必然ラヴァーズ

須藤慎弥

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〜 一月某日 〜(全九話)

2❥目撃




 シャワーを浴びた聖南は私服に着替え、葉璃に連絡を取ろうとスマホを持ち出した。

 これから場所を変えて盛大な打ち上げを行うらしいが、人に慣れる練習を兼ねて葉璃も連れて行くと決めている。

 こういう時、同じ事務所だと説明が楽で好都合だ。

 行き交うスタッフ等と挨拶を交わしながら、一旦出口へと向かう。

 葉璃はどこかで観ていると言っていたが、捌ける直前になってようやく、舞台上から向かって左後方にその愛しの姿を捉えた。

 目深に帽子を被り、マスクをして、今日は誰とも都合が合わなかった人見知りの葉璃が、本当に一人で観に来てくれたのだ。

 「絶対行きます!」とメッセージをくれて、大好きな恋人がやって来ると知った聖南は、最後の公演ともあって熱が入った。


「どこ居んのかな」


 後ろに結った髪を触りながら、左手でスマホを操作する。

 約四ヶ月リタッチしながら伸ばした金髪は肩甲骨辺りまであり、エクステを外してもらってもポニーテールでちょうど良い。

 ここで電話を掛けても雑音が多いので、「今どこ?」とメッセージを送ってみた。

 するとすぐに返信がくる。


『お客さんの波に流されて外に出ちゃいました(´・ω・`)』

「プッ……!」


 葉璃は現在、この顔文字と同じような顔をして外に居るらしい。

 オロオロする姿が目に浮かんで笑顔が溢れ、「裏の出入り口まで来て♡」と送っておく。

 出不精で他人が苦手な葉璃が、聖南のために一人でここまで来てくれた事が嬉し過ぎて、一刻も早くぎゅっと抱き締めたいと浮足立つ。


「セナさん!」
「……あぁ、千鶴。 お疲れ」


 裏口の扉のノブに手を掛けると、背後から私服姿の千鶴が慌てた様子で聖南の前に駆け寄って来た。


「帰られるんですかっ?」
「いや事務所の後輩迎えに」
「そうなんですね。 セナさん! 私、セナさんの大ファンになりました!」
「おぉ、ありがと」


 後片付けに追われたスタッフ等はここには来ないとは思うが、そんなに大声を出したら誰かに見られてしまう。

 千鶴は今の今まで落ち着いた印象だったが、上演終わりともあって興奮しているのだろうか。

 聖南も少々面食らうほどの勢いで接近された。


「そ、それで、……こんな事言うと変に思われてしまうかもしれませんが、役の上でじゃなく今ここで……抱き締めてもらえませんか! 無事に一ヶ月走り抜けた喜びを分かち合いたいんです……!」


 え、と聖南は固まった。

 そしてすぐに『嫌だ』と言いそうになって、慌てて口を噤む。

 カーテンコールの際に少しばかり熱を込めて感謝を伝えた後から、千鶴の視線がひっきりなしに聖南に向けられていたのには気付いていた。

 やはり、余計な事を言い過ぎてしまったようだ。


「それはやめとこ。 マジで変な噂立つと困っから」
「あ……そうですよね、セナさん恋人がいらっしゃいますもんね……」


 火のないところに煙は立たない。

 即答されてショックだったのか、見るからに肩を落としてしまった千鶴に、聖南もどう返してやったらいいか分からなかった。

 葉璃と付き合い始めてから、百戦錬磨だったあの聖南が信じられない事に女の扱いに手を焼いている。

 無闇やたらと期待を持たせるような事は言わないでおこうとしても、口をついて出る言葉は何故か女を喜ばせてしまうものばかり。

 そんなつもりは毛頭ないのに、だ。


「あのさ、俺はマジで千鶴に感謝してんだよ。 土俵違う俺がこの仕事引き受けるべきじゃねぇって、顔合わせするギリギリまで悩んでたんだ。 千鶴がレクチャーしてくれなかったら、俺は今頃業界の笑いもんになってたと思う」
「私はただ、このミュージカルを成功させたいと思っていただけですから……」
「その気持ちが俺にも大いに役立ったって事だ。 な、千鶴のこれからのキャリア考えたら、ここで妙な噂立てられてゴシップ記事書かれるような真似はしない方が賢明……」
「構いません! 私セナさんの大ファンですから!」
「いや俺が構うんだけど」
「セナさん……!」


 興奮状態の千鶴に、今は何を言っても聞かなそうだと困り果てて苦笑を浮かべると、千鶴が聖南の体に一方的に抱きついてきた。


「ちょっ、おい、離せ……!」
「セナさん……っ」


 背中に回された腕を解こうと千鶴の肩を押すも、力加減を間違えて怪我でもさせたら大変だと思い完全なる拒絶は出来ずに居た、……その時だった。


「………………!」


 向こう側から扉が開かれ、マスク姿の葉璃が現れると、二人の密着シーンを目の前で目撃してしまった事で瞳を見開いている。

 ……完全に誤解された。


「お、おい、……ちょっ……離せって!」
「……セナさん……っ」
「聖南、さん……」


『やばいやばいやばいやばいやばいやばい!』


 まったくもって何のやましさもないのに、浮気現場を目撃されたような気持ちになった。

 葉璃の眉間の皺を見付けて、聖南の手に力がこもる。

 ガチャ、と後ろ手に扉を開けた葉璃は、二人から視線を逸らして一目散に出て行ってしまった。


「───葉璃!!!」


『最悪だ……! 絶対また「別れる」とか「もうヤダ」って言われる……!』




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