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22❥焦燥
22❥4
しおりを挟む社長はそれだけ聞くと、「後ほど連絡する」とだけルイに伝え迅速に帰宅を促した。
どう見ても急務がありそうなルイを引き止める者は居らず、彼と共に一礼し当然のようにスタジオをあとにした葉璃にも非難は飛ばない。
だが、聖南だけは二人を追い掛けた。
ルイを見送った葉璃が裏口から戻ってくるところを捕まえて、一度も立ち入った事のない用務室に連れ込んでみたはいいものの、──。
「聖南さん、お願いします……っ、今日はルイさんについててあげたいです、お願い、します……っ、理由は帰ってから話します、ルイさんの許可もらって、ちゃんと……」
「………………」
涙目で、時折息を詰まらせながら「お願いします」と訴える葉璃を、聖南は無言で見下ろしていた。
掃除用具が並ぶ、お世辞にも密会の場に相応しいとは言えない一際狭い此処へ連れ込んでから聖南はまだ一言も喋ってはいないのだが、何を言っても拒否されると思い込んだ葉璃は眉を寄せ、許しを請うている。
静かに踵を返し、聖南がスタジオに戻ってからの二人の会話は粗方想像が付いた。
今日一日、最終オーディションのためのスケジュールを組まれていた葉璃は他の仕事の予定が無く、ルイが願い出るより先に付き添いを買って出たと考えて間違いない。
どれだけ必死に訴えかけられても、葉璃がそこまでしなくても……と否定的な感情を持ってしまった聖南は、自身の器の狭さを少々嫌悪した。
行かせてやりたいが、何やら大きな不安が付き纏う。 しかし聖南が首を振れば、葉璃はもっと涙を流す事になるだろう。
事情を知らない体とはいえ、こんなにも必死で頼み込んでいるのに冷たい人だと、分からずやだと、あの者達のように葉璃から幻滅されるのが何より怖い。
尚且つルイの事情を鑑みると、嫉妬の鬼であるさすがの聖南も非情にはなりきれなかった。
「……ダメ、って言うと人道に反するよな」
「え、っ? あ、あの……」
「ルイについててやれ。 でも帰って来いよ、必ず」
「…………っ、聖南さん……っ」
胸に飛び込んできた葉璃から、聖南ではない匂いがした。
力を込めて抱き締めつつも、穏やかではいられない匂いを嗅ぐと一気に度量の狭さが頭をもたげたが、疑うまでもなく葉璃に下心など一切無い事くらい分かっている。
ヒナタに入れ上げているルイも、葉璃という人間に友人として心を開いただけだと信じていたい。
胸を渦巻くドロドロとしたものは知らん顔をしておくべきで、我が恋人は本当に純粋な心を持っている、と良い方へ考えておく方が今は健全である。
「……葉璃はお人好しが過ぎる。 なんで自分への悪意は我慢できて、他人のは無視出来ねぇの?」
抱き締めたまま耳元でそう問うと、背中に回った手のひらがピクッと反応した。
先程の葉璃の言葉は、そっくりそのままLilyの面々にも言える事だった。
今回のオーディションを丸ごとひっくり返すような発言をしていた葉璃にも、実は他者を納得させられるきちんとした発言力があるのだ。
けれどそれは、いつもいつも葉璃自身のためには発動しない。
以前の爆発は聖南のため。 そして今回はルイのため──。
両者とも葉璃が心を許した人物に違いないのだろうが、彼の性分のせいか自らを犠牲にする節があるのはやはりいただけない。
おずおずと見上げてきた葉璃のおでこにキスを落とし、髪を撫でる。
優しくてネガティブでお人好しな恋人も聖南の言う意味を理解したようで、淡い苦笑を口元に浮かべた。
「……Lilyでのこと、言ってますか」
「そう。 葉璃は耐える必要無かったとこで、限界まで我慢してた。 俺にまで本心隠して、アイツらの悪意受け止め続けてた」
「あ……うん……、なんででしょうね……分かんない、です」
「まぁそこが葉璃のいいとこでもあるんだけど。 抱え過ぎるとパンクするぞって前々から言ってんじゃん。 ……俺を頼れよ、全部。 全部だ」
本当は、誰にどんな口止めをされようが聖南にだけは隠し事をしないでほしかった。
秘密を打ち明けられ、一人で抱えるには重た過ぎるからと聖南を頼ってほしかった。
何もかもを曝け出す必要は無い……これは一般的なカップル間の話であって、聖南と葉璃はその限りではないという約束まで交わしている。
ただ葉璃はあまりにも感受性が豊かなお人好しで、人を裏切ると天罰が下るとでも思っているのかしばしば心配をかけさせる。
聖南の目が届かない時は彼の判断に任せるしかないが、一つ言うべき事があるとすれば、その気がない者をも虜にする葉璃の情の厚さを、あまり他人に振りまくなという事。
根本的な葉璃の性格そのものを否定したくない聖南は、どれだけ心配でも聞き分けの良い恋人で居るしかないのだ。
「……は、はい、……?」
「早く行ってやれ。 ルイ、遠慮して葉璃のこと置いて行っちまうかも」
「あ……っ! すみません、ありがとうございます! 聖南さん……っ、あの……っ」
「ん?」
聖南の体をギュッと抱き締めた葉璃が背伸びをした。
名を呼ばれた聖南が条件反射で屈むと、小声で耳打ちされる。
「好きです」
「…………ッッ?」
「こんな時に言うのはよくないと思うんですけど、聖南さん言ってほしそうだったから。 じゃあ、行ってきます!」
「あ、あぁ、……気を付けて」
遠ざかる足音を聞きながら壁に凭れ、低い天井を仰いだ。
不意打ちはよくない。
葉璃の最終兵器にようやく慣れてきた聖南でさえ怯む、上目使いと魔法の言葉。
「あんなの……卑怯じゃね?」
この状況下でさえ嫉妬心を燃やす聖南に、葉璃はその器の大きさを見せ付けて安心を与えてきた。
心にも無い、とは言わないけれど、「行くな」「行かなくていい」と葉璃を止めなくて良かった。
しかしながら、複雑な胸中にかわりはない。
緩く瞬きを繰り返し、埃っぽい用務室で聖南はいくつも溜め息を漏らした。
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