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俺を壁に押し付けていた力がいくらか緩んで、聖南はもう一度大きなため息を吐く。
「違ぇよ。 俺が言いたかったのは……。 ……なぁ葉璃、見違えたな」
「え……?」
優しい声だった。
それはまさしく、褒めてるんだぞと意味を含ませた笑みまで浮かべて、見詰めてきた。
俺自身が変わらなくちゃって思ってた事を、全部分かってるような口振りで……。
本当に優しい声と微笑みに、目頭が熱くなった。
「葉璃が蝶になった」
「蝶……?」
「あぁ。 あと、音痴じゃねぇじゃん」
「そ、それは……!」
以前言った事を蒸し返されて、顔から火が出そうだった。 潤んだ目元から涙が引いていく。
しかも蝶って……何の事だか分からないし。
思い出さなくていい事まできっちり覚えている、一ヶ月ぶりの聖南の瞳にドキドキした。
「俺は、葉璃を待ってる。 いくらでも待つ。 それまでは手出さねぇから安心しろ」
俺がビクついてると勘違いしたのか、そう言って本当に解放してくれた聖南が俺に背中を向けて、眼鏡を外そうとしていた。
その後ろ姿を見た瞬間、俺の体は見事に勝手に動いた。
───俺のだ、俺の聖南だ!とでも言うように、彼の背後からギュッと力いっぱい抱きついた。
考えるより先に、俺の脳が、心が、聖南から離れたくないと一心に叫んでいたんだ。
「もう、待たなくていいです」
「…………何?」
「聖南さんの事、好きです。 もう逃げません。 だからもう、待たなくて……っ」
言い終える前に、振り向いた聖南が正面から俺を力強く抱き締めてくれた。
俺も、ありったけの力を込めて聖南の背中を掻き抱く。
カシャンッと聖南の眼鏡が落ちる音がしたけど、二人ともそんな事に構っていられなかった。
「……葉璃ーーー……」
切なげに俺を呼ぶ声に、みるみる愛しさが湧き上がってくる。
大好き。 大好き。
大好き。 大好き。
何もかもどうでもいいと思った。
聖南は「いくらでも待つ」と言ってくれた。 俺のすべてを理解しようとしてくれる聖南から、離れたくないと思った。
こんなに大好きなのに、なんで俺は手を離そうとしたんだろう。
しかも、何度も。
聖南が想ってくれてることに胡座をかいて、のうのうと駆け引きのように聖南を惑わせた自分が、心底許せない。
密着したところから伝わる聖南の心臓の音が、それ以上早く脈打ち続けたら死んじゃうよってくらい、ドキドキしていた。
それだけでもう、充分だった。
俺の心臓も壊れそうなくらい、動いている。
聖南を想うと胸が苦しい。 毎日スマホを見詰めて、届く事のない「聖南♡」からのメッセージを待っていた。
意地を張るのも、悩むのも、考えるのも、俺には無理だった。
″必要としてくれている大事な人を大切に出来ない″ 俺は、これからも何も変わらない真っ暗でウジウジした世界に居続けなきゃいけない。
聖南の存在の眩しさや与えてくれる好意は、そんな俺の窮屈な世界を変えてくれると、ずっとずっと前から分かってのに……。
「いいのかよ、そんな事言って。 ……俺は年単位で待つって言ったのに」
腕の力を緩めた聖南が、顔を覗き込んでくる。
それほど彼も真剣な気持ちで向き合っていたんだと思うと、俺の勝手な逃げは自分の事だけじゃなく聖南の事も傷付けていたんだと思い知った。
好きだと言う聖南の気持ちを疑い続けて、俺なんかっていつまでも卑屈になって。
……伝えなきゃ。
ちゃんと、聖南と居たいって、伝えなきゃ……。
「いいんです。 ちゃんと考えました。 あ、いや……考えたっていうか、もう体が勝手に動いちゃったんですけど……」
「……葉璃、明日レッスンは?」
「えっ? えーっと、明日はレッスンないですけど……」
「そ。 じゃあ明日は学校欠席な」
「え!? なん、……」
「葉璃の事を思えば、今までと同じで学校優先って言ってやりたいけどな、そんなかわいー事言われて俺が我慢できるはずないじゃん」
試験はもう終わったしな、などと不敵に笑う聖南に見惚れた。
欠席の意味が分からないはずもない俺は、途端に顔が熱くなるのを感じる。
どうしよう。
ヤバイくらい、ドキドキしてきた。
目の前の聖南は、さっきまでの優しく包み込むような穏やかな瞳は一体どこへやったのかというほど、あの日と同じ雄の目をギラギラさせて俺を見下ろす。
「せ、聖南さん……?」
「帰るぞ」
「帰るってどこに……!」
「俺ん家に決まってんだろ。 もう待たなくていいって葉璃が言ったんだからな」
「~~っそりゃ言いましたけど!」
ちょっと性急過ぎじゃないかな……!?
俺が答えを出す日を待ち望んでいたかのような、聖南の「我慢できない」。
この約一ヶ月近くの間、本当にやり取りは一切無かったから、もうこれだけ俺との連絡を断ってるって事はてっきり聖南はまた綺麗な人達と遊んでるのかと思っていた。
さっきの聖南の他人行儀な態度もそう考えると納得できて、俺はこれからどうしたらいいかなと落ち込む寸前だった。
それはネガティブでも何でもなく、聖南と離れなければならない、誰のせいでもない失恋というものを噛み締めなければと、そんな悲しい決意をしようとしていた。
おもむろに手を繋いできた聖南は、落として壊れてしまった眼鏡をダストボックスに放ると、怖いほどに美しい形相で、
「手出すからな、覚悟しとけ」
なんて、俺のドキドキをわざと増幅させるような事を言った。
聖南の掌は男らしくて、大きくて、温かくて、握ってきたそこからですら愛を伝えてくるようだった。
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