狂愛サイリューム

須藤慎弥

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0❥CROWN

CROWN②

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 あまりにも社長がしつこく問い質してくるので、父親に捨てられたと聖南は渋々口を開いた。


「捨てられ……捨てられた?  父親にか?」
「大金入った通帳と印鑑置いてあったからそういう事なんじゃないの」
「……………」


 紅色天賦の副総長として写ったその写真に視線は落ちたまま、淡々と話す横顔はまだ幼さが残っていても良いはずなのだが、社長の目には相応の少年らと聖南はやはり同世代には見えなかった。

 子役として舞台やドラマ、CMの仕事をいくつも持ってきても、文句一つ言わずにすべてをこなしてくれた若き稼ぎ頭。

 一年ほど前のある日突然、芝居を辞めたいと言い出した聖南は、仕事を選り好みするというより「出来ない」葛藤に苦しんでの苦渋の決断のようだった。

 昔馴染みの聖南の父親は、社長にも未だ何を考えているのか読めない謎の男なので、聖南との確執は嫌でも目に付く。

 聖南の葛藤は仕事だけに留まらず、私生活での寂しさによる瞳の憂いがあって、それが皮肉にも仕事に繋がっていたため芝居から退く決断は残念と言う他なかった。

 絶対にこの世界で輝けるはずの聖南を何とか立ち直らせてやりたいと、社長がスカウトマンとレッスン講師にその旨を相談していたのが先月の事だ。


「私が間に入るのは気が進まないだろう?」
「俺と父親の間にって事?  ……気が進まないどころかやめろって言う。  放っといて」
「そうだよな…お前はそう言うと思った」


 人付き合いのうまい聖南は、誰から教わる事なく世渡りがとても上手である。

 物心付いた頃から大人の世界に居るからか、上辺の付き合い…つまり相手の顔色を見ながら会話をする事に長けていた。

 その一方、自らを守るためにプライベートを少しも匂わせない、聖南の領域に誰も近寄らせない頑な殻がある。

 聖南を守る頑丈で強固な殻は、父親から預かったのだから遠慮せずに何でも頼れと何度となく言ってきた社長にも、到底破る事は出来ない。


「てかさ、俺こんなの載っちゃマズかったよな。  ……悪かった。  もしかしてここに呼び出されたっつー事は、もう迷惑掛けちまった?」


 人差し指で写真をトントンと弾く聖南は、不安気に社長を見た。


「……今やってる菓子メーカーのCMは、契約打ち切りだ」
「マジで」
「あぁ。 聖南には回さないつもりでいたが、話がきていた舞台からも今回の話はナシでと連絡が入った。  これに関してはまだ受諾していなかったがな。  しかし…この先あの舞台監督がうちに話を持ってくる事はないだろう」


 改編期を待たずしてこちら都合で契約打ち切りとなると、違約金が発生する。  同時に、信用も失う。

 聖南にも当然その知識はあった。

 さらに聖南の悪名のせいで、事務所の俳優部門の今後にまで影響が出ると聞けば、軽率に裏ピースをキメたのは完全に間違いだったと項垂れる。


「………ごめん」
「構わない、とは言えないな。  事務所の名を汚し、かつ違約金諸々で会社はかなりの損害を被った」
「………俺に返せる額?」
「正確ではないが金だけの話だとざっと五千万くらいだろうか」
「………今の俺じゃ無理だな。  どうしたらいい?  俺もう何も残ってねぇよ。  芝居も出来ねぇし、レッスンも行ってねぇし、学校行ってねぇからバカだし…」
「聖南はこの世界から退く気なのか?」
「分かんねぇよ…俺には何もないって言ってんじゃん…」


 聖南の太ももに置いていた雑誌が床に滑り落ちる。

 ボサボサの頭を掻き乱し呻く聖南が、ようやく歳相応の反応を見せ始めた。

 無気力で無知で才能も無い、孤独で哀れな自分がこの世界に居座れるはずがないと、情けない声で嘆いている。

 今が落としどころだと悟った社長は、痩せた聖南の腕を取った。


「いいか、ひとまず中学を卒業するまでレッスンを死ぬ気で頑張るんだ。  ボイストレーニングも追加でメニューに入れておいたから、明日から毎日放課後はここへ来い」
「えぇ……毎日?  なんでボイトレ?」
「真面目に学校とレッスンへ通い、聖南が私へ誠意を見せてくれたら、ボイストレーニングを課す理由を年明けに教えてやる。  これまで文句も泣き言も言わずに事務所に貢献してくれたからな。  それでチャラにしてやろう」
「………は?  甘くね?  一生かけて金返せって言っていいのに。  学校とレッスン通うだけでチャラとか…」
「いいな、約束だぞ。  お前は息子同然だと言ったはずだ。  多少便宜を図ってしまうのも致し方あるまい」


 聖南の父親は昔からよく分からない男だった。

 何か理由があって通帳と印鑑を置いて行ったのだろうが、聖南はその事で深く傷付いている。  とうとう本当に独りぼっちになってしまったと、誤解している。

 父親の動向に振り回される事はない。

 少なくとも自分という受け皿があるのだと、軽率な行動を取った息子同然の聖南の目をしっかりと見詰めて言ってやる。

 見た目がいくら成長しようとも、中身はまだまだ子どもなのだ。

 頼るべき大人が身近に居ると分かれば、元々ポジティブで前向きな聖南は自力で這い上がって来れるに違いない。

 我の先見の明は確かだと、社長は自負する。


「───分かった。  夜遊びすんのも引き込もるのもやめるわ。  事務所に借り作っちまったからな」
「そうだ。  十四にして多額の借金を抱えたな、聖南」
「借金言うな。  チャラ話はどこいったんだよ」


 控えめな笑顔を見せた聖南の口元から、八重歯が覗いた。

 その憂い混じりのいたいけな微笑みに、社長はさらに確信を得る。

 きっと、この少年からは借りを返してもらうだけでは済まない。

 この大塚芸能事務所がさらに発展するほど多大な利益を生む。  聖南はこの先、誰も追い付けないほど高みへ上り、光輝くだろう。

 闇と孤独を知る者の方が、そうでない者よりも遥かに強い。

 聖南なら自身の殻を自らで打ち破る。

 大塚社長は思った。

 今まさに暗闇に居る聖南が煌々と輝いてゆく様を、この目で見届けなければ「チャラ」には出来ない。




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