狂愛サイリューム

須藤慎弥

文字の大きさ
223 / 632
21♡強欲

21♡8

しおりを挟む



 地下駐車場の隅で、壁に頭向けて停めてある車からは遠くを見渡せはしない。

 それなのにルイさんは、壁の向こう側まで見透かせているかのように遠い目をして、ハンドルにもたれ掛かった。


「先週ぐらいからまったく喋れんようになってな。 いつ行っても寝てるねん」
「…………そんな……」


 ……聞いて、られない……。

 俺には話を聞いてあげることしか、……それしか出来ないのに、それさえツラい。


「点滴で生かされてんのよ。 〝あと何日生きられるんやろ〟が、今はもう〝あと何時間生きてられるんやろ〟に変わってきた。 さすがにそんなとこを一週間以上見てると、俺もしんどなってきてる。 せめて苦しまんように逝かしたりたいって、じわじわ覚悟も生まれてきてん」
「……ルイ、さん……」


 何気ない事みたいに語るルイさんの横顔が、お見舞いに付き添ったあの日より凛々しく見えた。

 そんな覚悟、したくないよ。

 誰だってそうだよ。

 大切な家族の命に限界がきてる事なんか、信じたくなくて当然だよ。

 苦しそうだったけど、あの日はまだおばあちゃんは自力で声を発してた。 目を開けて、暗がりのなかに立つルイさんに向かって「ぶっさいくなツラして」と悪態吐いてた。

 そのあとの何分かの会話だけで、ルイさんとおばあちゃんの仲の良さが分かって……俺はあの時、蹲ったまま必死で涙を堪えてた。

 もし、……もし、俺の大事な人の命が危ないと分かったら……こんな風に落ち着いて会話できるかなって。

 いつ何時、その人がこの世から居なくなってしまうかもしれないという事を、毎日毎分毎秒考えながら生活する……俺にそんな勇気あるのかなって。

 ルイさんは多分、これでもすごく我慢してると思う。

 ツラいって言わないのはルイさんの優しさであり、強がりでもあり、さらには懐の深さをも表してる。

 ……俺には無理だ。

 ルイさんみたいに、今にも泣き叫びたいほどの寂しさを抱えて毎日を送る事は出来ない。


「そうかぁー、ハルポンにはバレてたんやなぁ」
「バレてるっていうか、ほんとにあの……、ルイさんが寂しそうに見えて……」
「寂しいで。 ばあちゃんが逝ってもうたら、俺には家族が一人も居らんようになる。 なんのために毎日頑張ればええんか、分からんようになるかもしらん。 ハルポンには言うてまうけど、……ばあちゃんが居らんようになったあとの事まで考える余裕は、まだ無いな」


 フッと寂しそうに笑うルイさんに、頭をポンと撫でられる。

 大きな手のひらはそのまま俺の頭の上にあって、それがすごく温かく感じてもっと切なくなった。

 生きててほしいよね。

 長くないって覚悟したつもりで居ても、信じていたいよね。

 ルイさんが言ってた。 頭の中で都合の良いように現実を捉えようとしてしまうって。

 その通りだよ。 ルイさんだけが思う事じゃない。

 俺はまだ身近な人でそういう経験が無いから、本当の意味で気持ちを分かってあげられない事もツラい……。

 話を聞いてるだけで泣いてしまう俺には、やっぱり何も出来ることはないのかな……。


「ルイさん、俺に何か出来ること……っ、ないですか? お、俺なんかじゃ何も頼りにならないし、うまく励ましてあげることも出来ないくせにって自分で分かってますけど、何か……何か……っ」


 頭の上に乗った手のひらが、俺の髪をくしゃくしゃっとかき乱す。

 「なんでハルポンが泣くねん」と笑ってくれるルイさんにだから、俺は何でもいいから力になりたいと思うんだよ。

 ひとしきり俺の頭を撫でたあと、後部座席に腕を伸ばしたルイさんが手に取ったのはティッシュの箱。

 無言で箱ごと持たされた俺は、涙と鼻水を拭いた。


「ステージで一緒に踊ろうや」
「え……?」
「……あ、いま俺めちゃめちゃ裏工作してんな。 ハルポンさん、加入メンバーに俺のこと選んでくださいよーって。 てか、オーディション当日に逢い引きの誘いなんかしたら、出来レース確定やと思われるやんか。 なに考えてんの、ハルポン」
「……!? ルイさん……っ」


 そんな……っ、俺はそんなつもりじゃ……! ……って、またルイさんの策に引っ掛かるとこだった。

 俺がルイさんに出来ることは、〝ステージで一緒に踊ること〟。

 それってつまり、……。


「まぁそれは冗談やけど。 ハルポンにひっぱたかれんように、俺もちゃーんと練習しとるから実力で勝ち取ったる。 今日の歌もかなりの完成度やったやろ?」
「それはもちろん、そうですけど!」
「ハルポンがそう思ってくれとんのなら、それでええ。 あとな、……」
「えっ、えっ? ルイさん……っ?」


 歌唱力も表現力もリズム感も群を抜いてたよ。 そう言おうとした俺を、ルイさんは肘置き越しに抱き締めてきた。

 優しい匂いに包まれて、途端に目蓋が震える。


「〝俺なんか〟とか、自分下げるようなこと言うたらあかんで。 俺が正式に仲間になったら、その卑屈な性格叩き直したるわ」
「…………っっ!」


 握ってたティッシュがポロッと手のひらから滑り落ちた。

 もちろん、仲間になってほしい。

 候補者の五人のうち選ばれるのは三人だけど、ルイさんはもう誰よりも実力を誇示してるし、周りもそれを認めてる。

 俺も踊りたい。

 ルイさんと踊りたいよ。

 俺に出来ることがそれだけしかないのなら、みんなにはバレないように心の中でたくさん贔
屓する。


「ルイさん……頑張ってください。 ……俺は、ルイさんと仲間になりたいです。 ルイさんの気持ち、いつでも聞いてあげられる仲間になりたいです……っ」


 肘置きが邪魔だったけど、俺は聖南と恭也にもよくやるように全体重をかけるつもりでルイさんを抱き締め返した。

 ルイさんに俺の気持ちが伝わればいいと思ってたら、せっかく拭いた涙が次々と溢れてくる。

 
「ありがとなぁ。 感涙やわ。 ルイだけに」
「……もうっ!」
「あはは……っ」


 こんな時にまで冗談を言うルイさんに、これまでも何回救われてきたか。

 怒りながらも、俺は笑ってしまった。

 話を聞いてあげようとした俺の方が、元気付けられてしまった。




 ──ルイさん、仲間が居れば、寂しくないよ。

 今もこの先も、たとえ本当の悲しみに襲われる日がきたとしても、支えてあげられる仲間が居ればきっと、ツラい毎日も乗り越えられるよ。

 俺は間違いなく、ルイさんの味方……すでにもう、俺たちは仲間なんだよ。






しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

灰の底で君に出会う

鮭茶漬け
BL
両親を亡くした高校生、神崎透は叔母の家に引き取られて暮らしている。しかしその家は、家族と呼べる場所ではなかった。家事、雑用、そしてバイト。どれだけ働いても感謝されることはなく、透は「穀潰し」と呼ばれながら日々を過ごしていた。 それでも透は思っている。ここに置いてもらえるだけでありがたい、と。 これは――居場所を持たなかった少年が、初めて愛を知るまでの物語。

氷の婚約者様に破談を申し出たら号泣された

楽矢
BL
目が覚めると、レースの牢獄のような天蓋付きベッドの上だった。 何も覚えていない出来損ない下級貴族ミラ。無能だクズだと冷酷な罵詈雑言を浴びせてくる氷の騎士セティアス。 記憶喪失から始まる、2人のファンタジー貴族ラブコメディ。 ---------- ※注) かっこいい攻はいません。 タイトル通りそのうち号泣しますのでご注意! 貴族描写は緩い目で雰囲気だけお読みいただけると幸いです。 ハッピーエンドです。 激重感情をこじらせた攻→受な関係がお好きな同志の方、どうぞよろしくお願いします! 全16話 完結済み/現在毎日更新予定 他サイトにも同作品を投稿しています。 様子を見ながらそのうち統合するかもしれません。 初めての一次創作でまだよく分かっておらず、何かおかしなことをしでかしていたら申し訳ないです!

後輩が二人がかりで、俺をどんどん責めてくるー快楽地獄だー

天知 カナイ
BL
イケメン後輩二人があやしく先輩に迫って、おいしくいただいちゃう話です。

守り守られ

ほたる
BL
主治医 望月診療所の双子医師 患者 瀬咲朔 腸疾患・排泄障害・下肢不自由 看護師 ベテラン山添さん 準主人公 成海真幌 腸疾患・排泄障害・てんかん 木島 尚久 真幌の恋人同棲中

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

処理中です...