必然ラヴァーズ

須藤慎弥

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63・ETOILE初舞台当日

〜葉璃の大志 Ⅱ〜




 スマホをポケットにしまった聖南が、葉璃の肩を抱いてさらに体を密着させてきた。

 こんな時でも冷静に指示を出す聖南の横顔を、葉璃は惚れ惚れと見詰める。

 攫われて数十分、絶望するまでもなくあっという間に救出に来てくれた聖南と佐々木に報いる為にも、頑張ろう。

 戻ったら、自分は何もされていない体で、迷惑をかけたスタッフや演者達全員に頭を下げて謝って回ろう。

 すべては自分の不注意だった、と。


「…………ありがとう、聖南さん……」
「葉璃のためなら、俺は何だってする。 地位を捨てる事も、命も、惜しくない。 葉璃がそれだけ今日の舞台に意気込み持ってるんなら、恋人としても、先輩としても、やれる事は全部する」
「……がんばりますから、俺。 今日だけじゃなく、全部。 これからのETOILEも、全力でがんばる。 聖南さんが居てくれたら何も怖くない」


 葉璃の意気込みを知った聖南に、またしても背中を押された葉璃は瞳に強い光を宿していた。

 緊張感は拭えない。

 けれど葉璃自身も、戻ったところで誰に何を言われるか分からないこの状況下で、関係者全員に頭を下げてでもステージに立たせてくれと言いたかった。

 ……そんな自分が居たなど、知らなかった。

 聖南の声で目が覚めて抱き締められるその瞬間まで、何が起こっているのかよく分からなかったが、聖南のスマホで時間を確認してからは「戻らなければ」という考えしか浮かばなかったのだ。

 もう遅いのかもしれない。 けれどまだ時間と周囲が許してくれるのであれば、何としてでも初舞台を成功させたい。

 この程度の火傷くらい、どうって事なかった。

 たとえどこかが動かなくなっていたとしても、聖南にはそれを隠し「戻らせてくれ」と葉璃は懇願していただろう。


「ふっ……。 葉璃はいつからこんな強い子になったんだよ。 去年とはまるで別人なんだけど?」
「俺は何も変わってないです。 ……変わらなくちゃいけないから、まずは今日がんばるんです。 だから正直、ほんとに、……邪魔されたくなかった」
「まったくだな。 被害者の葉璃が何もされてねぇって言い張ったから、アイツら逮捕はされねぇだろうけど……樹の舎弟とやらがキツーイお灸を据えてくれる。 ……あ、そこのドラッグストア寄って」


 葉璃の頬を愛しげに撫でていた聖南が、空いている左手で示したその先を、佐々木が確認した。


「……よろしいんですか、本当に」
「あぁ、今の葉璃なら俺の手から抜け出してでもドームに戻ろうとすっからな。 止めても無駄だと思う」
「では、火傷に効く軟膏買ってきます」


 財布も持たずに飛び出してきた聖南に代わり、佐々木が足早に店内へと入って行った。

 ほんの数分で戻ってくると、後部座席の扉を開いて聖南に手渡す。

 今さらながら、なぜ佐々木がここに居るのだろうと葉璃は不思議だった。

 なんの疑いもなく、救出に来てくれてありがとうと思っていたが腑に落ちない。


「向こうの段取りは終了しているはずですので、セナさん達の準備が出来次第CROWNのライブ再開となります。 葉璃の手当てで必要かと思い、救護室の看護師にもあと一時間残っていただくように伝えてもらっています」
「そうか。 ありがとな、樹。 お前敏腕過ぎるよ。 うちの事務所来いよ」
「ありがたいお話ですが、私は父と同じ会社に入るつもりはありません。 現在の環境に何も不満はありませんので、気持ちだけ頂戴しておきます」


 毛嫌いしていたはずの佐々木を、聖南が「樹」と呼び始めている。

 優しく髪を撫でてくれている聖南の横顔をチラと窺ってみると、何とも穏やかに笑んでいた。

 この救出劇によって、聖南の中での佐々木の株が急上昇したのは明白だった。

 それ以上誰も語る事のないまま、車はドームのVIP専用の駐車場へと滑り込む。

 関係者入り口には、スタッフと警備員が十数名待ち構えていた。

 聖南に手を添えられて車から降りた葉璃は、同時に運転席から降り立つ佐々木へ頭を下げる。


「佐々木さん、迷惑かけてごめんなさい。 助けに来てくれて、本当にありがとうございました」
「お礼はステージから受け取るよ。 頑張っておいで、ETOILEのハルくん」
「……っはい!」


 葉璃が顔を上げて満面の笑みを送ると、佐々木もこれ以上ないほどの笑顔で頭を撫でてくれた。

 佐々木に見送られ、大丈夫だと言うのに心配でたまらない様子の聖南に体を支えられ、スタッフ達の待つ入り口へと歩んだ。

 まずは謝ろう、そう思って深呼吸を繰り返していたのだが───。


「ハル君!! 良かった!」
「無事で何よりだ!」
「さ、中へ入って支度しよう!」
「ファンがお待ちかねだよ!」
「セナさん、会場の皆さんへの説明も滞りなく済んでおります!」


 全員が心配と安堵を滲ませた表情で口々にそう言ってきて、葉璃は謝罪の出鼻を挫かれた。

 完全にタイミングを失った葉璃は、聖南に腕を引かれるままに付いて行く事しか出来ない。

 スタッフの先導で廊下を進むと、先程とは別の控え室へ促され、すでにそこにはヘアメイクとスタイリストが準備万端で待機していた。


「おー、悪いな。 俺が腹痛って事にしといてくれた?」
「はい!」
「よし。 あとは俺がうまい事言って、遅れた分取り戻してやる。 会場震わせんぞ。 あ、そうだ。 恭也とアキラとケイタ呼んできて」
「分かりました!」


 僅かだが返り血を浴びた純白のスーツを脱ぎ、女性スタッフの前で平然と下着姿になった聖南は、派手なゴールドの刺繍が入り乱れたブラックスーツに着替え始めている。

 葉璃はというと、狼狽える間もなくヘアメイクの女性に腕を取られ、鏡台の前に腰掛けさせられた。


「五分で仕上げるから、目瞑っててね」


 そう言って微笑まれたので、大人しく言う事を聞いておく。

 ヘアーとメイクを同時に直されている葉璃の隣に聖南もやってきた気配がしたが、言われた通り黙って人形と化していた。

 スタッフが総出で、CROWNのライブ再開に向けて動いている。 それも、相当な人数の大人達が、相当な大慌てで。

 廊下を駆ける幾多の足音が、葉璃の胸をざわつかせ始めた。

 とてもじゃないが、今は謝罪どころではない。

 急遽ストップしてしまったCROWNのライブの再開のために、葉璃も、直ちに気持ちを切り替えなければならなかった。



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