狂愛サイリューム

須藤慎弥

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10♡緊急任務

10♡8

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 慌てふためいた成田さんに招集された俺達七人は、入室して何分も経つのに誰もソファに腰掛けようとはしなかった。

 なぜなら大塚社長が神妙に「困ったなぁ」と呟きながら窓際をウロウロしているからで、みんながそれとなく空気を読んでるんだ。

 練習直前に出鼻を挫かれた感のある聖南達は特に、すぐにでもスタジオに戻りたいという意思を垣間見せつつ、社長が切り出すのを待っている。

 俺は何気なく聖南の隣を死守した。 隣には恭也、後ろにルイさんが居て、ちなみに俺と色違いのジャージを着てるルイさんは必然的に聖南ともお揃いだ。


「───練習中にすまない。  お前達には単刀直入に言う。 明後日のドームでの特番、霧山美宇が正式に出演をキャンセルした」
「えっ、マジで!?」
「やっぱりか……」


 いつにも増して険しい顔付きの大塚社長は、みんなをぐるっと見回してそう言い放った。

 突然そんな事を言われても、俺と恭也はポカンだったけど聖南達は一様に反応を示す。

 霧山美宇……霧山美宇……そんな名前の歌手の人、居たっけ……?


「聖南さん、霧山美宇って……」
「あぁ、葉璃は知ってるだろ? ケイタと例のドラマやってた女優だ。 Blu-Ray BOXが発売になるからって事で宣伝も兼ねて特番に出演予定だったんだよ」
「あ……っ、もしかしてあの挿入歌ですか!」


 聖南が説明してくれた途端に目を輝かせた俺は、何と言っても年明けから三月末まで放送されていたケイタさん主演のドラマの大ファンだ。

 かつてないくらい芸能界から逃げ出したいとぐるぐるしたあの生放送の日、CROWNがその主題歌をテレビで初めて披露したのを俺はこっそり録画までしてたまに観てる。

 聴覚障害を持つ女性との恋を甘く切なく描いてあって、決して重たくない内容にキュンキュンした視聴者も多いはずだ。

 現在の世では扱いにくいテーマ故、賛否両論あったとはいえどこか懐かしいピュアな恋愛模様がほんとに毎週楽しみだったんだよ。

 上半期の話題を掻っ攫ったドラマである事には間違いない。

 そのドラマの主演二人が歌う挿入歌は、ミディアムバラードでとってもとっても素敵なんだ。

 明後日の特番出演に決まってただなんて、そんな話があるなんて知らなかった。
 

「そうだ。 先日お前達三人には伝えたが、霧山が熱で倒れたとこちらに連絡があったろう? それがアデノウイルスだと判明してな。 出演をキャンセルせざるを得ない状況になったと霧山のマネージャーから連絡をもらった」
「アデノウイルスって何だ?」
「簡単に言うと子どもがかかるプール熱だ。 大人がこのウイルスをもらうと厄介でな、霧山も高熱が続いている上に今も目の充血が治らないらしい」
「マジか、怖っ」
「うつる可能性があるからキャンセルします、って事か……」


 そっか、ウイルス性の熱なら出演キャンセルもしょうがないよね……。

 二人の生歌での手話、見たかったな。

 ちょっと残念だ。

 ……あ、そういえば今日みたいに聖南達三人が成田さんに呼ばれてた事あったな。

 あれはもしかして、霧山美宇さんが熱で倒れたから週末の出演がどうなるか分からないっていう報告だったのかも……?

 聖南とアキラさんが頷き合う中、社長がようやく椅子に腰掛けた。

 もちろん、今一番戸惑ってるのはケイタさんだ。


「事情は分かった。 でも……それって俺の出番はどうなるの?」
「そこなんだ。 番組サイドにも霧山の事情を伝えたそうなんだが、ドラマ制作はあの局だっただろう? ケイタの出番そのものを取りやめる結論に難色を示している」
「そうは言っても無理なもんは無理じゃん。 主役の一人が病欠なんだろ? 代役立ててもおかしな話だ……」
「それだ!」


 聖南の言葉を遮った大塚社長は、いかにも名案と言いたげに一度テーブルをバンッと叩き、聖南とケイタさんを指差した。


「何が」
「代役を立てるのはどうかと、番組サイドが提案してきた」
「んー……ドラマとは関係ない女優さんにお願いするっていうの? それだと付け焼き刃にもならないよ。 第一、あの曲は全パートどころか間奏まで手話なんだよ。 明日のリハまでに覚えられる人なんて居ない」
「あ、あれ全パート手話なんだ?」
「そうだよ。 挿入歌だけど印象強いでしょ? 奇数話のエンディングで俺と霧山さんのカットも流れてたし」


 うんうん、うんうん! あれは霧山美宇さんとケイタさんじゃないと披露しちゃダメだ!

 俺も、奇数話のみで二人の挿入歌のVTRカットがエンディングで流れていた事に気付いてた。 なんたって俺は、次話予告の最後の最後まで見逃さなかったんだもん。

 完全にそのドラマのマニアとなってる俺は、内心でふふんと得意気になった。

 何にも関係ない女優さんが代役なんて、無理無理。


「霧山美宇の事務所側から代役として大塚の女優を使ってもいいと言われたんだが、ケイタの言った通り手話というのがなぁ。 ましてや上半期の話題をさらった注目ドラマだ。 明後日までに歌と手話を完璧に覚えなくてはならない……そんなプレッシャーは負えないと、引き受けてくれる者は誰も居らんだろう」
「………………」
「………………」
「………………」


 会議室が沈黙に包まれる。

 事情を知ってた聖南達はもちろん、何故かここに呼ばれた俺も恭也も林さんもルイさんも、特に発言する事もない。

 どうしてまったく関係ない俺達が呼ばれたのかな……ETOILEがCROWNの弟分だから? 知っておいた方がいいだろうって事?

 ……よく分かんないな。

 俺を含めた全員が黙り込んで数分。

 口火を切ったのは他でもないケイタさんだった。


「……一人、物凄く振りを覚えるのが早い子を知ってる。 霧山さんの高音パートを歌うのも問題ないと思う。 その子なら事務所問題も無いし、霧山さんが出演出来なくなってもお客さんを満足させられる」
「ほぅ、ケイタ。 それは誰だ? それならば一刻も早く連絡を……」
「………………」
「………………」
「………………」


 え、そんな人居るの?

 俺は主役の二人が並んでこそ成立すると思うんだけどな。

 ケイタさんを見詰める大塚社長の視線が、ふと俺に移ってきて目が合う。

 慌てて逸らして聖南の方を向くと、聖南も俺を見ていた。

 再び沈黙の時が流れる。

 なに、なに……? なんかアキラさんもケイタさんも、成田さんも、林さんも、恭也までも俺を見てるんだけど。

 もしかしてまた心の声が漏れちゃってたのかと、俺が胸を押さえた次の瞬間……ケイタさんがとんでもない事を口にした。



「ハル君、お願い……できない?」





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