229 / 601
22❥焦燥
22❥4
しおりを挟む社長はそれだけ聞くと、「後ほど連絡する」とだけルイに伝え迅速に帰宅を促した。
どう見ても急務がありそうなルイを引き止める者は居らず、彼と共に一礼し当然のようにスタジオをあとにした葉璃にも非難は飛ばない。
だが、聖南だけは二人を追い掛けた。
ルイを見送った葉璃が裏口から戻ってくるところを捕まえて、一度も立ち入った事のない用務室に連れ込んでみたはいいものの、──。
「聖南さん、お願いします……っ、今日はルイさんについててあげたいです、お願い、します……っ、理由は帰ってから話します、ルイさんの許可もらって、ちゃんと……」
「………………」
涙目で、時折息を詰まらせながら「お願いします」と訴える葉璃を、聖南は無言で見下ろしていた。
掃除用具が並ぶ、お世辞にも密会の場に相応しいとは言えない一際狭い此処へ連れ込んでから聖南はまだ一言も喋ってはいないのだが、何を言っても拒否されると思い込んだ葉璃は眉を寄せ、許しを請うている。
静かに踵を返し、聖南がスタジオに戻ってからの二人の会話は粗方想像が付いた。
今日一日、最終オーディションのためのスケジュールを組まれていた葉璃は他の仕事の予定が無く、ルイが願い出るより先に付き添いを買って出たと考えて間違いない。
どれだけ必死に訴えかけられても、葉璃がそこまでしなくても……と否定的な感情を持ってしまった聖南は、自身の器の狭さを少々嫌悪した。
行かせてやりたいが、何やら大きな不安が付き纏う。 しかし聖南が首を振れば、葉璃はもっと涙を流す事になるだろう。
事情を知らない体とはいえ、こんなにも必死で頼み込んでいるのに冷たい人だと、分からずやだと、あの者達のように葉璃から幻滅されるのが何より怖い。
尚且つルイの事情を鑑みると、嫉妬の鬼であるさすがの聖南も非情にはなりきれなかった。
「……ダメ、って言うと人道に反するよな」
「え、っ? あ、あの……」
「ルイについててやれ。 でも帰って来いよ、必ず」
「…………っ、聖南さん……っ」
胸に飛び込んできた葉璃から、聖南ではない匂いがした。
力を込めて抱き締めつつも、穏やかではいられない匂いを嗅ぐと一気に度量の狭さが頭をもたげたが、疑うまでもなく葉璃に下心など一切無い事くらい分かっている。
ヒナタに入れ上げているルイも、葉璃という人間に友人として心を開いただけだと信じていたい。
胸を渦巻くドロドロとしたものは知らん顔をしておくべきで、我が恋人は本当に純粋な心を持っている、と良い方へ考えておく方が今は健全である。
「……葉璃はお人好しが過ぎる。 なんで自分への悪意は我慢できて、他人のは無視出来ねぇの?」
抱き締めたまま耳元でそう問うと、背中に回った手のひらがピクッと反応した。
先程の葉璃の言葉は、そっくりそのままLilyの面々にも言える事だった。
今回のオーディションを丸ごとひっくり返すような発言をしていた葉璃にも、実は他者を納得させられるきちんとした発言力があるのだ。
けれどそれは、いつもいつも葉璃自身のためには発動しない。
以前の爆発は聖南のため。 そして今回はルイのため──。
両者とも葉璃が心を許した人物に違いないのだろうが、彼の性分のせいか自らを犠牲にする節があるのはやはりいただけない。
おずおずと見上げてきた葉璃のおでこにキスを落とし、髪を撫でる。
優しくてネガティブでお人好しな恋人も聖南の言う意味を理解したようで、淡い苦笑を口元に浮かべた。
「……Lilyでのこと、言ってますか」
「そう。 葉璃は耐える必要無かったとこで、限界まで我慢してた。 俺にまで本心隠して、アイツらの悪意受け止め続けてた」
「あ……うん……、なんででしょうね……分かんない、です」
「まぁそこが葉璃のいいとこでもあるんだけど。 抱え過ぎるとパンクするぞって前々から言ってんじゃん。 ……俺を頼れよ、全部。 全部だ」
本当は、誰にどんな口止めをされようが聖南にだけは隠し事をしないでほしかった。
秘密を打ち明けられ、一人で抱えるには重た過ぎるからと聖南を頼ってほしかった。
何もかもを曝け出す必要は無い……これは一般的なカップル間の話であって、聖南と葉璃はその限りではないという約束まで交わしている。
ただ葉璃はあまりにも感受性が豊かなお人好しで、人を裏切ると天罰が下るとでも思っているのかしばしば心配をかけさせる。
聖南の目が届かない時は彼の判断に任せるしかないが、一つ言うべき事があるとすれば、その気がない者をも虜にする葉璃の情の厚さを、あまり他人に振りまくなという事。
根本的な葉璃の性格そのものを否定したくない聖南は、どれだけ心配でも聞き分けの良い恋人で居るしかないのだ。
「……は、はい、……?」
「早く行ってやれ。 ルイ、遠慮して葉璃のこと置いて行っちまうかも」
「あ……っ! すみません、ありがとうございます! 聖南さん……っ、あの……っ」
「ん?」
聖南の体をギュッと抱き締めた葉璃が背伸びをした。
名を呼ばれた聖南が条件反射で屈むと、小声で耳打ちされる。
「好きです」
「…………ッッ?」
「こんな時に言うのはよくないと思うんですけど、聖南さん言ってほしそうだったから。 じゃあ、行ってきます!」
「あ、あぁ、……気を付けて」
遠ざかる足音を聞きながら壁に凭れ、低い天井を仰いだ。
不意打ちはよくない。
葉璃の最終兵器にようやく慣れてきた聖南でさえ怯む、上目使いと魔法の言葉。
「あんなの……卑怯じゃね?」
この状況下でさえ嫉妬心を燃やす聖南に、葉璃はその器の大きさを見せ付けて安心を与えてきた。
心にも無い、とは言わないけれど、「行くな」「行かなくていい」と葉璃を止めなくて良かった。
しかしながら、複雑な胸中にかわりはない。
緩く瞬きを繰り返し、埃っぽい用務室で聖南はいくつも溜め息を漏らした。
10
あなたにおすすめの小説
売れ残りオメガの従僕なる日々
灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才)
※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!
ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。
無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。
【完結】お義父さんが、だいすきです
* ゆるゆ
BL
闇の髪に闇の瞳で、悪魔の子と生まれてすぐ捨てられた僕を拾ってくれたのは、月の精霊でした。
種族が違っても、僕は、おとうさんが、だいすきです。
ぜったいハッピーエンド保証な本編、おまけのお話、完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
トェルとリィフェルの動画つくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画
プロフのWebサイトから、どちらにも飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
貢がせて、ハニー!
わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。
隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。
社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。
※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8)
■2025.12.14 285話のタイトルを「おみやげ何にする? Ⅲ」から変更しました。
■2025.11.29 294話のタイトルを「赤い川」から変更しました。
■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました!
■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。
■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
悪役令息の兄って需要ありますか?
焦げたせんべい
BL
今をときめく悪役による逆転劇、ザマァやらエトセトラ。
その悪役に歳の離れた兄がいても、気が強くなければ豆電球すら光らない。
これは物語の終盤にチラッと出てくる、折衷案を出す兄の話である。
【完結】双子の兄が主人公で、困る
* ゆるゆ
BL
『きらきら男は僕のモノ』公言する、ぴんくの髪の主人公な兄のせいで、見た目はそっくりだが質実剛健、ちいさなことからコツコツとな双子の弟が、兄のとばっちりで断罪されかけたり、 悪役令息からいじわるされたり 、逆ハーレムになりかけたりとか、ほんとに困る──! 伴侶(予定)いるので。……って思ってたのに……!
本編、両親にごあいさつ編、完結しました!
おまけのお話を、時々更新しています。
本編以外はぜんぶ、アルファポリスさまだけですー!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
お前らの目は節穴か?BLゲーム主人公の従者になりました!
MEIKO
BL
本編完結しています。お直し中。第12回BL大賞奨励賞いただきました。
僕、エリオット・アノーは伯爵家嫡男の身分を隠して公爵家令息のジュリアス・エドモアの従者をしている。事の発端は十歳の時…家族から虐げられていた僕は、我慢の限界で田舎の領地から家を出て来た。もう二度と戻る事はないと己の身分を捨て、心機一転王都へやって来たものの、現実は厳しく死にかける僕。薄汚い格好でフラフラと彷徨っている所を救ってくれたのが完璧貴公子ジュリアスだ。だけど初めて会った時、不思議な感覚を覚える。えっ、このジュリアスって人…会ったことなかったっけ?その瞬間突然閃く!
「ここって…もしかして、BLゲームの世界じゃない?おまけに僕の最愛の推し〜ジュリアス様!」
知らぬ間にBLゲームの中の名も無き登場人物に転生してしまっていた僕は、命の恩人である坊ちゃまを幸せにしようと奔走する。そして大好きなゲームのイベントも近くで楽しんじゃうもんね〜ワックワク!
だけど何で…全然シナリオ通りじゃないんですけど。坊ちゃまってば、僕のこと大好き過ぎない?
※貴族的表現を使っていますが、別の世界です。ですのでそれにのっとっていない事がありますがご了承下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる