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─聖南─
恋というものは始まりがどうであれ、自覚をした瞬間から火がついて徐々に勢いは増してゆく。
一目惚れをした。
それは間違いないけれど、葉璃のナイーブ過ぎる内面を知ってしまうと守ってあげたい気持ちが加速した。
これを言葉にするのは難しく、ただ「好きだ!」という何ともお粗末で一辺倒な単語しか思い付かないのが歯痒い。
案の定、葉璃にはまったく伝わっていない事は聖南にも分かっていた。
姉の春香と間違えているだけだとしきりに訴えてくる葉璃が憎らしくなり、思わず脈絡もなくキスをしてしまったけれど、単に聖南が美味しい思いをしただけだ。
女性である春香とダブっているだけだと、あの瞬間までは聖南も本当に半信半疑だった。
勝ち気そうな春香とは対照的に、葉璃は日陰でひっそりと声を殺して生きるタイプのようで、そのわりにはあんなに強い眼差しを持つ意外な一面も、聖南の興味を大いに引いた。
「あぁ~~ッッ、もいっかいちゅーしてぇぇ!!」
事務所内の一室で、新曲の打ち合わせをするためにCROWNは集まっていた。
舞台稽古中のケイタ待ちで、少し時間が空いたために聖南はまた葉璃を想い悶々とし、ついには我慢できず絶叫した。
しばらく黙ってスマホを睨んでいた聖南が突然喚いたせいで、その場にいたアキラは肩をビクッと揺らして聖南を睨む。
「何だよ、うるさいな」
「悪りぃ……。なぁアキラ、お前恋してるか?」
「は? 何だよ急に」
「恋っていいもんだな! 毎日がキラキラしてる!」
出演する舞台の台本を読んでいたアキラは、ここ最近のいつもの聖南のお花畑発言に苦笑した。
この数日、ご機嫌な聖南の様子から意中の相手とうまくいっているようで安堵していたアキラも、もう何度となく問われたこの「恋してる?」発言がそろそろウザくなってきていた。
「だからしてねぇって。何回言わせんの」
「なぁなぁ、片思いもいいけど、ちゃんと両思いってやつになるにはどうしたらいいわけ?」
「いやだからな、俺は今仕事最優先で色恋沙汰とは無縁なんだよ。聞く相手間違ってる」
「ケイタに聞けば分かる?」
「ケイタも無理なんじゃない?」
「そうなのか。みんな恋してねぇのな」
はぁ、と一際大きく溜め息を吐き、大人しくなった聖南はまたスマホとにらめっこを始めた。
アキラは、聖南の思い人が誰であれ早く大人しくさせてくれと切に願った。
彼もまた、聖南が本気で誰かを好きになるとは想像すらしていなかった。
キスをした未だ感触の残る唇に指をやり、あの時の葉璃の表情を思い出して恍惚とする聖南は、自宅リビングでふと、ある絶望的な答えにたどり着いて愕然とした。
同時に、飲んでいたコーヒーをマグカップごと落としてしまい、足元を無情に濡らす。
マグカップは衝撃に耐えて転がるだけだったが、じわじわと靴下からコーヒーが侵入してきて気持ちが悪いはずなのに、それすらどうでもいいと思えるほどの重大な事だ。
聖南は気付いてしまった。
春香の怪我が治るまでの一時的な影武者だった葉璃とは、もう会う機会が絶対にない。
テレビ局やスタジオでまた会えると思い込んでいた聖南は、葉璃とのゆっくりとした時間とその存在に心奪われ、文字通り浮かれていたのである。
葉璃が春香の影武者だった事をすっかり忘れていて、舞い上がった己を恨んでギリッと奥歯を噛んだ。
「ダメだ……これじゃふりだしに戻ってる。あんなに苦労したのに……!」
ハルカと接触するのですらあんなにドギマギしなければならず、かつタイミングもこちらから動かねば話す事すら出来なかった。
今や出会える可能性もゼロになってしまい、あのキスを置き土産のように葉璃は聖南の前から居なくなった。
姉の春香の連絡先は分かるが、勘違いとは言え付き合ってくれと言った相手に仲人を頼むなど図々しい事は出来ない。
自宅も知ってはいるが、押しかけて誘い出すなどすれば盛大に気味悪がられるだろう。
兎にも角にも、葉璃の連絡先を知らない事が痛かった。
「なんであの時聞いておかなかったんだ俺ーー!!」
キスの前にやる事があった。
完全に順番を間違えた。
「また最初からやり直しか……。でも、……燃えるかも」
葉璃の魅惑の瞳とネガティブな内面にやられている聖南は、まだまだめげない。
また葉璃と接触し、連絡先を聞くところからのスタートに意欲を漲らせた。
ハルカとしての葉璃ではなく、葉璃自身に本気で惚れた事を伝えるためにも、ゼロから始めた方が好都合な気がした。
意志の強い瞳を持ちながら、言葉の端々から伝わる自信なさ気で控えめな葉璃の事を、片時も忘れられないでいる。
これこそが恋だと思った。
こんなにも想える人に出会えた事は運命と呼ぶに相応しく、まさに出会うべくして出会ったのだと胸を張って言えるからだ。
けれど葉璃の顔を思い浮かべると、〝可愛い♡〟、〝大好き♡〟と取り乱しそうになる。
今すぐにでも抱き締めたいのに、それは叶わないもどかしさが聖南の心を苦しめてもいる。
濡れた足元と汚れたフローリングを拭う間、葉璃のぎこちない笑顔を思い浮かべた聖南は、無意識に自身の胸を押さえていた。
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