213 / 632
20❥不穏
20❥8
しおりを挟むお湯出しっぱなしはもったいないですよ、の台詞を無視し、自身の恥部を自らで曝け出した聖南はしばらく葉璃を離さなかった。
背後から葉璃の体を抱き込み、シャワーから絶え間なく流れ落ちる温水によりだんだんと湿気てゆく浴室内で、ひたすら黙りこくる。
そうして葉璃と聖南の羞恥心が消えかけた頃、腕の中でくぐもった声がした。
「せなさん……完璧な男になりたいんですか?」
流水音でかき消されてもおかしくないほどの声量だったが、聖南にはハッキリと葉璃の声が聞こえた。
悩むまでもない問いに、間髪入れず頷く。
「なりたい」
「……今より?」
「あぁ。 だって俺、葉璃と出会うまでは自分のこと完璧だと思ってた」
「………………」
過去一度だけ道を外れそうにはなったけれど、CROWNとして活動を始めてからはただの一度も壁にぶつかった事は無かった。
驕っていたわけではない。
己を過信していたわけでもない。
ただ聖南には、生まれ落ちた瞬間からこの道しか無かった。
歌もダンスも作詞作曲も、人並み以上に会得が早かったため周囲から過剰に期待されてしまった。 しかし、それに応えようとしてきた聖南の順応力とコミュニケーション能力で才能を開花させ、見事それが起動に乗った。
面白いように壁の無いスムーズな人生に、捌け口は必要無かった。
聖南の弱さを引き出し、内に秘められていた甘えを許そうとする葉璃に出会うまでは……。
予想外に脆弱だったメンタルと、完璧で居続けたいあまり驕りにも似た安請け合いをしていた事にも気付かず、プライドだけは着々と育っていたのである。
「……俺、聖南さんがそれ以上完璧になったら、一緒にやっていく自信ないです」
「え、……えっ!? なんで!?」
葉璃に出会えたからこそ、聖南は自分を知る事が出来た。 すぐにぐるぐるし始める葉璃を支えるためには、聖南が完璧で居続けなければと熱が入っていた。
だが葉璃は、聖南の熱意とは裏腹に俯いて拗ねたように膝を抱える。
「聖南さん、言ってくれたもん。 俺のおかげで成長してる、あと二十年は子どものままだからなって」
「そりゃ言ったけど……」
「聖南さんは、……もう成長しなくていいです。 俺のこと捨てたいって思うなら、どんどん完璧を目指してください」
「はぁ!? なんでそんな極論に……っ」
「俺は、これからも聖南さんを慰めたいです。 頑張ってくださいって励ましてたいです。 俺は嫌だって言ったのに今日みたいな事したら、遠慮なく怒りたいです」
「………………」
「完璧な男になんてなったら、俺は何も言えなくなります。 卑屈野郎に拍車がかかります。 隣に並ぶと死にたくなると思います。 今も少しそう思ってます」
「葉璃……」
葉璃は持ち前のネガティブと卑屈さを全開に出し、聖南が望む理想の彼氏像を否定してきた。
抱き込んだ体がみるみる球体になっていく。
さすがにそうなると葉璃の声が聞こえにくくなったので、聖南は腕を伸ばしてコックを捻り、浴槽の方に湯を張る事にした。
他でもない葉璃のために羞恥を捨てて打ち明けたはずなのだが、丸くなって鼻を啜り始めた彼は少々考えが行き過ぎている。 否、聖南を買い被り過ぎている。
そもそも聖南が伝えたかったのはそういう事ではないのだ。
ところが、深読みした葉璃がぐるぐると考えを巡らせ、とうとう本格的に嗚咽を漏らしだした。
「せ、聖南さんが……っ、聖南さんが完璧じゃないから、俺は……っ、まだ隣りに居ていいのかなって、思えるんです……っ。 いっぱい甘やかしてくれて、……っ、いっぱい二人でぐるぐるして……っ、いっぱい悩んで、慰め合って、……っ、いっぱい……っ」
「分かった。 葉璃、分かったから泣くな」
「聖南さんは、今でも充分、……っ、完璧じゃないですか……っ、なんでまだ、上を目指そうと、するんですか……っ、そんなに俺を、置いて行きたいんですか……っ」
「違う、そうじゃない。 そんなつもりで言ってねぇ。 葉璃、こっち向いて」
「うぅぅ……っ」
無理やり上向かせると、いじけた子どものように唇が引き結ばれ歪んでいた。
相当な勘違いと思い込みで泣かれてしまい、完璧などでは到底ない聖南は激しく狼狽える。
「あのな、俺は葉璃にずっとそばに居てほしいから、完璧な男になりたいって言ったんだ。 葉璃の全部を受け止めてやれる男になりたいし、葉璃には出来るだけ俺のカッコいいとこだけ見ててほしいって、さっきも……」
「そんなのっ、……そんなの、出会ってからずっとカッコいい人に、これ以上なにも求めないですよ……っ」
