59 / 632
5♡すれ違い
5♡4
しおりを挟むトン、トン、と鉄骨階段を上がってくる音が、ゆっくり近付いてくる。
咄嗟に隠れようと立ち上がったここは先がないてっぺんで、逃げようにも逃げられない。
……誰……?
手すりを握り締めて、バクバクし始めた胸元のリボンをきゅっと握る。
「こんなとこで何してんの? ヒナタちゃん」
現れたのは、薄いクリーム色の衣装を身に纏ったCROWNのセナだった。
「……っ聖南、さん? ……なんで……?」
踊り場まで上ってきた聖南は、まるでここに俺が居る事が分かってたみたいに飄々としていて、不自然なくらい落ち着いている。
「リハお疲れ」
「……聖南さんも、お疲れ様です」
俺のほっぺたを摘んだ聖南が、フッと小さく笑った。
そして、じわ…と優しく抱き締めてくれる。
何分も、何分も、ただ黙って六月の温い風を浴びながら、抱き締めていてくれた。
なんで聖南は、俺が居る場所が分かったんだろう。
さっきまで怒った顔してたのに、どうして今はこんなに優しく抱き締めてくれてるんだろう。
俺が聖南に助けを求めた事を、どうやって感じ取ってくれたんだろう。
いつもいつも、欲しいと言う前に温かい笑顔をくれる聖南は、俺だけの超能力者みたいだ。
衣装にメイクが移ったら悪いから、聖南の胸を押して離れがたい腕から逃れた。
すると聖南は、離れたと同時に静かに口を開く。
「なぁ葉璃。 いつになったら俺を頼ってくれんの?」
「………………!」
「こんなとこでメソメソぐるぐるするくらいの事、あんじゃないの?」
顔を覗き込まれた俺は、やっぱり聖南は超能力者なんじゃ……と疑った。
何も言ってないのに、今まで匂わせもしなかったのに、俺のメソメソの理由を前から知ってたような口振りに思考が止まる。
聖南には大見得切って頑張るって言っちゃったし、Lilyのメンバーの子達に笑われたんだって子どもみたいに告げ口するのも違うと思った。
でも聖南は、多分もう分かってる。
俺が言わない事も、言わない理由も。
「……ありますけど、……ないです」
「…………はぁ……」
それでも自分の口からはとても話せなくて、分かりやすく濁した。
俺の瞳を見詰めていた聖南は、大きな溜め息を吐いた後、腕を組んで遠くの景色を睨んだ。
こうして並んでると、俺とは二十センチ以上も差がある聖南の背の高さが羨ましく思える。
きっと聖南は、俺が見てる目の前に広がるゴチャゴチャした街並みよりも美しい、遥か遠くの山々を眺めている。
キラキラしたアイドル様の姿で、いつでもその瞳に映るのは輝かしい光だ。
「──俺さ、葉璃が居てくれたから、作曲にも前向きになったんだよ。 「俺も頑張るから、聖南さんも頑張って」ってケツ叩いてくれただろ」
生温い風が、爽やかに聖南の髪を揺らした。
見上げた先のその横顔はとても穏やかで、凛としていて、俺には勿体無いと常に凹んじゃうくらいの美丈夫。
「………………」
「俺はCROWNのセナである前に、葉璃の恋人の日向聖南だ。 ぐるぐるすんのは俺の前でだけにしろって言ったよな? 何ひとりで抱え込んじゃってんの」
「……いえ、ほんとに俺は……」
「大丈夫って言いたいのか? 本番前にこんなとこでひとりで黄昏れてたのに、それを俺が信じると思う?」
「………………」
……思わないよ。
どうやって俺の居場所を知ったのかは分からないけど、聖南は確信を持ってここに居る。
林さんにも口止めしたLilyとの初対面の印象は、同じ音楽シーンを歩むアーティスト同士だから絶対に聖南には言うべきじゃないと思った。
でももしかしたら、聖南はそれにさえ気付いてるのかもしれない。
俺の拙い激励で奮起してくれた聖南は最近、睡眠時間を削り、俺とのエッチも我慢して夜な夜な書斎にこもってる。
心から頑張ってほしいと言った俺の気持ちを、聖南は裏切るまいとしてるんだ。
聖南には何でも話さなきゃいけない。
聖南ならどんな事を言っても受け止めてくれる。
俺がぐるぐるしてたらすぐに気付いて問い詰めてきて、話を聞いてくれて、励ましてくれる。
……ここまできて言わなかったら、聖南はきっと不安になって「俺じゃ頼りないか」と嘆くよね。
俺も多分、逆の立場だったらそうなるから──。
「…………逃げたい、……です」
「……ん?」
少し前にチャラ男の言葉に打ちのめされて白状させられた、あの時すでにどさくさに紛れて言いたかった台詞を絞り出す。
『言ってもいい。 もっと吐き出せ。 言いたいことはそれだけじゃないだろ?』
俺を見下ろす聖南の視線が、全部曝け出してくれとでも言うように柔らかかった。
ヤンチャで、一見怖そうな俺の大好きな聖南の顔が近付いてくる。
舌出して、と耳元で囁かれて、言われた通り少しだけ舌を出してみせると器用にその舌先を舐められた。
「……っ……!」
唇を合わせない、妙な舌先だけのキスは初めてだった。
何秒間かくるくると交わらせて離れた聖南に、「続けて」と真顔で言われたんだけど……右手を上げてちょっと待っての合図をする。
打ち明けようとした直後に舌を舐められるとは思わなかったから、ドキドキがなかなか鎮まらなかった。
こんなキスをするのは恋人だからだ。
その恋人には何もかもを話すべきだよなって、俺の背中を押すように聖南の舌先が語っていた。
「……聖南さん、俺……逃げたいです……。 もう、何もかもやだ……」
聖南に肩を抱かれて先を促すようにほっぺたを撫でられると、どういうわけかするすると本音が言えた。
遠くを見てたら視界が歪んで、目頭が熱くなってくる。
ダメ、泣いちゃダメって言い聞かせても、聖南の視線が尊いほどに優し過ぎて、我慢できなかった。
11
あなたにおすすめの小説
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
灰の底で君に出会う
鮭茶漬け
BL
両親を亡くした高校生、神崎透は叔母の家に引き取られて暮らしている。しかしその家は、家族と呼べる場所ではなかった。家事、雑用、そしてバイト。どれだけ働いても感謝されることはなく、透は「穀潰し」と呼ばれながら日々を過ごしていた。
それでも透は思っている。ここに置いてもらえるだけでありがたい、と。
これは――居場所を持たなかった少年が、初めて愛を知るまでの物語。
氷の婚約者様に破談を申し出たら号泣された
楽矢
BL
目が覚めると、レースの牢獄のような天蓋付きベッドの上だった。
何も覚えていない出来損ない下級貴族ミラ。無能だクズだと冷酷な罵詈雑言を浴びせてくる氷の騎士セティアス。
記憶喪失から始まる、2人のファンタジー貴族ラブコメディ。
----------
※注)
かっこいい攻はいません。
タイトル通りそのうち号泣しますのでご注意!
貴族描写は緩い目で雰囲気だけお読みいただけると幸いです。
ハッピーエンドです。
激重感情をこじらせた攻→受な関係がお好きな同志の方、どうぞよろしくお願いします!
全16話 完結済み/現在毎日更新予定
他サイトにも同作品を投稿しています。
様子を見ながらそのうち統合するかもしれません。
初めての一次創作でまだよく分かっておらず、何かおかしなことをしでかしていたら申し訳ないです!
守り守られ
ほたる
BL
主治医 望月診療所の双子医師
患者 瀬咲朔
腸疾患・排泄障害・下肢不自由
看護師
ベテラン山添さん
準主人公 成海真幌 腸疾患・排泄障害・てんかん
木島 尚久 真幌の恋人同棲中
強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない
砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。
自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。
ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。
とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。
恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。
ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。
落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!?
最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。
12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる