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64・必然ラヴァーズ
②
聖南は葉璃の性格をよく分かっている。
CROWNの曲を二曲踊り終え、聖南達のフリートークの間中センターステージに居た葉璃と恭也は、ステージから捌けて一気に肩の力が抜けた。
ドーム内の観客達の熱気があんなにも凄いものだとは想像も出来ず、恭也もかなり緊張していたようだ。
一方の葉璃は、本番中は緊張とは無縁状態で、会場の空気と景色を存分に楽しめた。
あの言い知れぬ高揚感は、体の芯から踊る事への情熱を駆り立ててくれて、これからの自身の活動に希望が持てた貴重な経験だった。
そんな出番を終えてホッとしたのも束の間、控え室に戻るとスタッフから「衣装は脱がないで」と指示されて妙だと思っていたのだ。
まさか今日、デビュー曲披露をするとは思ってもみなかった。
心の準備を一切していなかったので、その話を聞いた瞬間こっそり手のひら文字を三回くらいしてしまった。
葉璃と同様にその事を知って驚いていた恭也と、時間の許す限り何度も「silent」を頭と体に馴染ませる作業をした。
軽装に着替えたCROWNの三人が、客席からのアンコールに応えて二曲披露した後、ドキドキしながらステージ袖で待機している葉璃と恭也を尻目にフリートークを始めてしまっている。
これはあと十分以上は出番にならないと踏み、葉璃は恭也と共にパイプ椅子に掛けてその時を待つ事にした。
この三人のフリートークは、殊更に長いからだ。
『あー暑い。 マジで暑い……』
聖南のぼやきに、アキラとケイタも中央ステージで笑顔を見せている。
『ありがとうございました、が先だろ』
『みんなの方が暑いと思うよ? こっちはステージに風送ってくれてるんだから』
『いや、暑いと熱いを掛けたんだよ』
『あぁ、みんなの応援がって事か?』
『またセナのたらしが始まったよ!』
『そうそう、みんな熱過ぎ。 もうちょっと抑えろよ。 さっきの袴、俺の汗でビチョビチョだぜ』
ファンに対して「抑えろ」と言っても無理な話で、聖南の汗まみれの袴が欲しいと客席から声が上がった。
それにアキラは苦笑し、ケイタは爆笑している。
『おい、熱狂的過ぎるだろ。 セナの汗が染み込んだ袴なんてどうすんだよ』
『あははは……! セナのファンは面白いねー!』
『欲しいよなぁ? 使い前あんぞ。 俺の分身が染み込んでんだから』
『分身って……!』
『さっきまでピーピーだったセナのが欲しいのか?』
『ピーピーって言うな! そしてピーピーを甘く見るな!』
『いや、ピーピーってのはセナから言い出したんじゃん!』
『あ? そうだっけ? もう忘れたな、お前らが熱過ぎて』
三人の掛け合いに会場全体が笑いと黄色い悲鳴に包まれている。
まるで、まだまだこの時間が続きそうな、いやむしろ続いてほしいような、このまま時が止まってほしいと誰もが感じる和やかな時間だ。
『今日はプレゼント大会カットしちまったから、公式サイトでやっからな。 チケットなくすなよ』
『あ、そうなんだ』
『さっき打ち合わせん時言われただろ、ケイタ』
『ん~アキラ知ってた?』
『知ってた。 セナが言ってたじゃん』
『聞いてなかった! 袴に着替えてた時だよな?』
『スタイリストが着せてくれてたんだから、俺の話はちゃんと聞いとけ! おい、ケイタのファンはしっかり叱れよ! たまに大ボケかましやがるから大変なんだからな!』
『セナ、調子乗ってそんな事言ってると反撃食らうぞ……』
『セナさ~~ん、誰のせいでカットになったんでしたっけ?』
『…………俺のせいっす』
『だよな、セナがタコ食うからいけねぇんだよ。 ケイタ叱る前にタコ食った事を反省しろ』
『…………うっす』
『うわ、セナがしおらしい!』
『これしばらくイジれるな。 セナの弱点、やっと見付かったわ』
『イカとタコな! 美味しいのに。 セナ、たこ焼きも食べないの?』
『食べるけどタコはよける。 でも外側は好きなんだよ。 だからタコ抜きでって頼む』
『それたこ焼きじゃねぇ!』
『「焼き」じゃん!』
『一応たこ焼きだろ、丸いし』
『タコ食べてピーピーって……今さらウケんだけど……!!』
『ケイタ笑い過ぎじゃね!? てかアキラもこっそり笑ってんなよ!』
───こんな調子で、葉璃の予想通りアンコール後にも関わらず十五分以上も三人はファンを交えて会話を楽しんでいた。
すると、下方のスタッフから巻き指示が入ったらしい。
袖から少しだけステージの様子を覗くと、聖南がスタッフに向かって笑っていた。
『分かった分かった、そんな必死で腕回してたら千切れんぞ。 ちゃんと終電前には終わっから安心しろ。 ……おーい、葉璃、恭也、スタンバイよろしくー』
中央に居た聖南達は、メインステージの方へ移動してきた。
呼ばれたので恭也と共にステージへ出てみると、客席から盛大な拍手と共に迎えられる。
葉璃と恭也を呼ぶ声もあちらこちらから聞こえて、CROWNのファンの温かさに胸がジーンとする。
この最高の眺めと熱気を浴びると、どういうわけか葉璃の震えが止まるから不思議だ。
本番に強い、と様々な場面で言われてきたが、本当にそうかもしれないと自信に変われば、もっと気持ちを強く保てるようになるかもしれない。
葉璃は聖南から、恭也はアキラからマイクを手渡されて、メインステージ中央で客席に背を向けて立つ。
唯一マイクを握っているケイタが、改めて二人の紹介をしてくれた。
『アンコールのラストを飾るのは、ETOILEだよー! セナが書き下ろしたETOILEのデビュー曲「silent」』
二秒の暗転の後、スポットライトが葉璃と恭也に向けられた。
イントロが流れ始め、葉璃は恭也と目配せし頷き合う。
Aメロ前の振りに入ろうとしたその時ふとダンサー達が目の端に見えて、葉璃は踊りながら振り返り……こぼれ落ちんばかりに瞳を見開いた。
「────っっ!?!!」
そこにはなんと、捌けたと思っていたCROWN三人と、九名のダンサーがずらりと横一列に並び、全員がsilentの振付を踊っていたのだ。
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