必然ラヴァーズ

須藤慎弥

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 葉璃と恭也のデビュー曲の最終チェックに来ていた聖南は、到着早々、編曲チームからどうしてもと言われてブース内に居た。


「お願いしまーす」


 声が掛かり、ヘッドホンから曲が流れてきて、足でリズムを取りながらサビ部分でやや抑え目に歌う。


『俺入るつもりなかったんだけどなぁ……』


 仕上げに聖南のハモリを入れたらどうなるか、試しにやってみましょう!と編曲チームに取り囲まれて、スタジオに入って三分後にはこんな事になっていた。

 戸惑う間もなくここに立ってはいるが、あのプロデューサー二名の強い意向なんだろうなと苦笑し、とりあえず入れてみるだけ入れてみようと従っておく。


「はーい、OKでーす! 頂きまーす」
「……あ?」


『頂くって……もう録ってたのかよ』


 聖南は完璧にテストのつもりだったのだが、すでにその準備が整っていたとはやられた。


「もう入れちゃったの?」


 ブースから出て眼鏡を掛けた聖南は、機材の前に腰掛けてパソコンを眺めた。

 編曲チームの面々は若干済まなそうに「はい…」と小さく返事をしていて、別に怒ってるわけじゃないんだけど、と苦笑した。


「突然で申し訳無かったです。 でもセナさんの意見が第一なので、セナさんの歌入れ無しバージョンも別でありますから。 セナさんが決めて下さい」
「分かった」


 再度ヘッドホンをして、何度も何度も二パターンを聴き比べていく。

 ただ聴いているだけで一時間以上使ったが、聖南はその時点で判断を下すに至らなかった。

 正直、聖南の歌声が入った方が深みが増すとは思う。

 だがそれでは二人の個性が死んでしまうのではないかと危ぶんだ。


「───なぁ、この子らの次のシングル曲の製作掛けてんの誰だか知ってる?」


 後ろを振り返り、作業中の編曲チームを見やる。


「いえ……私共は知らされてないですけど」
「あ! そういえば、プロデューサーのお二人が、渡辺筑紫さんにお願いしようかと話してるのは聞きました」
「渡辺筑紫? マジで?」


 売れる曲を書くと有名な渡辺筑紫という人物は、それこそバラードが主だ。

 聖南も当初はラブバラードとしてこの曲を作っていたが、アキラの助言やデビュー曲としての勢いが必要だと意識を変え、ポップ調に仕上げた。

 デビューしてから三曲ほどはキャッチャーなJ-POPでいかなければ、他のアーティストの波に呑まれてしまう。

 売れるかどうかも重要だ。 しかしまずは世にインパクトを残さねばならない。

 事務所の二人の売り出し方は、主に歌唱メインでいくわけではないと聖南は見ている。 それならば尚更、CROWNのバックアップという名目をフルに使ってやった方がいい。

 いくらも話し合い、何度も聴き比べ、二人のデビュー後の想定をした聖南は悩んだ挙句ヘッドホンを外した。


「意外ですよね。 次もテンポ良いのが欲しいんですがね、デビューしたては」
「だよな。 世論と統計見たらそれが常だもんな。 まぁまだ本決まりじゃねぇんだろ?」
「恐らくですね。 ここで話すくらいですから」
「そんじゃ、俺有りのでいくか」


 もはやこうなれば、聖南が絡むデビュー曲として話題になるかもしれないメリットの方が大きくて、相当に悩んだが聖南はそう決断を下した。

 スタジオに入り、三時間後の事だった。



… … …


 明日のパーティー用に、葉璃のために仕立てたスーツを後部座席に大事に置いてあるのを、ルームミラー越しにニヤニヤしながら眺めた。

 編曲チームはとても優秀なので、最終チェックは小一時間もあれば終わると思っていたのだが、聖南がいつになく真剣に曲と向き合っていて時刻はすでに午後十一時を過ぎようとしていた。

 自宅で待っているであろう葉璃に詫びるため、先ほどから何度も連絡してみているが一向に出る気配がない。


『もう寝ちまったかな?』


 朝から晩までレッスンを頑張っていると毎日のメッセージのやり取りで知っていたので、大して気にする事もなくスマホをポケットにしまう。

 何かあったらすぐさま電源を落とす葉璃だ。

 しっかり呼び出し音は鳴るので、もし寝ているのなら起こしては可哀想だと、ベッドの端に丸まった葉璃を妄想して緩む口元を押さえながら、ハンドルを握る。

 葉璃のスーツを大事そうに抱えた聖南は、マンション内へ入り、コンシェルジュを見付けて「倉田葉璃、来てます?」と問い掛けた。

「はい。 いらっしゃいましたが、現在外出中でまだ戻られておりません」
「は!? 外出中!?」


 こんな夜遅くにどこへ行ったというのか。

 ウキウキな気分が一転、驚いた聖南はスーツをコンシェルジュに預けマンションを飛び出した。


『携帯つながんねぇし……あのツラでこの時間にこの辺歩いちゃマズイだろっ』


 連れ去られでもしていたらどうしようと不安でいっぱいで、冷や汗が止まらなかった。

 ロングコートを着ていてもさらに寒気が増すほどの焦りから、聖南自身も素顔を晒して歩いている事に気付けないでいる。

 しばらく歩き回ったところで、遠くに葉璃らしき小さな人影を見付けて走り寄ろうとした。

 だが隣に背の高い男が一緒に居たので、見間違いかと思い立ち止まってよく目を凝らすと───。


『……っ葉璃じゃん!!!!』


 その小柄な人影はやはり、紛れもなく葉璃だった。


「誰だ、アイツ」


 まるで浮気現場を偶然見付けてしまった夫のような気分に陥り、足が竦んで動けない。

 繁華街から少し離れた路地裏。

 人気のほとんどないその場所で、二人は決して親しげではないが、あの葉璃が背の高い男ときちんと会話をしているように見えて、聖南の中にドス黒い思いが渦巻き始める。


『…………これだから嫌だったんだよ』


 変わり始めた葉璃。

 表情がくるくる変わり、喜怒哀楽がハッキリしてきた葉璃は言葉も話し方も意思を示せるようになり、顔付きに覇気が出てきて危なっかしいと危惧していた。

 そしてあの瞳。

 聖南が一瞬で恋に落ちたあの眼差しと瞳に一秒でも見詰められれば、その気がなくとも誰しもがドキッとしてしまうはずだ。


「………………」


 葉璃の変化は良いことだと、変わりたいと望んで蝶になって羽ばたこうとしているのなら応援してあげなければと、そう思っていたのに。

 聖南はいつから、葉璃が変わる事を恐れていたのだろう。

 笑顔が可愛い葉璃を誰にも見られたくない。

 その瞳には聖南しか捉えていてほしくない。

 葉璃からの愛情を知ってしまった聖南はもう、一人ぼっちになど戻れない。



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