必然ラヴァーズ

須藤慎弥

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 絶賛混乱中の聖南は、「落ち着け! 俺の心臓落ち着け!」と何度も自分に言い聞かせていた。

 再びハルカと二人きりになれるという興奮と、大きな違和感を覚えた脳の処理が追いつかず、おかしくなりそうだった。

 待ち長くもあり、早く来いと急かす気持ちもあり、非常に複雑な心境で仁王立ちしている。

 その時だった。

 ……コンコン。


「── !」


 ノックの音に顔を上げた聖南は、胸元に手をあてて一度深呼吸する。

 聖南が呼び付けたのだから来るのは当たり前で、だからといって落ち着いてなどいられるわけもなく、心臓がバクバクとうるさくなってしまうのは仕方がない。

 浮足立つ気持ちをどうにか必死でこらえ、至って冷静に何食わぬ顔で鍵を開けてやる。


「……どうぞー」
「…………」


 開いた扉を支えながら、ハルカは恐る恐る入ってきた。そしてペコッとお辞儀をし、後ろ手に扉を閉めた。

 面接か! と突っ込みたくなる衝動をこらえ、聖南はハルカの後方に立つ。

 ゆっくりと振り返ってきたハルカの緊張した面持ちに、ドキッと心臓が高鳴った。

 そばで見ると、やはりどうしても〝可愛い〟。

 見惚れているだけの聖南の凝視に耐えられなくなったハルカは深く俯いてしまったが、それと同時にとてつもない緊張感を漂わせた。

 呆けた聖南にもそれはヒシヒシと伝わってくるので、あまり回りくどい言い方はしないでおこうと決める。

 兎にも角にもまずは謝罪からだと、聖南は一歩だけハルカへ近寄った。


「あの……さ。なかなか連絡できなくてごめんな」
「…………」


 聖南の言葉に、ハルカは小さく首を振った。だが俯き加減にも怒りの瞳を向けてくるところを見ると、それについては腹を立てていたらしい。

 今日もブレずに喋らないが、目の前のハルカは聖南からの連絡がこない事を知っている様子である。

 ならばもうストレートに尋ねてみるしかない。

 また一歩ハルカに近付いた聖南は、首を傾げて芯を問うた。


「さっきはどうやってLINE打った?」
「…………?」
「ほんの十分前くらいかなー。撮影中だったのに、どうやってスマホ触れたんだろって。この業界長い俺でもそんなこと出来ねぇよ」
「…………」


 終始無表情だったハルカの顔が、一瞬引き攣ったのを聖南は見逃さなかった。


 ── 何かある。絶対に。


 ついに確信を得た事で、無表情を保てていないハルカへと近付くと、やんわりと左腕を捕える。


「これはどういう事? ないじゃん。ギプス」
「── ッッ!!」


 ハッとして顔を上げたハルカは、とうとう「しまった」と言わんばかりに瞳を動揺させ、聖南を見つめた。

 その瞬間、問い詰めている立場なのにもかかわらず、聖南の心臓にグサッと矢が刺さった。

 気の強そうな子猫が、怯えたように小さく後退りしながら聖南を睨んでいる。

 クラクラと目眩がしそうになったが、気を奮い立たせ、細い左腕を掴んだままさらに詰め寄った。


「よく分かんねぇんだよ、マジでどういう事? 黙ってちゃ分からない」
「…………」
「何か事情があんの? ってか絶対あるんだろうけどさ。俺誰にも喋んないから、ワケがあんなら話してよ」


 言いつつ優しく左腕を解放すると、聖南はハルカをジッと見詰めた。

 おいで、と手招きして椅子に促すと、もう一脚を対面するように配置し直して聖南は奥側に腰掛ける。

 扉側にハルカの座る椅子を置いたので逃げられてしまう可能性もあったが、ハルカは観念したように聖南の前に座った。

 聖南は咄嗟に鼻を押さえる羽目になったが。


 ── ヤバッ、ヤバイぞこれは! 至近距離の破壊力! 俺鼻血出てねぇかな!?


 鼻血の確認をしようと口元に手をやると、聖南の動きがあまりにも機敏だったからか、ハルカがビクッと肩を揺らして慄いた。


「あぁ、ごめん。で、……座ったって事は話してくれるんだ?」
「…………」


 絶対的にタイプな存在を前に、鼻の下を気にしながら沈黙中のハルカの様子を窺う。


「…………」


 長い長い沈黙だ。

 一分、二分、と壁掛けの時計にばかり視線がいくようになると、こんなにも言い渋るほどの深い理由が単に気になってきた。


「なぁ、言いにくいなら……」


 もしかしてハルカだけの問題ではないのかもしれない、とようやく暴走気味だった聖南が落ち着きを取り戻そうとした時。

 ハルカが重い口を開いた。



「……ハルカの弟の、葉璃です」
「……へ?」


 聖南の声に重ねるようにして発せられたそれが、聖南にはあまり聞こえなかった。

 信じがたい台詞だったので一瞬では理解できなかった、とも言う。


「え、何だって? もう一回頼む」
「……今ここにいるのは、ハルカの弟です。俺は、ハルカじゃ……ないです」
「は、え……? 弟……? 俺……?」


 これまでの人生で、これほど頭がパニックになったことは無い。

 聖南の前でちょこんと座る華奢な女性が、〝弟〟だの〝俺〟だのとのたまっているが、まったくもって意味が分からない。


「いや、待て。弟ってことは男……? いやいや、嘘だろ? 冗談やめろって。そんな可愛い男がいるかよ。大体骨格が男じゃねぇじゃん! マズイ事になりそうだから触んねぇけど、肩幅触りゃ分かんだぞ?」


 信じられないと笑い飛ばす聖南の口元は、見事に引き攣っていた。


「信じないなら、触ってもいいですよ」
「さ、触んねぇよ!!」


 嘘を吐くな、お見通しだ、ヘタな嘘を吐いてまで何かを隠そうとするな、そう言ってやろうとした聖南だったが、見事にカウンターパンチを食らった。

 怯えた子猫は、すっかり開き直っている。

 言葉少なで無表情は変わらず、だが明らかに聖南よりも落ち着いていた。


「声で男だって……分かるでしょ」
「……ッ!」
「そんなに信じらんないなら、……どこでも触っていいんで、確認してください。誰にも……言いませんから」
「マジかよ」
「……マジです」
「マジなのかよ!?」
「……はい」


 衝撃の事実を前に、聖南は目を大きく見開き言葉にならない絶叫を上げた。

 上体が思いっきり伸び、体全体で仰け反った結果、椅子ごとひっくり返りそうになるところを、ハルカの弟が咄嗟に聖南の膝を下方に押したおかげで難を逃れる。


 ── お、男っ? ほんとに男だってのかっ?


 とんでもない事実を知ってしまい、さらに目の前の人物が相当に混乱させてくるので、よほどの事でもない限り愕然としない聖南もしばし硬直するしかなかった。

 聖南の凝視が居心地を悪くさせているのか、やや肩を竦めて視線を彷徨わせるハルカを、まじまじと見詰める。

 その沈黙は数分を要したはずだ。

 情報処理はまったく追い付いていなかったけれど、つい口をついて出たのは何分も沈黙を挟む必要の無かった、率直な感想だった。




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