必然ラヴァーズ

須藤慎弥

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「ねぇ、ほんとにやんなきゃダメ?  なんで俺が?」
「ダメに決まってんでしょ!  分かるでしょ?  やらなきゃ終わんないよ」
「そんなぁ……」


 俺は通学用鞄をドサッと床に落として、打ちひしがれていた。

 学校帰りにいつものダンススクールにやって来たと思ったら、何だか足元のおぼつかない双子の姉に突然首根っこを掴まれて人気のない場所へ連れ去られ、いきなり無理難題を押し付けられたんだ。

 オッケー! まかせといて! って軽々しく言えるような事じゃないので、俺は天を仰いだという状況で……。


「でも絶対絶対絶対バレるよ?  知らないよ俺?」
「何言ってんの、骨格から一緒の一卵性なんだから、ちょっとやそっとじゃ私たちのこと見抜かれないって」


 姉の春香は、このダンススクールから7人組でデビューしたアイドルグループ「memory」の一人だ。

 ダンスのクオリティーの高さから、二年前のデビュー以来着々と売れっ子への階段を登っている。

 そんなmemoryが、今日は大事な生放送の歌番組に初出演するとの事で、春香は出演が決まった日から指折り数えて家でも大騒ぎしていたのに、だ。

 所属事務所も、ダンススクールも、今日の国民的歌番組への出演に並々ならぬ気合いが入っていたのをこの数日目の当たりにしていただけに、俺は春香の言ってる意味が頭にすんなりとは入ってこない。


「ていうかさ……何なの?  こんな事頼むくらいだからよっぽどの事があるんだろうけど、理由を教えて」


 バツの悪い顔でジッと俺を見つめ続ける春香から真剣さは伝わってくるのだが、まずは無茶なことを押し付けようとする理由が知りたい。

 俺には知る権利があるはずだと春香に詰め寄ると、途端に殊勝な面持ちへと変わって俺を見た。


「…………笑わない?」
「笑わない」
「…………バカにしない?」
「バカにしない」
「…………呆れない?」
「呆れない。って、だから何なんだって!  言えってば!」
「…………これ」


 言い渋る春香は観念したように一つ溜め息を吐くと、さっきから隠していた左手を背後からぬっと目元まで上げて見せてきた。


「なっ!?」


 俺は目の前に現れた、白くて固いものに覆われたそれが視界に入るなり、すべてを悟ってギョッとした。

 それは……完全にギプスだ。

 肘付近まで伸びたそのギプスは、手首までキチッと固定されているようだが手のひらは辛うじて使えるらしく、春香は苦笑しながらヒラヒラと指を動かして見せている。


「……どうしたの。朝は何ともなかったじゃん」
「午後にリハーサルに行ったのね、テレビ局に。その帰りに階段踏み外してコケちゃって」
「マ、マジで?  マジで言ってる?」
「マジだってば。手首のヒビと、両足首捻挫。全治1か月……の、予定」


 春香のしまった顔を見るからに、並大抵の覚悟じゃなく頼んできたことは伝わったものの、無造作に動かしている左手を半ば呆れながらも心配になる。


「だ、大丈夫なの?  普通ほら、首から布下げて肘動かさないようにしなきゃなんじゃ……」
「あぁ、これでしょ?」


 頷いたと同時に手品のようにギプスの隙間からシュルシュルっと出てきた、思い描いていた例のガーゼ。


「ちゃんとしときなよ。何隠してんの」
「だってこれ暑苦しいんだもん。って、そんな話は置いといて、葉璃、やってくれるよね?  一択しかないから選択権はないけど」


 大切な生放送直前で怪我をした張本人が、なぜそんなに堂々としてられるのか。

 仕方ない状況で、頼れる人間が俺しかいないのも重々承知してるけど、こんな大事をそんなにあっけらかんと言う春香の神経が分からない。

 俺が春香の代役をやらなきゃいけないというのは分かったし、俺自身はまだ動揺しまくりだけど生放送直前でメンバーや大人達に迷惑を掛けられないので、覚悟を決めなくてはならない事も理解した。

 いや、すごくすごく理解したくない。

 だって……今から生放送の時間まで俺は、振り付けとダンスを死に物狂いで体に叩き込まないといけないんだよ。

 できればもう少し申し訳なさそうに目の前に居てくれると、このぶつけようのないイライラもちょっとはマシになるんだけど。


「……分かったよ。選択権ないってことは、春香抜きのフォーメーション変えるのも不可能て事なんだよね?  やるしかないじゃん。レッスンどこ?」
「さすが私の弟!  話が早くて助かるわぁ。あ、レッスン場はAスタジオね」


 腹を決めざるを得ない俺は昔から、この春香の高圧的というかお姉ちゃんの言う事は絶対!みたいな声色が苦手だった。

 正直言ってまだ混乱中だし、全然心は決まってないけど……やれって言われたらいくら無理難題でもやるしかない。

 膨れっ面で春香を見ると、まるでギャグみたいにギプスで方向を示され、その手を払い落としたい衝動に駆られたがさすがにそれは堪えた。

 そんな事で数秒たりとも時間を無駄にするわけにはいかないからだ。

 俺は姉に付き合い、趣味や運動不足解消程度にしかやってこなかったダンスというものを、今からマジで完璧にこなさなくてはならなくなった。

 それも、春香の完コピでだ。


「はぁ……。俺にできるのかなぁ……」


 やらなくてはいけない、けれど弱音くらいは許してほしい。

 ……どうせ誰も聞いてないし。





 こうして俺は生放送出演直前に怪我をした、ドジとしか言いようのない姉、春香の代役をする羽目になった。

 まさかこの影武者がキッカケで、俺の人生が思わぬ方向へ向かっていく事なんか、この時はまだ知る由もなかった。




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