狂愛サイリューム

須藤慎弥

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17❥困惑

17❥5

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 目前で険しい顔付きを崩さない社長が話した通り、聖南は昔から大切な事を内に秘めておく性格だった。

 それは大いに、孤独だった過去のせいで人を頼るという術を知らないまま大人になってしまった事が要因であろう。

 どうしたらいいかを悩み、自己完結して抱え込む。 聖南の立場が揺るぎないものになってしまった事もあり、昔よりも明らかに、いかにして危険を回避出来るか、ローリスクで立ち回れるかの知恵が蓄えられた。

 今回の件も抱え込むつもりでいた聖南が、アキラとケイタには打ち明けたという事はつまり、彼らに絶大な信用を寄せている証拠とも言える。

 聖南の特大スキャンダルで世間を騒がせても、それが元で謹慎処分を受けても、「CROWNには、いや俺達にはセナが必要だ」と二人は熱く語ってくれた。

 どこかから情報が漏れ、葉璃を傷付けてしまうかもしれない案件をこのまま独りで抱え込んでいては危険だと思い至った上で、彼らには包み隠さず話しておいた。

 だが何より、聖南自身も目に見えない圧に押しつぶされそうだったのだ。


「正直な、社長に話したところで解決するとは思えなかった。 姪っ子だしやっぱ可愛いだろうからさ。 デビュー曲を俺に頼んできた時点で、俺がレイチェル丸ごと一任されたも同然じゃん? だからせめて、仮決定の年末の特番までは穏便に済ましときたいと思ったんだ」


 知られてしまった以上は、自らの思いを社長に伝えなければならない。

 頼りにしていないわけではなく、一応は事務所の事を第一に考えていただけなのだ。 尚且つ葉璃に隠し事をしている今、聖南を圧迫する何かは日増しに大きくなっている。


「しかし連絡も返さんほどに嫌がっておるではないか。 いくらレイチェルが電話やらメールやらLINEとやらを送っても、セナはすべて返していないのだろう? これは職務放棄と言えるぞ?」
「いやそれは……ごめん。 無意識に拒否ってた」
「うむ……」


 腕を組んで眉を寄せた社長を、聖南同様に板挟みにしてしまいひどく申し訳無さを覚えた。

 本心では血縁者であるレイチェルの肩を持ってやりたいのであろうが、事務所社長としての立場的に稼ぎ頭の聖南に無理強いも出来ない。

 こうなる事が分かっていたからこそ、聖南は社長に話したところですぐに解決に至るとは思えなかった。

 聖南が板挟みであったように、今度は社長にもそれを強いてしまっている。

 たった一言、「セナさんの事はファンとして好きなだけです。お二人は勘違いしています」とレイチェルが訂正を入れてくれれば、この一件は取り越し苦労であったと笑い話になる。

 それを願いたいが……その可能性は、聖南と葉璃が別れる確率ほど低い。


「あのさ、……今日ハッキリ言うつもりでここに来たんだけど、いい?」
「断る、という事か」
「そう。 俺のせいで姪っ子のデビューが無くなるかもしれないし、そうなると事務所にも損害与えちまう。 俺の事が本気だとしたら、レイチェルを傷付ける事にもなる」
「…………そう決断した根拠は?」


 重要なミーティング中のように難しい表情で、社長が聖南を一瞥した。

 それについては答えは決まっている。

 暇さえあれば連絡を寄越してくるレイチェルのおかげで、仕事用のスマホもロクに見られず色々と支障をきたし始めていた。


「俺の仕事に差し支えるからだ。 とてもじゃねぇけど年内いっぱいこの状況が続くと、俺のメンタルやられる」
「………………」
「ごめんな、レイチェル。 聞いてんだろ、そこで」
「何……っ?」


 社長から視線を外し、閉じられた襖に目をやる。

 去って行く際に聞いた、レイチェルのヒールの足音が今はしなかった。 しかし聖南は、ヒタヒタと床を素足で歩く些細な物音に敏感に気付いていた。


「………………」
「レイチェル……」


 じわりと襖が開いて現れた、俯き加減のレイチェルがじわりと畳上を歩く。 社長の隣に正座で落ち着くも、その表情は翳っていた。

 恐らく個室を出てすぐから、レイチェルは聖南と社長の会話に聞き耳を立てており、それを表すように実に素直な落ち込み具合である。

 当然ながら、しょんぼりと肩を落としたレイチェルを社長は心配そうに見やっていた。


「セナさんのお気持ちは分かりました」
「レイチェル、その……なんだ。 セナにはすでに交際して二年となる恋人がいて、世間にも認知されているん……」
「承知しているわ。 それでも私は、セナさんを射止められる自信があったの」
「………………」
「………………」


『自信って……』


 先刻の願いはやはり、無駄に終わった。

 もしかすると、聖南を想っている事自体がジョークなのではないか。 もしくは好意の種類が違うのではないか。 はたまたデビュー曲を手掛ける聖南へご機嫌取りをしているだけなのではないか。

 このようなあらゆる可能性も、聖南は薄っすらと考えていた。

 だが、そうではなかった。

 レイチェルは本気なのだ。

 初めて告白された時に見た、あの真剣な眼差しこそが真実だった。

 この機は逃せない。 今日で鬼電をやめてもらうには、キッパリ告げるべきだ。

 社長にも聞いていてもらえるのなら、その方が後々都合が良い。

 聖南は冷水を一口飲み、呼吸を整えてから口火を切った。


「あのさ、レイチェル。 俺はレイチェルとは仕事上のみで関わりたい。 レイチェルにはこの世界に必要な才能も華も、俺達では絶対的に持つことが出来ない意外性まで持ち合わせてんだから、息の長い歌手生活送れると思うんだ。 ……そのためにはまず、色恋は捨てねぇと」
「……でもセナさんには恋人がいらっしゃるじゃないですか」
「それは……っ」
「レイチェル、あのな。 酷な事を言うが、セナを好いていても報われる事はないぞ。 テレビでもラジオでも、私が止めようが何しようがセナは好き勝手に恋人との惚気話をするのだ。 コイツはこんな男では無かった。 その恋人が、セナを変えたのだ」
「………………」
「私には射止められない……?」
「あぁ。 レイチェルだけでなく、誰が言い寄ってもセナは他になびかない」


 反撃を食らった聖南を、社長が絶妙にアシストしてくれた。

 もちろん色恋すべてがダメなわけではない。  何故なら聖南自身が立証しているからだ。

 大好きな葉璃がそばに居てくれるから、聖南の毎日が輝いている。 間違いなく聖南の仕事にも良い影響や刺激を与えてくれる。

 タブーを犯そうとしているレイチェルには正直、そこは突っ込まれたくない。

 まるで意味合いが違う。



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