遠くに行かないで……と泣きながら訴えられ、狼狽が増す。
このまま論点がズレていては、聖南の気持ちが葉璃へ伝わらずに明日以降も悩ませてしまう。
脆弱な二人の共倒れを防ぐため、聖南はシャツと下着を脱ぎ、びしょ濡れのパーカーも脱がせた葉璃とまだ浅い湯船に浸かった。
泣き顔の葉璃を、今度は対面するように聖南の膝に乗せる。
「……でも俺、さっき人生で一位二位を争うくらい打ちのめされて、葉璃に一部始終見られてて恥ずかしかった」
「俺だって、人生で一番恥ずかしいところを聖南さんに見られました! ほんとに嫌だった! 絶対に見せたくなかった!」
「葉璃、俺はそれを言ってんの」
「……ん、っ」
羞恥による怒りを思い出したらしい尖った唇に、すかさず口付けて離れる。
聖南の言わんとする事は、まさにそこなのだ。
「他人にはとても見せらんねぇ恥ずかしいところも、お互いなら許せるってすごい信頼関係だと思わねぇ? 〝恋人〟超越してんじゃん」
「…………っ、……」
「葉璃には理解出来ないかもしんねぇけど、俺マジで今日みたいのはダメなんだ。 初めてだったんだよ。 〝この仕事放棄してぇ〟〝めんどくせぇ〟って情けねぇ事を本気で考えちまったの」
「……っ……」
「葉璃だけが恥ずかしい思いしたんじゃない。 俺も同じだった。 俺の前でまだ小せえ殻被ってる葉璃に、全部曝け出してほしかっただけ。 完璧ぶってたけどな、俺は」
「……そんなこと……」
10
あなたにおすすめの小説
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
灰の底で君に出会う
鮭茶漬け
BL
両親を亡くした高校生、神崎透は叔母の家に引き取られて暮らしている。しかしその家は、家族と呼べる場所ではなかった。家事、雑用、そしてバイト。どれだけ働いても感謝されることはなく、透は「穀潰し」と呼ばれながら日々を過ごしていた。
それでも透は思っている。ここに置いてもらえるだけでありがたい、と。
これは――居場所を持たなかった少年が、初めて愛を知るまでの物語。
氷の婚約者様に破談を申し出たら号泣された
楽矢
BL
目が覚めると、レースの牢獄のような天蓋付きベッドの上だった。
何も覚えていない出来損ない下級貴族ミラ。無能だクズだと冷酷な罵詈雑言を浴びせてくる氷の騎士セティアス。
記憶喪失から始まる、2人のファンタジー貴族ラブコメディ。
----------
※注)
かっこいい攻はいません。
タイトル通りそのうち号泣しますのでご注意!
貴族描写は緩い目で雰囲気だけお読みいただけると幸いです。
ハッピーエンドです。
激重感情をこじらせた攻→受な関係がお好きな同志の方、どうぞよろしくお願いします!
全16話 完結済み/現在毎日更新予定
他サイトにも同作品を投稿しています。
様子を見ながらそのうち統合するかもしれません。
初めての一次創作でまだよく分かっておらず、何かおかしなことをしでかしていたら申し訳ないです!
守り守られ
ほたる
BL
主治医 望月診療所の双子医師
患者 瀬咲朔
腸疾患・排泄障害・下肢不自由
看護師
ベテラン山添さん
準主人公 成海真幌 腸疾患・排泄障害・てんかん
木島 尚久 真幌の恋人同棲中
強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない
砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。
自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。
ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。
とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。
恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。
ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。
落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!?
最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。
12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる