14 / 541
5♡
5♡
とにかく急いで控え室まで戻らないと……と、俺はただただ焦っていた。
もう、何が起きたのか訳が分からない。
すごく有名(らしい)で、初対面の女の子にも気軽に話しかけちゃうくらいチャラい、CROWNのセナという男が、まさか春香に告白だなんてめちゃくちゃ驚いた。
まずは春香に、この事を伝えなきゃ。
何も考えずにただあの場から逃げ出したい一心で、「三十分後にまたここで」……なんて書いちゃったけど、当事者である春香に教えてあげないといけないよね。
控え室目前で非常階段への扉を見つけて迷わず飛び出すと、ピンチの時のためにと持たされていたスマホ(スタイリストの人が、スカートのポケットから落ちないように工夫してくれた)で、春香にすぐにここへ来るよう連絡を取った。
「は、は、春香っ?」
『葉璃? あんたどうしたの? 葉璃が戻って来ないってみんな心配してるよ?』
「うん、ごめん! これにはワケがあって……! 今から言うところに急いで来て!」
『なんなの?』
「いいから早く!」
電話の雰囲気で俺が焦っている事くらい分かってるはずなのに、春香はのんびりと応答した。
その理由こそがとんでもないことなんだから、まずはそれを処理しないと俺も落ち着かない。
何も知らない春香は変装しているとはいえ、なんとも危機感の無い顔で急ぎもしないで歩いてきた。
もう!と一人で慌てる俺は、キョロキョロと辺りを見回し、誰も居ない事を念入りに確認して深呼吸を一回する。
それから、「どうしたの?」を何回も言う春香に向き直った。
「俺が冗談言うタイプじゃないの、春香はよーーく知ってるよね?」
「え? うん。そうだね、いつでも真面目だね」
「だよね。今から俺が言う事、冗談でも何でもなく、本当の事だからね」
「何よ……怖いじゃない。葉璃、目が血走ってるよ」
「……CROWNのセナが、春香の事好きなんだって。一目惚れだって言ってた」
「え……?」
春香は、何を言われたのか分からない、とポカンと呆けていたけど、数秒経つとその言葉の意味を理解したのか、みるみる顔が真っ赤に染まった。
テレビか何かで春香の事を見て、それ以来の一目惚れなんだろうと俺はそう勝手に解釈したんだけど、春香はあのセナが自分を好きでいてくれるなんてと呟いて呆然としている。
そりゃあ……そうなるよね。
「嘘……じゃ、ないのよね。葉璃が言う事だもんね……」
「間違いないよ。俺が春香と間違えられて告白されちゃったから、返事するわけにいかないじゃん? だから、三十分後に落ち合うようにしてる。春香はこの衣装来て、俺のウィッグ被って会いに行って?」
「え、何!? 三十分後!? 大変……!」
事態を把握した春香の行動は早かった。
とりあえずメイクだけしてくるから待ってて! と言って立ち去って、十分も経たずに戻ってくると、俺と空いていた控え室に忍び込んで衣装と私服を交換し、ウィッグを渡した。
ギプスだけはどうにもならないけど、衣装が長袖だったのでまくらない限りは見えないだろう。
どうせいつも固定のガーゼはしてないし。
セナが待つ控え室の場所を教えて、春香はかなり浮き足立ったまま目的の場所へ向かった。
何か良からぬ事が起きた時に駆け付けられるように、春香とは通話を繋いだまま、俺は片耳イヤホンで様子を聞く事にして一旦memoryの控え室に戻る。
メイク道具を漁ってクレンジングと洗顔を済ませてパーカーのフードを目深に被り、無人の控え室を出た。
春香は、熱狂的とは言わないけどCROWNのセナが音楽番組に出ると一際色めき立って騒いでいた。
それがまさかこんな事が起こるとは、本人も当然思わなかっただろうけど、急いで支度をする、何だか嬉しそうな春香の女の一面を見てこそばゆくなった。
「あれ、葉璃? 帰ったんじゃなかったのか」
memoryはすでに全員まとめて帰宅してしまったとスタッフの人から聞いていたので、俺は不審者の如くその控え室の前でイヤホンに集中していたところに、マネージャーの佐々木さんが近付いてきた。
「親御さんが迎えに来るから、別で帰宅するって春香が言ってただろ? 何時に来るんだ? 結構待つ?」
なるほど、春香がそういう風に根回ししてたのか。
「佐々木さんこそ、みんなと一緒に帰ったんじゃ……?」
「あぁ、俺は今日別のタレントがこのスタジオにいるから、もう一仕事あるんだ」
「そうなんですね。お疲れさまです。春香いまトイレ行ってて……親ももうじき来ると思うんで心配しなくて大丈夫ですよ」
「そうか。葉璃、今日もご苦労様」
佐々木さんは滅多に笑わない鉄仮面な人って印象だったのに、最近はよく笑いかけてくれるようになった。
背の高い後ろ姿を見送って、俺は再びイヤホンに集中する。
ここだと目立つから、さっきの非常階段に移動した。
レディースものでも、パンツスタイルの私服だと俺が春香の影武者だとは絶対に気付かれないだろうから、雑音もないしここが一番落ち着く。
聞き耳を立てていると、イヤホンの向こうでようやく春香が控え室の扉をノックする音が聞こえた。
あなたにおすすめの小説
人気アイドルの俺、なぜかメンバー全員に好かれてます
七瀬
BL
デビュー4年目の人気アイドルグループ「ECLIPSE(エクリプス)」に所属する芹沢 美澄(せりざわみすみ)は、昔からどこか抜けていてマイペースな性格。
歌もダンスも決して一番ではないはずなのに、なぜかファンからもメンバーからも目を離されない存在だった。
世話焼きな幼なじみ、明るく距離の近い同い年、しっかり者で面倒見のいい年上、掴みどころのない自由人、そして無言で隣にいるリーダー——。
気づけば、美澄の周りにはいつも誰かがいて、当たり前のように甘やかされていく。
魔性の男
久野字
BL
俺はとにかくモテる。学生の頃から、社会人になった今でも、異性問わずにモテてしまう。
最近、さえない同性の先輩に好意を持たれている。いつものことだろう。いい人だから、傷つけたくはないな。
そう、思っていた。
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
【R18】兄弟の時間【BL】
菊
BL
色々あってニートになった僕、斑鳩 鷹は当たり前だけど両親にめっちゃ将来を心配されまさかの離島暮らしを提案されてしまう。
待ってくれよ! アマゾンが当日配送されないとこなんて無理だし、アニメイトがない世界に住めるか!
斯くて僕は両親が改心すればと家出を決意したが行く宛はなく、行きついたさきはそいつの所だった。
「じゃぁ結婚しましょうか」
眼鏡の奥の琥珀の瞳が輝いて、思わず頷きそうになったけど僕はぐっと堪えた。
そんな僕を見て、そいつは優しく笑うと机に置かれた手を取って、また同じ言葉を言った。
「結婚しましょう、兄さん」
R18描写には※が付いてます。
俺は夜、社長の猫になる
衣草 薫
BL
冤罪で職を追われた葵は、若き社長・鷹宮に拾われる。
ただし条件は――夜は“猫”として過ごすこと。
言葉を話さず、ただ撫でられるだけの奇妙な同居生活。
タワマン高層階の部屋で、葵は距離を崩さない鷹宮に少しずつ惹かれていく。
けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※表紙をAI君に描いてもらいました。(2026.2.21)
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。