必然ラヴァーズ

須藤慎弥

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 フッと苦笑に近い笑みを零しながら葉璃の柔らかい髪を梳いていると、背後から聖南を呼ぶ声がした。


「おーい、セナ!  社長が呼んでたぞーって……ハル?  寝てんの?」


 側に寄ってきたアキラとケイタが、葉璃の姿を見て驚いている。


「パーティーの途中で寝るなんてスゴイ肝座ってるな」
「そうじゃねぇよ。  昨日無理させちまったからな」


 成長痛は恥ずかしいと葉璃が言っていたのを思い出し、あまり吹聴するのは気が引けて、アキラとケイタには悪いがそこは葉璃のために伏せておいた。

 荻蔵も空気を読んだのか、黙っていてくれている。

 それに、無理をさせたからこうなっているのも紛れもない事実だ。


「マジで?  やめといてやれよ。  今日パーティーなの分かってただろ」


 アキラはそう言って苦笑し、腕を組んだ。


「だからこれでも抑えた方だ。  四時間くらいぶっ通しでヤってたからさすがにキツかったんじゃね」
「はぁ!?  セナさんすげえ体力……」
「セナがっつき過ぎ!  そりゃハル君も疲れるよ!」


 荻蔵とケイタが同時にギョッとなって、寝ている葉璃を同情の目で見た。

 聖南自身も、これまでそんなに長い事愛し合った事はないし、下手したら休憩ナシであと二時間くらいはいけそうだった。

 だがこの葉璃の様子を見ると、次からはちゃんと休憩を挟もうと妥協点があまりに些細ではあるが、聖南の意識もちょっとだけ変わっている。


「分かってるって。  俺も反省してんだ、一応。  で?  社長なんて?」
「あ、そうそう。  ハルと恭也のお披露目を二十時からするって」
「……無理だな。  せめて二十一時にしろって言ってきて」
「自分で行けよっ。  ハル見といてやるから」


 この状態の葉璃を置いて行くのは物凄く躊躇われたが、現在アキラとケイタ、荻蔵の三人も用心棒が居るので大丈夫かと聖南は立ち上がる。

 社長への直談判は確かに、聖南が行った方がスムーズだ。


「…………分かった」


 賑やかな会場内へ戻ると、途端に色々な人物から声を掛けられ足止めをくらい、社長の姿を探すのも一苦労だった。

 皆より頭一つ分以上長身なおかげで何とか社長を見つけ出し、「何も聞かずに、お披露目とやらは二十時からじゃなく二十一時から開始にしてくれ。 何かあった時の責任は全部自分が取る」と申し出た。

 何なんだと不振がる社長に、「お願いだから」とまるで父親に頼み事をするように親しみを込めて懇願した。


「よく分からんが……セナがそこまで言うなら変更しておこう」
「……あざっす」


 聖南のただ事ではない雰囲気に、大した事ではない、と大塚社長はそう言ってくれた。

 ひとまずホテルの部屋を取ってあと一時間ばかりベッドで葉璃を寝かせてやるかと目論んでいると、社長がポケットに手を入れて聖南を見た。

 仕事の話ではない、と匂わせるその動作に、葉璃の元へ戻ろうとしていた足を止める。


「ところでセナ、主管の渡辺とは連絡取ってるか?」


 少し身構えてしまった聖南も、なんだその話かと気を抜いた。


「ツアーのだろ?  取ってるよ」
「その……年明けにな、セナの親父さんも交えて四人で会食しないかという話がきてるんだが……」
「いや待って」


 気を抜いた直後に聞きたくない話が耳に飛び込んできて、思わず左手を上げて社長の声を遮る。

 聖南にとって一番遠く、思いもよらない話だ。


「絶対行かねぇよ。  そんな事、社長が一番よく分かってんだろ。  それはマジで無理」
「そう言ってもだな、親父さんがついに次期社長候補なんだ。  恐らく二年以内に人事はまとまる。  主催会社の次期社長との会食、という名目ならどうだ」


 それでも話を続ける社長をつい睨んでしまうのは、聖南のこれまでを考えれば致し方ない。

 出来ればずっと鍵を掛けて仕舞い込んでいたい実父の話をよもやこんな所でされて、ヘラヘラ笑って返事が出来るはずもなかった。

 聖南はふと、ついこの間見掛けた父親の姿を思い出す。


「……あいつもう副社長なんだ?」
「あぁ」


 ずっと重役ポストに居たらしい父親が、ついに社長にまで上り詰めると知っても、聖南の中では何の感情の変化も起こらなかった。

 テレビ局と非常に関連深い会社のため、後々の事を考えると拒否し続けるわけにはいかないことくらい、分かっている。

 それでも今の聖南には、たとえ仕事上だとしても父親と面と向かうなど絶対に無理だった。

 あの日数秒会話しただけで心が折れたのだ。

 顔も、立ち姿も、声も、どれもこれも聖南にとっては懐かしむ要素は一つもなかった。

 それどころか、今さら父親面するなと言いたかったほどだ。

 考えただけで呼吸を忘れてしまいそうになる。 胸が、苦しくなる。


「会食はあいつが社長になったら考える。  それまでは悪いけどそっとしといて。  俺にも心の準備がいるから」
「……そう言うだろうと思ったから、今回は断ってある。  ……心配するな」


 実父とは友人だという社長だが、それこそ赤ん坊の頃から知る聖南の生い立ちも目の当たりにしているため、そこは言わなくても理解してくれていた。

 だが仕方がないだろ、と押し切られたらどうしようかと思った。


「……良かった。  俺には父親も母親も居ないんだから。  あいつが社長になって仕事で付き合いが出て来て、直々に挨拶しなきゃってなったら……そん時は腹くくる」
「分かった」


 この話はおしまいだ、と社長が切り出してくれたので、聖南も何も言わずに背を向けると、複雑な心境のまま会場をあとにした。

 聖南が大々的に企画したツアーの主催が父親の会社だった時点で、この話題も無くはないだろうと予測はしていたものの、いざ話題に上るとどうしても冷静でいられない。

 蓋をしていれば思い出さずに済む過去をほじくり返されるのは、苦痛以外の何物でもなかった。

 自ら扉を開けるのとは訳が違う。

 なぜなら、聖南が自分からその扉を開けようとなどとは考えもしないからだ。




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