必然ラヴァーズ

須藤慎弥

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 来るもの拒まずだった聖南もまた、これほどまでに真剣な告白を拒否するのは初めてで胸が痛かった。

 聖南に背を向けて涙を拭う姿など、誰が見たいものか。

 けれどもう聖南には、大切な思い人がいる。

 誰でも良かった昔とは違う。


「分かり、ました……。じゃあ最後に、ハグしてもらえませんか? これはCROWNのセナの一ファンとしてのお願いです」


 嫌な沈黙が続いていたが、ようやく顔を上げた春香は目に涙をたくさん溜めたまま、両腕を広げ「お願いします」 と聖南を見た。

 一ファンとして、と言われてしまえば聖南も無下には出来ず、気は進まなかったがそっと春香を抱き締めた。

 もちろん、長年業界に居る者として周囲の気配に注意しながら、だが。


「……ごめんな。すべて、俺の勘違いが悪い。春香は何も悪くないからな。だからもう泣かないでくれ。世の中良い男いっぱい居るから俺の事なんかすぐ忘れろよ」
「……ありがとう、ございます……」


 春香の聖南への思いをここで完全に断ち切ってやらないといけない気がして、余計なお世話かと思ったがそう告げてやり、聖南の方からハグを終わらせる。

 それからふと、微かに何かの気配がした左後方へと視線を巡らせる。マスコミでは無さそうなその薄い気配は、野良猫か不審者か、聖南には把握しかねた。


 ── ……なんだ?


 春香が居るので前者であったら困ると警戒したその時、見つめた先からジャリッと地面を踏む音がした。

 目を凝らすと、外灯の下に人影が見える。まさかの前者かと、咄嗟に声を張ろうとした聖南はその人影と目が合った。

 刹那、人影はそこから走り去るべく踵を返したのだが── 。


「っっ、はる──っっ!!」


 深夜の住宅街で、思わず我を忘れてその名を叫んでしまった。

 この暗闇でも聖南にはハッキリと分かった。

 間違いなく葉璃だった。

 きっと、夜遅くに出掛けた姉を心配して出て来たのだろう。

 聖南は反射的に、逃げる葉璃を追いかけた。

 それほど距離は無く、リーチの長い聖南は簡単に追い付けると踏んでの咄嗟の行動だった。


「……ま、待て! はるっっ!!」


 しかし、葉璃は今すぐにでも眠りにつけそうな軽装で身軽だからなのか、とにかく足が速かった。

 聖南が公園を飛び出した時には葉璃の背中は消えてしまい、やむなく追跡を諦める。

 女性である春香をこんな真夜中にあのまま置き去りにするのはよくないと、急いで公園へと引き返した。


「……春香」


 春香は、トボトボと肩を落として公園の入り口まで歩んで来ていた。

 横に並んで「送るよ」と言うと、春香は歩を止めず申し訳なさそうにペコッと頭を下げる。


「すみません……。私、こんな時間にセナさんを呼び出すなんて非常識もいいとこですね。しかも葉璃の名前使って。冷静になると、なんてバカな事したんだろって気付きました」
「それだけ俺の事を好きって思ってくれたんじゃない? 俺が言うなって感じだろうけど。ま、恋は盲目って言うしな」
「あはは……っ。セナさん、本当にテレビと変わらないですね。ますますファンになりそうです」


 聖南への気持ちを吹っ切ると決意してくれているようで、春香は無理にでも笑顔を交えて明るく話してくれた。

 きちんと相手の気持ちに寄り添えば、どんな無茶でも分かってくれる。

 すぐには無理かもしれないが、やはり聞き分けの良かった春香の立ち直りは案外早いかもしれない。

 走り去った葉璃を気にしつつ、春香のフォローは最後までしなければと聖南も笑顔を見せた。


「ファンとして好きでいてくれるなら大歓迎だから。そのかわり、新しい恋見付けろよ?」
「はーい、分かりました。あ、ところでさっきの、葉璃でした?」


 春香に見上げられ、聖南は追い付けなかった後ろ姿を思い出して苦笑する。


「あぁ、間違いなくはるだった。春香を迎えに来たんじゃね?」
「そうだと思います。葉璃は優しいから……」


 姉らしい台詞に、聖南の胸がドキッと鳴る。

 葉璃は優しい。そうだろう。

 どんな事情があったにせよ、誰もが拒否するであろう生放送での影武者を引き受けたほどのお人好しだ。

 ニュアンスは違うのかもしれないが、優しくなければ後々まで引き摺るほど自身の出来を不安がったりはしない。

 彼は少々卑屈っぽいところがあるとは思うけれど、聖南はあの日の葉璃との会話が楽しくて仕方がなかった。


「セナさん、こんな時間に呼び出してしまったお詫びに、家寄って行きませんか?」
「……えっ? い、家って……」


 もう一度話せたらどんなに幸せかと考えていたところに、春香が願ってもないことを言い出した。


「葉璃きっともう家に居ますよ。セナさん、葉璃と話がしたかったんでしょ?」
「あ、あぁ……そうだけど……」
「ね、決まり! じゃあ行きましょう! 車はうちの家の前にどうぞ」
「あ、うん……ありがと」


