狂愛サイリューム

須藤慎弥

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4❥ライバル

4❥⑧

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 葉璃の瞳は爛々としている。  黒目がちのそこは強い光を秘め、奥底に眠る芯の強さが滲み出ている。

 それでいてどこか切なげで、見詰められると誰しもが吸い寄せられるように走行性を発揮してしまうのだ。

 よく知らない者の目は見られない、治さなければと葉璃は言うが、聖南はこっそり、それだけは治さなくていいと本気で思っている。

 この瞳は、どんな者にとっても最終兵器だからだ。

 葉璃はその最終兵器で、何か言いたげにしばらく聖南を見詰めていた。

 ほんのりと濡れた前髪が瞳にかかりそうで、聖南はさり気なく髪をかきあげてやる。


「……そのレイチェルさんは、聖南さんの一番近くに居た俺より聖南さんの事分かってますね。  気付いてあげられなかった俺には、聖南さんの背中はまだまだ遠いんだなって思い知っちゃった」
「葉璃……」


『そんな事ねぇよ。  葉璃がそんな風に思う事はない』


 眉尻を下げて控えめに笑う葉璃を、優しく抱き留める。  どこまでも自信のない卑屈な恋人が、愛おしくてしょうがない。

 ネガティブで後ろ向きで、出会った当初は硬い殻に閉じこもっていた葉璃を、見事射止められた幸運に毎日感謝している。

 葉璃が居るから、聖南はこうして心を安定させていられるのである。

 仕事面では確かに聖南が葉璃を引っ張っていく形となるが、プライベートでは完全にそれが逆転する。

 聖南は葉璃に依存し、ほんの少しでも聖南が不安を覚えると心が重たいもので支配され、マイナスな妄想しか浮かばなくなる。

 葉璃を失うかもしれない恐怖と戦わなくてはならない、いや失うくらいならどんな手を使ってでも繋ぎ止めておきたいと、そこまで思考が及ぶのだ。

 ぐるぐるしていてもいい。  しかしそれは、聖南の前でだけがいい。

 同じ世界に生きる者として、先輩としては完全に失格だという自覚はあるが、頼るべきは聖南だけでいい。

 成長途中の葉璃がこれ以上眩い光の中に行ってしまうと、聖南は置いて行かれそうで怖いのだ。

 離れていると、不安で不安で、たまらない。

 一分一秒でも葉璃との時間を過ごしたいというのは、そういう事なのである。

 抱き締めたその体の感触、においを聖南が直に感じると、それだけで心はとても穏やかだ。

 書斎にはピアノ、ギター、パソコンが三台と機器に囲まれているが、不思議な事にベッドルームよりも静かな気がした。


「……聖南さん」


 胸元でジッとしていた葉璃が、ゆっくりと顔を上げる。


「俺、ヒナタもハルもがんばります。  一皮剥けるチャンスだって社長さんも言ってくれたし、聖南さんからも俺は「成長途中」だって言ってくれたから、がんばります。  俺は俺のやらなきゃならない事をがんばるから、聖南さんも、……がんばってほしいです」


 がんばるばっかだな…と呟く葉璃の精一杯の慰めが、愛おしくて愛おしくて胸が苦しかった。

 聖南が頑張るならば自分も頑張る。  離れていかないし、よそ見もしない。  だから、「頑張って」。

 葉璃らしい激励は、彼を愛してやまない聖南にとっては救いの言葉のようにも聞こえた。


「あぁ、頑張るよ」


 力強く頷いて微笑んだ聖南に、遠慮がちだった葉璃の笑みが深くなる。

 力強い瞳が細まり、口角の上がったそれは可愛いを凌駕し美しさの極みだった。

 支えてくれる葉璃が居なかったら、今や聖南は頑張れない。

 だが葉璃が頑張ってと言ってくれるのなら、この身を削ってでも最高のものを生み出してみせる。

 プレッシャーなど跳ね除けてやる。

 創りたいものが果たして何なのかはまだ分からないが、創作していて楽しいと思えたらそれが結果に繋がるだろう。

 すでに聖南は、現状を打開する時期に来ている。

 これからさらに自らの地位を安定させてゆくためには、これまでの実績と芸歴ではもの足りない。

 葉璃が他へ目移りしないよう、もっともっと上を目指して、生涯この背中を追い掛けたいと思ってもらわなければ、安心出来ない。


『……っしゃあ。  なんか気合い入った』


 初めて抱えたプレッシャーに心がグラついて動揺してしまっていたが、葉璃に打ち明けた事で聖南の目標が定まった。

 ───本当に、葉璃の存在は聖南にとっての宝だ。


「葉璃、ありがと」
「…………?」
「何があっても、俺は葉璃を守る。  葉璃が居ないと俺はもう生きてけないから、絶対に俺から離れるな。  俺にだったらいくらでもぐるぐるしてていい。  だから……俺のぐるぐるも葉璃にだけは許して」
「……当たり前じゃないですか。  何のための恋人なんですか?」
「こういう時のため」
「ふふ……っ、そうですよ。  聖南さんがいつも以上に甘えてくる時って、すぐ分かります」
「葉璃にだけかっこ悪いとこ見せてるよな、俺」


 背中を追い掛けていてほしいと男らしく高らかな目標を持ったはいいが、聖南の弱さは葉璃にしか見せられない。

 矛盾した我儘さえも恋人の特権だと、愛しの葉璃は笑ってくれる。


「俺にだけだから、いいんです。  ……他の人にも見せられるんなら、それは俺が好きな日向聖南じゃないです」
「……葉璃ちゃんかっこいい」
「聖南さんは世界一かっこよくて、世界一可愛いです」
「世界一かっこいい?  ほんと?  それほんと?  かっこいい?  俺かっこいい?」
「あはは……っ!  そうやって聞いてくるのはかっこよくないです!」
「なんだよ葉璃ちゃん。  どっちなんだよ」


 ケラケラとお腹を抱えて笑う葉璃が、聖南に背中を向けた。

 すかさず後ろから抱きつき、華奢な肩に顎を乗せ不貞腐れると葉璃はひと息吐いて聖南を振り返る。


「へへ……。  聖南さん、silentもう一回弾いてくださいって言ったら、怒ります?」
「怒るわけねぇじゃん。  弾いてやるから、葉璃、歌って」


 え、と驚いた葉璃を着席させて、聖南は鍵盤の上に指先を乗せる。

 照れくさそうに歌い始めた葉璃の横顔を見詰めながら、いつかステージの上で、こんな風に葉璃と音楽を共に紡げたらいいなと、聖南はふとそんな明るい展望を描いていた。




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