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1.「死ね」と言われて
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お兄さんはなんと、ここまで車で来ていた。
登山口の駐車場に停まっていた黒塗りセダンの助手席に〝早く早く〟と言わんばかりに促されて、乗り込んだまではいい。
下山中もとにかく寒そうだったお兄さんは、運転席に座るなりエンジンをかけて暖房を最強にした。そして少しずつ車内が温まってきたところで、突然笑い始めたんだ。
それはそれは、豪快に。
「あはは……っ」
「……笑い過ぎ」
「いや、だって……。あはは……っ」
ここに到着するまで、少なくとも三十分はかかった。僕に上着を寄越したばっかりに、お兄さんは凍えながら下山する羽目になったんだけど……。
道中、僕は何度も言ったんだ。「上着返すよ」って。
充分温まったし、僕は上着が無くてもわりと我慢出来ていた。手足の感覚が無くなるほどのかじかむ寒さを何度も何度も経験してきたから、むしろ暖かい方が違和感あるくらい。
……という僕の本音は、ただの遠慮に聞こえたみたいで。
駐車場に着く頃には、お兄さんの顔面は真っ青になっていた。吐く息は白く、無造作に揺れる髪はキンキンに冷えてそうで可哀想だった。
無我夢中で僕の手を引っ張ってくれたのは嬉しい。いきなり現れた初対面の僕なんかにここまで優しく出来るお兄さんは、リアルでもそうだから行き詰まったのかなって、ブカブカの上着を羽織った僕はそんなことを考えながら手を引かれていた。
「……っ、ごめんなさい。まさか俺がオバケだと思われていたなんて。しかも君は、オバケが死ぬところを止めてくれたってことでしょう? そんなの……あまりに支離滅裂で……っ」
現実に戻ってきて、しっかり暖まってちゃんとした思考が働き始めたからって、思い出したようにこんなに爆笑されると顔面から火が出そうだ。
真っ赤になった僕を見て「ごめんなさい」と謝るくらいなら、セットで「お腹が痛い」は無いでしょ。
……僕だって分かってるよ。
バカみたいな勘違いして、まさに支離滅裂な発言をしたあげく、この上品そうなお兄さんをゲラゲラ笑わせてることくらい。
「あの……恥ずかしいから、忘れてくれてると嬉しいんだけど」
「あはは……っ」
僕が喋る度にこれだ。
不気味な森を前にして、一向に車を出せないでいるお兄さんは単に笑い上戸なのか。
笑顔も笑い声も、そりゃあもうイケてる。
死ぬ一歩手前だったとは思えないくらい、まとうオーラが陰から陽に変わった。
「はぁ、……お腹痛い」
「……楽しそうで何よりだよ」
何分も笑われ続けたせいで、ちょっと皮肉っぽく言ってしまった。けれどお兄さんは特に気分を害した様子も無く、何度目か分からない「ごめんなさい」を言うとやっとハンドルを握った。
どこに向かうのかとか、これからどうするのかとか、そんなことを一言も話さないままどんどんと拓けた道に進んでいく。
信号がある道路まで来た頃には、お兄さんの笑い上戸は落ち着いていた。
まだ自己紹介もしてない。
ただ前だけを見てハンドルを握るお兄さんは今、何を考えていて、どこへ向かってるのかも分からない。
走り始めて一時間。
話しかけていいものか迷っていると、車は唐突にコンビニの駐車場に停車した。
「……君は純真無垢なんですね」
「えっ?」
言うなり、お兄さんはおもむろにシートベルトを外し、それからコンビニの中へ入って行った。
店内を歩くお兄さんを目で追っていると、温かいお茶を二本買って戻ってきた。
どうぞ、と差し出され受け取ったはいいものの、それを持ったまま僕は固まった。
だって……僕が純真無垢? なんで? お兄さんはなんでそう思ったの?
みんなが僕に向かって言う言葉とは真逆なんだけど。
「君がおいくつなのかは分かりませんが……」
静かに口を開いたお兄さんは、疲れた様子でシートに体を預けた。
一時間近くノンストップで運転してたから、ここで一旦休憩するつもりらしい。
シートベルトをしない、という事は、そういうことなんだろう。
「僕は十九だよ。お兄さんは?」
「あ、あぁ、……二十九歳になりました」
「えっ!」
「えっ?」
年齢を聞いて驚いた僕に、お兄さんも声を上げる。
意外だった。年上なのは何となく分かってたけど、僕とそんなに変わらないくらいかと思った。
「見えないね」
「……老けてますか」
「いや違う違う! もっと若く見えるよ!」
こっちを向いたお兄さんは、まだ大学生でも通りそうなほどだ。老けてるなんてとんでもない。
見た目は若々しいのに言葉遣いが丁寧だから、さらに落ち着いて見えちゃうんだ。
「てか十こも離れてるなら、僕が敬語使わなきゃだね。ごめんなさい」
ちょっとショックを受けてるお兄さんに「お世辞じゃないよ」と言っても無駄な気がして、話を逸らした。
「いえ、いいんです。気にしないで。俺は仕事柄、普段からこの口調なので」
「仕事なにしてるの?」
「あ、うーん……それはまぁ、いいじゃないですか」
「…………」
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