった。

 スタッフ等の大半は、デビュー会見での葉璃の様子から、自らの意思で居なくなったのではと勘繰っている者も居そうである。

 だが葉璃は、緊張しているからといってここから逃げ出すような子では絶対にない。

 どちらかと言えば、逃げ出した事によって後から生じる様々な不都合の方が嫌だと考えてしまう子だ。


「…………探してんの?」


 聖南は背筋をピンと張り、スタッフへと視線を投げる。

 落ち着け、落ち着け、落ち着け、……。

 そう自身に唱え続けていなければ、発狂してしまいそうだった。


「もちろん探してます!! 恭也くんと我々美術スタッフは私服に着替えて客席内を探しています! 警備に連絡して外周も……」





「ライブは中止だ」





「え……!?」


 スマホを手に取り、着歴から康平の文字を探す。

 事態を察し、ここでいつまでものんびりしておくはずのない聖南は、何も悪くないスタッフを睨んだ。


「中止だっつったの。 葉璃が居なくなったってのにヘラヘラ出来ると思うか」
「え、えっ……いや、あの……私共ではそのような権限は……」
「俺が中止っつったら中止なんだよ!!」
「セ、セナさん! 困ります! あの、どちらへ……!?」


 スタッフの制止も聞かずに控え室を飛び出した聖南は、スマホを耳にあてがい「早く出ろよ」と文句を言いながら廊下を走っていた。

 一度目は出ず、舌打ちしながら二度目の発信でようやく応答があった。


「康平か。 あれ起動させて。 遠隔で出来んだろ」
『何? 聖南、お前今ライブ中では……』
「いいからやれって! ライブは中止、非常事態。 俺もこっちでやってみっけど、康平の持ってる方が広範囲だろ」
『分かった。 非常事態なのだね? また連絡する』


 察しのいい康平の方から通話を終了されるとスマホをポケットにしまい、代わりに取り出したGPSの電源を入れた。

 葉璃のネックレスは早朝に部屋に忍び込んだ際に充電しておいたので、問題ないはずだ。

 関係者出入り口から外へ出てみると、蝉の鳴き声とまとわりつくような熱気が聖南の全身を覆った。

 寒気が止まらないのでむしろちょうどいい。

 光沢のある純白の派手なスーツ姿のままGPS受信機の画面を凝視していると、アキラとケイタが追い掛けてきた。

 扉の開閉音と足音でそれに気付いたものの、聖南に振り返る余裕などない。


「おいセナ、俺らも探すから。 とりあえず警備会社の人間を全員出勤させてこっちに来るよう言った。 事務所のもだ」
「アキラは警備と行動な、俺はスタッフと話付けてくる。 いいかセナ、中止はダメだ。 冷たい事を言うようだけど、たとえハル君の身に何かあっても、それはファンの子達には関係ない」
「………………」


 そんな事は分かっている。

 分かっているが、聖南には今この状況でステージに立つ事などまず考えられない。

 葉璃が居なくなったと聞いて浮かんだ犯人像の目星は付いている。

 生きていてくれと願う他に、今の聖南にやるべき事は皆無だ。


「セナ、さっきから何イジってんだよ」
「GPS。 葉璃は近い。 けどここには居ねぇ。 こっから半径百m圏内のどっかに……」
「GPS!?」
「そ、そんなもんハルに持たせてんのかよ」


 驚く二人の声など知った事ではない。

 康平が遠隔操作にて、葉璃のネックレスに仕込んだ発信機の電源を入れたようだ。

 受信機は確かに葉璃の居場所を指し示し始めて、何度もリロードを繰り返して位置の特定を急ぐ。


「───葉璃が居なくなったんですって?」



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