必然ラヴァーズ

須藤慎弥

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 膨大なデータを保存するのに時間を要し、それから編曲スタッフのグループLINEに詞が上がった事、聖南の声での仮録りも済ませた事の二点を送り、応接間の片付けまで終わらせて事務所を出たのは深夜一時を過ぎてからだった。

 聖南は欠伸をしながら車に乗り込む。

 高級車メーカーのSUV車は、乗り込んだ瞬間にその安定感からさらに眠気を呼ぶが何とかコーヒーパワーで踏ん張り、自宅の駐車場へと着いた。

 だが聖南は気が付かなかった。

 深夜までパソコンと格闘していて、集中力が散漫になっていたのかもしれない。

 はたまた毎日の疲れからか、聖南の車の後を付けていた一台のタクシーと、それをさらに追う黒いワンボックスカーがいた事をまったく気にも留めていなかった。

 聖南はまたも呑気に欠伸をしながら、ノートパソコンの入った鞄を肩に掛けてマンションのエントランスへ入ろうとすると、何者かに呼び止められて歩を止めた。


「セナさん!!」
「…………?」


 振り向いて人物を確認するも、そこに居たのは知らない女性だった。

 そこそこ綺麗な顔で、まさしくグラビアアイドルか女優の卵かといったまぁまぁの美人である。


「…………あ? 誰?」


 現在非常に眠たい聖南は気だるげに女を見てみると、すぐにその女の意図が分かってしまい、立ち止まる価値も無かったと振り向いた事を後悔した。


「セナさんっ、私セナさんの大ファンで、今日事務所でお見掛けして……だから……その……」
「いや無理。じゃーな」


 抱いてほしい、とのお願いだろう事は、この女の露出の多い服装からも滲み出ていた。


 ── あーあ。今までの俺殺してぇ……。


 これまでのふしだらな性生活が、こんな顔も知らないような女にまで情報が広がっているとは思わず、苦笑しながら聖南は踵を返した。

 すると女はヒールをコツコツと鳴らしながら、早足で近付いてくる。しつこく追われても、その気が無い聖南に応じる義務は無い。

 数歩進んで鬱陶しいと感じた聖南が、振り向いて文句を言おうとした瞬間だった。

 視界の端に光るものが見え、「ヤバイ」と咄嗟に体を捻じる。


「…………痛っ……」


 光る何かを避けようとしたものの、女との距離が近かったために完全には避けきれなかった。


「あ、あ、あの、だって、セナさんが、セナさんがっっ」


 セナさんが悪いんだ!と叫びながら走り去ろうとした女は、聖南を張っていたマスコミが瞬時に取り押さえられた。

 数メートル向こうが一気に騒がしくなる。


 ── 痛ってーな……クソ……。


 聖南にしては珍しく 睡魔が襲っていて動きが鈍かった事も災いし、腹に感じた痛みと生温い感触に、一瞬何が起きたのか分からなかった。

 肩に掛けていた鞄を落とし、聖南はその場に崩れ落ちる。

 取り押さえられた女は、隠し持っていた果物ナイフのような小さな刃物で聖南の右脇腹を切り裂いていた。


「セナさん!! 大丈夫ですか!? おい! 救急車呼べ! あと警察も!」
「はい!!」


 霞む視界の先で、慌ただしく迅速に動く数人の人影を追いながら、何故こんな夜中に、しかも自宅マンションに人がたくさんいるんだろうと思うも、痛みでそれどころではない。

 切られた部位を押さえ、ついにその場で力尽きた聖南の元へ知らない男が近付いてきたが、目の前がチカチカと点滅していてそれが誰なのか把握する事は出来なかった。

 薄れゆく意識の中で、とにかく不覚だった自分と、過去の考えナシだった自分をただ悔いていた。

 その理由だけは明白だったからだ。

 間もなく警察が来て女は連れて行かれ、聖南は救急車で病院へと運ばれた。


 ── あーあ……葉璃におやすみってまだ送ってねーのに……。っつーか既読付いたのかも見てねぇや……。


 救急隊員の呼び掛けにもロクに対応せず、薄れゆく意識の中で聖南は「おやすみ」のメッセージを送れなかった事を一番残念に思っていた。



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