狂愛サイリューム

須藤慎弥

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23♣悲嘆と希望 ─SIDE ルイ─

23♣3

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 ばあちゃん、どないしょ。

 俺、よりによってこんな日に、世の中が卒倒するレベルの大スキャンダル……知ってはならんことを知ってしもたかもしれんぞ。

 まさかそんな……あの女狂いやったセナさんが、ハルポンにお熱やなんて……!

 あぁ、いや待て待て。

 まだ裏取りもしてへんのに、勝手に決め付けんのは早計やわな。

 大体、ハルポンはどうなんや。

 セナさんがグイグイ世話焼いてるだけで、本心では迷惑がってたりするんやないの。

 ……分からんわ。 考えても分かるはずないわ。


「……ルイさん」
「お、おう、ハルポン。 喉乾かんか? ジュース飲みに行こうや」
「え、あっ……はい」


 ばあちゃん、ちょっと待っといてな。

 俺めちゃめちゃ動揺してんねん。 分かってくれるやろ、ばあちゃんなら。

 戻ってきたハルポンを急かして、扉を出てすぐの自販機に向かう。

 こういう時はブラックコーヒーや。

 ハルポンには何やろ。 炭酸か? 微糖のコーヒーか?

 俺いっつもハルポンに何を買って渡してたっけ。


「あっ、いいですよ、自分のは俺が……っ」
「ええからええから。 一晩付き合わせてしまうせめてものお礼や」
「えぇ……」
「何やったっけ。 こん中で好きなんある?」
「あ、じゃあ俺紅茶で」


 紅茶か!

 そうや、いつもハルポンはあんま悩まんと紅茶か水に手伸ばしてるわ!

 砂糖やらミルクやらが入ってない、無糖ってやつを買って手渡す。

 俺のちょっとしたカマかけに気付かんと、ハルポンはそれを両手で受け取った。


「……ありがとうございます」
「ノープロブレム」
「物凄くカタカナですね」
「うっさいわ!」
「ふふっ……」


 礼やって言うた紅茶受け取って、飲んだよな?

 てことは、セナさんとの電話はどうなったんやろ。

 帰らんでええようになったんやろか。

 隣で紅茶をチビチビ飲んでるハルポンに、なんと聞こうか悩む。

 ほんまに今夜、一緒に居ってくれるんか?

 今日三本目のジュース奢ったからってそれを恩着せがましく言うたりせんし、ホントのこと言うてええんやけどな。


「ハルポン」
「……はい、っ?」
「セナさんからグイグイ迫られてんのか?」
「えっ!? グイグイっ!?」
「あっ、いや……っ」


 あかん! こればっか考えてたから口が滑ってもうた!

 どないしょ、ばあちゃん、どないしょ!

 あぁ……ハルポン驚いてるやん。

 目まん丸にして俺を見上げてきてるやん。

 今にも「それなんの事ですか!!」ってキレてきそうやん。


「えっと……そやな、……今のは忘れてくれ」
「……無理ですよ。 ルイさん、聖南さんと何話してたんですか?」
「たいした話はしてへんで、ほんまに! なんでハルポンの電話に出てるんやって詰め寄られたから、ハルポン寝てるししゃあないでしょみたいな、……それだけや!」
「ほんとにそれだけですか? じゃあなんで聖南さんが俺にグイグイ迫ってると思ったんですか?」
「それは……っ、聞いてしもたんやもん! 〝ハルの声聞きたかった〟っての!」
「ちょっ……それ聖南さんの真似してます!?」
「真似って分かったんやから似てるっちゅー事やろ!」
「ルイさんっ、声落としてっ」
「あぁ! すまん!」
「だから声っ」


 もうっ!とほっぺた膨らませたハルポンに背中を押されて、ばあちゃんの棺がある個室に戻ってきた。

 参列者の居らん寂しいそこは、パイプ椅子が六脚のみ整然と並んでて、線香の匂いが充満してる。

 静かにばあちゃん見送ったらなあかんのに、こんな大ニュース舞い込んでくるやなんてイレギュラー過ぎるやろ。

 そら声もデカなるって。


「今日は、……外泊の許可もらいました」
「……親にか?」


 さっきと同じ椅子に着席したハルポンの隣に、俺も座る。

 マジで!ありがとう!と素直に喜ばれへんのは、席外してほんの何分かで戻ってきたハルポンが、セナさん以外と通話してたとは考えにくかったから。

 よう分からんねん。

 過保護な親戚だけなんか、ハルポンがセナさんに迫られてんのか。


「いえ……聖南さんです」
「なんでやねん」


 人生最速のツッコミやった。 むしろ食い気味で言うたった。

 ハルポンは、セナさんに許可貰わんと外泊出来ひんの?

 デビューしたてのアイドルやってるからには、そうそうあってはならん事やとは思うけど事務所の先輩にそんな権限あるか?


「うっ、……。 でも条件があって……」
「条件?」
「ルイさんのお家に泊まるのはダメなんです。 ここであれば大丈夫です」
「なんでやねん」


 いや別に、はなから俺ん家に泊まらせようとは思てへんかったよ。

 一応は葬儀社の人が一晩様子見てくれる事にはなってるけど、俺はばあちゃんと最期の瞬間まで一緒に居ってやりたい。

 ハルポンには最初にそれを話してたし、それでもええ言うてくれてたんや。


「なぁ、さっきの話やけど。 セナさんから迫られて困ってたりせえへんの? いちいち許可取らなあかんてめんどいやろ。 事務所まで送り迎えすんのも過保護行き過ぎてると思うわ」
「それは……」
「そもそも、二人はほんまに親戚なんか?」
「うっ……」
「……ハルポン、ビックリするくらい嘘がヘタやな」


 核心は突いてへんけど、ハルポンの「うっ」と分かりやすい困り顔で気付いてしもた。

 二人は親戚ではない。

 ただし、そしたら何なん?てとこまでは聞き出せんかった。

 ほんとに先輩後輩なだけの可能性も捨てきれん上に、事務所内でのセナさんは幹部と同等に発言力持ってる。 CROWNの弟分であるETOILEの二人に対して、特別目を掛けてやるってのもこの業界ではそうおかしな事でもない。

 行き過ぎてるってのは本音やけど、野暮で不粋な勘繰りはこの辺にしとかんと、せっかく俺のために〝許可〟を得た困り顔のハルポンの厚意に水を差してまう。

 黙りこくって紅茶としか会話せんくなったハルポンの横顔を、チラッと見てみた。

 ハの字やった眉毛が元に戻ってる。

 かと思えば、ソワソワと落ち着きが無くなってきた。

 なんや、どないしたん?

 俺がそう声を掛けようとした次の瞬間、


「ルイさんっ」


と鬼気迫る表情を向けられた。




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