狂愛サイリューム

須藤慎弥

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11❥葉璃の実力

11❥3

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 二十人用の一番広い個室は、この時間であれば予約無しでもすんなりと通してもらえた。

 気を使わせたくない聖南はダンサー達から離れた席に腰掛け、「遠慮せず何でも頼め、ただしつぶれるまで飲むなよ」とだけ言い伝えてからは好きに騒がせている。

 聖南は葉璃を隣に置いた。 いや葉璃自らが聖南の隣を死守していた、と思う。

 右隣にはアキラとケイタ。 葉璃の向こう隣には恭也、そしてダンサー組とひとしきり盛り上がって疲れたと言いながらやって来たルイが居る。

 いつもの事だが、聖南は甲斐甲斐しく葉璃の世話を焼いていた。

 お腹が空いたと発した言葉通り、葉璃の今日の食べっぷりも見事だ。

 すでに大ライスを二回おかわりし、カルビやらロースやらタン塩やらを聖南は葉璃のために無限に焼いているが、これまで一体何人前を食べているかなど数える気にもならない。

 肉が焼けるまでのつなぎとでも言いたげに、サラダやスープ、キムチ、冷麺の器を次々と空にしていく様は毎度の事ながらあっぱれである。


「お、おい、ハル太郎、お前……そない食うたら……」
「え? なんですか?」


 葉璃の凄まじい食べっぷりに驚愕していたルイが、顔を引き攣らせている。

 去年から顔馴染みのダンサー達も、ここにいる面子は大体が葉璃の大食いを知っているのでもはや驚きもしない。

 だがルイは初見だったようだ。

 この光景を初めて見た者ならば、その驚愕の面持ちは共感する。

 あまりにも呆気に取られたルイが可笑しかったのか、普段あまり爆笑する事のないアキラがプッと吹き出した。


「ハルとメシ食うの、ルイは初めてなんだっけ?」
「いや、昼は一緒に弁当食うてますよ」
「あ~朝昼はそんなになんだよねぇ。 ハル君の本領が発揮されるのは夜だから」
「どういう事っすか? お、おいおいおいっ、そのごっつい白飯のおかわり何杯目や! もうやめときぃって!」


 箸が止まらない葉璃を恭也の向こう側から必死に止めようとしているルイの声は、草食動物から肉食動物へと変身してしまった彼には届かない。

 こっそりと聖南の補助役となり、無言で葉璃の世話を焼く恭也もまた、ルイの焦りっぷりに口元を抑えていた。

 アキラとケイタは別の網でそれぞれが食べる分のみを焼き、明日の仕事に差し支えるためアルコールは控えている。

 楽しげな彼らとの食事も、そういえばいつぶりだろうか。


「……ルイ、今の葉璃に何言っても無駄だぞ。 振付け覚えんのにエネルギー大量消費したから、いま回収にまわってる」
「~~~~っ? 意味分からん!」
「何も考えなくていい。 ほら、ルイも食え」
「あっ、あざっす!」


 少食の聖南は完全に焼く側へと回り、ルイの皿にも肉をいくつか乗せていった。

 葉璃の大食いは今に始まった事ではない。 一応は満腹感もあるらしいので、葉璃は自分で終わりを知らせてくる。

 入店から一時間ほど経ってようやく、黙々と食べ進めていた葉璃の箸が止まった。

 ふぅー、と大きく息を吐いてお腹を擦り、壁に背を凭れて満足そうな笑みを浮かべた葉璃の表情はとても満たされていた。

 そうすぐには見た目に変化は出ないはずなのだが、一時間前より葉璃の頬がふっくらしたような気がする。

 それがあまりにも可愛く見えた聖南は、大勢の前で頭を撫でるわけにはいかないのでテーブルの下でそっと葉璃の太ももの上に手のひらを置くに留めた。


「やばい……眠くなってきた」
「ん、腹いっぱいなった?」
「はい……今日は徹夜になりそうだから少しだけ寝かせてください。 帰るとき、起こして……」


 早速小さな子どものように目を擦り始めた葉璃は、背凭れからずるずると身を沈ませていき、最終的には聖南の膝枕に落ち着いた。

 どのみちあと三十分ほどでお開きにするつもりだった聖南は、「分かった」と葉璃に囁いたが返事は無い。

 エネルギーを大量消費し、たった今満タンまでチャージされた葉璃の体が、あとは睡眠で完璧になると訴えているのだ。


「……あ、じゃあ俺は、お先に失礼します。 セナさん、ごちそうさまでした」
「迎え来たのか?」
「林さんが、車を回してくれた、みたいです。 明日、五時起きなので」
「そっか、がんばれよ」


 葉璃が寝入って数分後、恭也は名残惜しそうに帰って行った。

 きちんと挨拶をしてくれるのは礼儀正しくて良いのだが、しっかりと葉璃の寝顔を何秒間か凝視してから去って行ったのはやはり危ない。

 尚且つ目を覚ました葉璃は、恭也はどこ?と言葉にせずとも視線でその姿を探す。

 恋人の膝枕で寝ているというのにそれはないだろと、聖南は三十分後の葉璃の態度に嫉妬を滲ませ、真っ白な頬をツンツンした。


「あれ、ハル太郎寝てるんすか? セナさん足痺れるっすよ」
「俺は構わねぇ。 あと三十分くらいこのまま寝かしといてやる」


 疲れると言いながらダンサー組とこちらのテーブルを行ったり来たりしているルイが、恭也の腰掛けていた座布団の上に胡座をかき、葉璃の寝顔を覗いた。


「……セナさん、ハル太郎に冷たいんだか優しいんだか分からんっすね」
「俺が葉璃に冷たい?」
「いつもどっか連れて行って怒ってるっしょ?」
「あぁ? 怒ってねぇよ」
「今日だって、ハル太郎が断れんの分かってて「やれ」って言ったんじゃ……」
「いやいや、マジでそんなこと一言も言ってねぇよ。 ケツ叩いただけだ」


 何故そんな誤解をされているのかと、聖南は驚きを持ってルイに視線をやる。

 聖南に、葉璃を叱る事など出来るはずがない。

 叱る要素もない。

 ルイの方こそ、はじめはあれだけ葉璃に冷たくあたっていたはずが、今やあと一歩で恭也化してしまいそうなのである。

 この一ヶ月で、葉璃への言葉や態度が軟化しているのは明らかだ。

 ルイは、葉璃の飲み残したウーロン茶を躊躇いなく一気飲みし、聖南を見る。

 俺の前で間接キスするんじゃねぇ、と取り乱しかけて寸でのところで堪えた聖南は、自分で自分を褒めた。


「ハル太郎にはハル太郎の言いたい事とかもあるやないですか」
「……そりゃあ、あるだろうな」
「俺も最初はグズグズしてるなやって思てたんすけど、ハル太郎はガチでそういう人間なんやってちょっと分かってきたんすよ。 取材とか撮影でも指示内容を全部オッケーするんで、なんで断らんのやって言った事あったんす」
「……それで?」
「「俺なんかで出来る事があるなら、全力でやるだけです」って。 さっきケイタさんに言ってた事まんま言うてた」
「………………」


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