 戸惑う間もなく、半ば押し切られるような形でお邪魔する事が決まった。

 聖南はまず春香を家の前まで送り届け、それから車を取りに行く。玄関先で待っていた春香の指示通りに車を停めると、彼女はテンション高めに家の中へと招き入れてくれた。

 親はもう寝ているとの事で静かに階段を上がり、二階へと向かう。正面と左右にある三部屋のうち、向かって左奥の扉の前に案内された。

 何だかトントン拍子に事が進んで、まったく心の準備が出来ないままの聖南をよそに、キューピット春香は躊躇いなく扉をノックした。


「葉璃ー? 入るよー」


 扉に声をかけ、「それじゃおやすみなさい」と聖南に手を振ると、御役御免とばかりに階段を上がってすぐの正面の部屋へと入っていってしまう。

 聖南は、ゴクン、と生唾を飲み込んだ。

 葉璃を前にしての第一声すら浮かんでいない状況で、激しく打つ鼓動を抑えようと一度胸元を握る。

 これ以上ないほど緊張していた。

 立ち竦んでいてもしょうがないと、意を決しなければ扉を開くことさえ出来ないほどには。


「……はる、入るぞ」
「── っっ!? な、なん、っ! えっ!?」


 ベッドに腰掛けていた葉璃が、ぬっと現れた聖南の姿を見て案の定目を丸くしている。

 勢いをつけて立ち上がり、大きな瞳を溢れんばかりに見開いて絶叫しかけたその口元を、聖南はすかさず押さえた。


「シーッ! 親寝てんだろ、大声出すなっ」


 落ち着け、と言いながらベッドに腰掛けさせると、聖南自身にも心の中で『落ち着け!』と叱咤しなければならなかった。

 何せ、毎分毎秒思い続けていた葉璃が目の前にいるのだ。

 これが真夜中でなかったら、確実に聖南も絶叫している。


「なんでっ? さっき諦めたじゃないですか!」
「お前足速すぎ。諦めたっつーか、春香をあのままにしとくわけにいかなかったから引き返したんだよ」
「ほんと意味分かんない……。なんで……? 俺じゃなくて春香の部屋に行くべきでしょ……」


 俯いてぼやく葉璃は、当然ながらまだ誤解したままだ。

 春香の事が好きだという入れ知恵を悪意無く行い、聖南が抱く葉璃への好意を微塵も信じていない。

 「なんで……」とひたすら呟き続けるラフな恰好の葉璃を見下ろしながら、聖南は必死で冷静であろうとする。

 すべてはこの葉璃の頑な誤解を解かなければ、聖南の気持ちをいくら言ってもきっと伝わらない。

 だからといってどうすればいいかなど、恋愛初心者である聖南に分かるわけがなかった。


「あのさ、はる。聞いてくれ。俺は春香じゃなくて、はるの事が好きなんだよ。言っただろ、もう疑うなって」
「いや、そう言われても……! だって俺、お、お、男ですよっ? 春香と同じような顔してるけど、男なんです!」
「分かってるって。さっき春香にも言ったけどな、顔はそんなに重要じゃねぇんだよ」
「でも一目惚れって……」
「さすが双子。同じ事言いやがる」


 困惑と動揺からか、小声で、一生懸命に喋る姿がまるで小動物を見ているようで愛おしい。

 実物の葉璃は、想像よりも何億倍も何千億倍も可愛くて可愛かった。

 ついまじまじと見詰めてしまうのも、無理もない。


 ── ちゃんと話してぇのに……。


 恋愛初心者は、まともに想いを伝えることも出来ない。

 聖南に信用が無いからか、葉璃の誤解はとんでもなく長い根をはっていそうだ。

 強固で頑固な誤解を解くにはどうしたら良いかを真剣に考えていた聖南は、風呂上がりの香りをまとった葉璃のつむじをジッと見ていたのだが、ふと何の前触れもなく髪に触れてしまっていた。



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