必然ラヴァーズ

須藤慎弥

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 葉璃の衝撃的な言葉により、大袈裟でも何でもなく今度こそ本当に胸に穴が空いたかと思った。

 あの言葉を突き付けられた瞬間、内臓に冷風が吹き荒び、喉も引き攣り、声を失ったかと危ぶんだ。

 見詰められて可愛く微笑まれての心臓打ち抜きではない。


『嫌いです』


 嫌いです、嫌いです、嫌いです……。

 葉璃を抱いた後も耳から離れず、エコーまで掛かって鮮明に蘇ってくるほど恐ろしい言葉だった。

 聖南の怠慢をそんなにまで叱責されるとは思わなかったため、心の準備をする余裕など無かった。

 雑誌が発売されてから知るなど快いものではないだろうから、キスの事は不可抗力だったのだと葉璃には前もって話しておこうとは思っていた。

 聖南は盛大に嫌がっていたし、俺の体、しかも唇に触れやがって、とブチ切れだったとこんこんと説明して、ヤキモチを焼いてほっぺたの膨らんだ葉璃を宥めよう。

 そんな風にしか考えていなかった。

 まさか「仕事をちゃんとしろ」「怒って周りに迷惑を掛けるな」などと言われるとは夢にも思わなかった。


『葉璃強い。  俺より強えかもって思ったの、間違いじゃなかった……』


 キスの件よりも、聖南が怒り狂って仕事を放棄して帰ってきた事、謝罪の意志がある者からの誠意を受け取らない事を猛烈に怒られた。

 ───だって葉璃以外の奴とのキスなんて嫌だったんだもん。

 そう頑なに聖南が折れなければ葉璃は別れるとまで考え、現に言いかけていた。

 聖南の全身が震えた。

 葉璃がこの手から去るなんて嫌だ。

 それは死と同じ事だ。

 仕事だけはプライドを持ってやってきたつもりだったが、葉璃と出会ってからは完全に優先順位が変わってしまい、聖南の考えまでも変わってしまっていたと気付かされた。

 ……若干 十七歳の、超ネガティブ思考な葉璃に。

 聖南は、自分が葉璃を導いてやらねばと肩肘張って無理をしていたのだ。 まだまだ成長しきれていない自分が、そんな事できるはずも無かったのに。


『この世界に長く居過ぎたせいだな。  大事な事を忘れてた』


 図らずも気付かされた、甘え。

 芸歴も経歴も後ろ盾も、誰からも文句を言われない立場に居たせいで、聖南が仕事を放棄して怒って帰ったとて何ら支障はないと軽んじていた。

 まったくもって、格好悪いやら情けないやら。

 だが葉璃に大見得切った以上、聖南は何があってもドンと構えて大きな背中を見せなくてはならない。

 これは絶対にだ。

 葉璃と別れたくない。 捨てられたくない。 そんな建前だとしても、それが仕事にもプラスとなって活きていくならば結構な事である。





 終わった直後こそヨタヨタしていたものの、お昼前には復活した葉璃は聖南の選んだジャージを着て、その着心地を確かめているのかリビングをうろちょろしていた。


「なんでそんな落ち着かねぇの?  来いよ、昼メシ行くだろ?」
「……ピッタリ……サイズとか言ってないのに」


 そんな事を呟きながらウロつく葉璃を笑いながら捕まえて、その小さな体を抱き締める。

 先刻の行為では、聖南の欲にしっかりとついてきた葉璃。

 トロトロに蕩けて可愛くてたまらなかった葉璃が、今は目尻の上がった大きな瞳で聖南を見上げてくる。


『……やべっ……かわいー……♡』


 この小ささで見上げてくる様が、やはりたまらない。


「サイズは抱き締めた感覚で、何となく分かるからな。  レッスンって何時から?」
「一時からです。  だからもう出なきゃなんです」
「マジか。  でもとりあえず何か食わねぇと。  ジャージ着替えといで」
「はーい」


 レッスン前に葉璃を抱いてしまったのは少しばかり可哀想かなと思ったけれど、とんでもない言葉を聞いた後ではこのまま離れられないと思った。

 パタパタ、と小走りで衣装部屋へと入って行った葉璃を視線で追いかける。

 昨晩、テイクアウトした遅めの夜ご飯を一緒に食べたのだが、ダイニングテーブルいっぱいのおかず達を見て、さすがに買い過ぎたかなと案じていたけれど葉璃はペロリと平らげた。

 聖南は撮影の合間に少し食べていたのでテイクアウトした料理にはあまり手を付けなかったけれど、葉璃が見事に食べきってくれて気持ちが良かった。

 美味しいと言いながらモグモグする姿を動画で残しておきたかったくらいだ。

 久しぶりの葉璃が可愛くて可愛くて、嫌な事があった後なだけに、その後のお風呂での構い倒しで長風呂になってしまった。

 戯れ過ぎて二人とものぼせてしまい、実は聖南も危なかったのだ。

 葉璃の頬や体の熱っぽさから、今日抱くのはやめておこうと決めて眠りについたものの、今朝の葉璃からの口撃は聖南の不安を煽り立てて仕方がなかった。

 今日を逃すとまたしばらく会えないかもしれないと、とにかくその体を抱かなければ落ち着かず、葉璃をお姫様抱っこしてベッドルームへと連れて行った。

 葉璃の体温を肌と肌で感取し、甘く啼く声を脳裏に焼き付けておかなければ、「嫌いです」の一言が打ち消されないような恐れを感じた。

 聖南の指先の震えが止まったのは、葉璃が「きて」と言ってくれた辺りからだろうか。

 少し前まであんなに強い光を宿した瞳で聖南を嗜めていた葉璃が、健気に乱れた姿を見せてくれた事でようやく落ち着いた。

 優先順位はどうしても葉璃が何よりも上になってしまうけれど、それで心の制御が出来ないのならば葉璃からの愛は受けられないと知った聖南は、ついこの間、邁進するんだと意気込んでいたはずの我が身を心の底で罵倒した。

 仕事にはプライドを持たなければならない。

 それを、他でもない葉璃が教えてくれたのだ。


「聖南さん、時間やばいです。  お昼食べなくていいんで行きましょう。  てか聖南さんもお仕事なら、俺一人で行きますよ?  電車代貸してもらわないといけないけど」


 ぼんやり衣装部屋の扉を眺めていると、愛しの葉璃が少し焦り気味に部屋から出て来た。


「あぁ?  メシは食うぞ。  金ならいくらでもやるから、黙って車に乗っとけ」
「いや、送ってくれるならお金いらないです」
「帰りはどうすんの。  俺今日は迎えに行ってやれねぇ」
「どうにかするから大丈夫です」
「どうにかって……その辺の奴捕まえて送ってもらおーとか考えてんじゃね?  許さねぇよ、それは」
「あ、いえ、親呼ぶから大丈夫って事です」
「そ?  絶対だぞ。  知らねぇ奴の車には絶対に乗るなよ」


 はいはい、とおざなりな返事をする葉璃から聖南は背中を押されて、二人は仲良く仕事とレッスンへと向かった。

 聖南の恋人らしくなった葉璃は、別れ際にも「ちゃんと謝罪受け入れてあげてくださいね」と聖南の瞳を見詰めて念押ししていた。




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