狂愛サイリューム

須藤慎弥

文字の大きさ
272 / 632
26❥ゴシップ3

26❥7

しおりを挟む



 事実無根のあのような写真一つで、この関係を壊されてたまるものかと奮起する気持ちが芽生えた。

 大きなショックと衝撃は受けたものの、誰に疑われようが葉璃さえ信じてくれればいいのだ。

 葉璃ならきっと、信じてくれる。

 もっと深いところで通じ合いたくて多少強引な手を使ったが、葉璃とはどんな羞恥も弱味も見せ合える仲になったという自負がある。

 聖南は何一つとして隠し事などしないという事を、葉璃にだけは分かっていてほしい。

 和んだ空気を一変させかねないが、帰宅後キッチンに立った聖南は自身を落ち着かせようと幾度も深呼吸を繰り返した。


「あ、……葉璃。 紅茶とコーヒー、どっちがいい?」
「……んー……」


 部屋着のパーカーに着替えた葉璃がキッチンにやって来たタイミングで、細腰を抱き寄せて聞いてみた。

 最近は聖南のスキンシップにも慣れてくれ、嬉しそうにポッと頬を染めて寄り添ってくる葉璃は最大級に可愛い。


「聖南さんはどっちの気分ですか?」
「俺? 俺は……葉璃の飲みたいものが飲みたい気分」
「えぇ?」
「どっち?」
「んーと、じゃあ紅茶で!」
「甘いコーヒーより紅茶の方が好きになったよな、葉璃」
「聖南さんの淹れ方が上手いんですよ! あっ、あのアップルティーがいいなぁ」
「オッケー」


 微笑んだ聖南はその場で手を洗い、戸棚から油絵のタッチでりんごが描かれた丸い筒缶を取った。

 フランスの老舗食料品店の品であるこれは、葉璃が好みそうなフレーバーティーを探している最中に見付けた、聖南もお気に入りの一つだ。

 食器棚からティーカップのセットとティーポット、ティースプーンを手に取り、ケトルで湯を沸かす。

 終始隣から視線を感じ見下ろすと、葉璃が聖南の動作を食い入るように見詰めていた。


「葉璃ちゃん、座ってていいよ?」
「……見てちゃダメですか?」
「いいけど……」
「このパラパラしたのって、量ったりしなくていいんですか? 聖南さんいつも目分量で入れてますよね」
「あぁ、もう大体分かるんだよ。 このスプーン二杯入れたら、二杯分のアップルティーが淹れられる。 これはアプリコットより少なめに入れた方が美味く仕上がるんだ」
「えぇっ!? 聖南さんスゴイですね!」
「二年前の謹慎中に猛特訓してたからな」
「……猛特訓? 何でですか?」
「葉璃がいつウチに来てもいいように。 喜んでもらいたくて」
「え……そ、そうなんですか……」


 もはや遠い過去の事のように感じるけれど、あれからまだたった二年しか経っていない。

 当時の傷痕は目立たなくはなったが、残念ながら医師からは完全に消える事はないと告げられている。

 しかしながら、あの時まさに葉璃への恋に目覚めていた聖南は、今振り返れば無駄な日々では無かったとしみじみ思う。

 根暗で卑屈でネガティブを地で行く葉璃とのすれ違いに悩みながらも、死ぬまで孤独なのだと悲観していた人生が華やいだ当時から、現在に至るまで。

 後に同じ場所に傷を負った最愛の人との暮らしを通じ、支え合う事の大切さを日々学んでいる。

 聖南のすべてを見せられる唯一の相手が、いつまでも隣で笑っていてほしいと望む葉璃なのだ。


「言ったこと無かったっけ?」
「いや、……あるかも。 甘いコーヒーの練習いっぱいしたって。 その時ですか?」
「そうそう、同時にやってたんだよ。 メシ食えなくなってた時期だったから、俺はあん時甘いコーヒーとこの紅茶で生き延びてた」
「……聖南さんー……」
「よしよーし。 俺も葉璃ちゃん大好きだよー」


 ギュッと抱きついてきた葉璃の頭を抱いて、柔らかな髪を梳く。

 きっとこれは、〝ぐるぐるして聖南さんを悩ませてごめんなさい〟、〝大好きです〟の意味が込められていると解釈し、聖南もぎゅぎゅっと抱き締めようとした。

 だがしかし、空気の読めないケトルから沸騰の知らせが鳴り響いた。

 仕方なく聖南はティーポットに湯を注ぎ、茶葉を踊らせる。 そしてすかさず、葉璃に指令を出した。


「葉璃、二分計って」
「えっ? に、二分っ? いーち、二、三、……」
「秒針見てねぇのに正確なのすげぇな」


 天性のリズム感を持ち合わせた葉璃が、正確に時を刻み始めた。

 素敵な声にうっとりしていると、二分などあっと言う間だ。


「~~……百十九、百二十、百二十一、百二十二、百二十三、……」


 聖南と葉璃が美味いと感じる適切な抽出時間で完成したアップルティーをティーカップに注ぎ入れている間も、葉璃は目を瞑り、指折り数えてリズムを刻む素敵な声は止まらない。

 可愛くて面白いので葉璃をそのままにし、聖南はカップをソファ前のテーブルに運んだ。


「~~……百五十、百五十一、……聖南さんっ、二分って何秒でしたっけ!?」
「ん~? 百二十」
「えっ!? ちょ、ちょっと! 止めてくださいよ!」
「あはは……っ、俺がカップに注いでんの気付いてただろ」
「気付いてましたけど!」
「あーもう~。 葉璃ちゃんは何でそんなにかわいーんですかー?」
「わわわっ……聖南さんっ、俺さすがに聖南さんをおんぶ出来ないです!」


 止めてくれなかったと膨れた葉璃に甘えるように、背後からのしかかる。

 重いと文句を言われながらズルズルと引き摺られ、ソファまで到達した聖南は、熱々の紅茶を前に葉璃を膝の上に乗せた。

 されるがままの葉璃の頬に触れ、気の重い話を神妙に切り出す。


「なぁ、……葉璃」
「はい?」
「何があっても俺のこと信じてくれる?」
「……ん? もしかしてお話始まりました?」
「始まりました」
「えっ、あ、はい。 信じます、もちろん」
「ふふっ……」


 目を丸くした葉璃が頷いた様が何とも可愛くて、場に似合わず吹き出してしまう。

 聖南が葉璃を信じているように、葉璃もきっとそうであると絶対的な信頼の自負があるからか、つい彼から放たれる癒やしの空気に呑まれる。

 その自負が失望に変わる可能性を微塵も考えられないというのは、危険極まりない過信なのだと昼間思い知ったばかりなのだが。


「いけね。 ……ったく、笑えねぇ話なのに」
「笑えない話? ……なんですか、こわいな」
「ちょっと手握っててい?」
「いい、ですけど……っ」


 重ね合わせると一回りは小さな手のひらを握り、今もなお魅了されている大きな瞳を見詰めて生唾を飲む。


「……葉璃ちゃん、俺……ゴシップ握られた」
「…………え?」





しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

灰の底で君に出会う

鮭茶漬け
BL
両親を亡くした高校生、神崎透は叔母の家に引き取られて暮らしている。しかしその家は、家族と呼べる場所ではなかった。家事、雑用、そしてバイト。どれだけ働いても感謝されることはなく、透は「穀潰し」と呼ばれながら日々を過ごしていた。 それでも透は思っている。ここに置いてもらえるだけでありがたい、と。 これは――居場所を持たなかった少年が、初めて愛を知るまでの物語。

氷の婚約者様に破談を申し出たら号泣された

楽矢
BL
目が覚めると、レースの牢獄のような天蓋付きベッドの上だった。 何も覚えていない出来損ない下級貴族ミラ。無能だクズだと冷酷な罵詈雑言を浴びせてくる氷の騎士セティアス。 記憶喪失から始まる、2人のファンタジー貴族ラブコメディ。 ---------- ※注) かっこいい攻はいません。 タイトル通りそのうち号泣しますのでご注意! 貴族描写は緩い目で雰囲気だけお読みいただけると幸いです。 ハッピーエンドです。 激重感情をこじらせた攻→受な関係がお好きな同志の方、どうぞよろしくお願いします! 全16話 完結済み/現在毎日更新予定 他サイトにも同作品を投稿しています。 様子を見ながらそのうち統合するかもしれません。 初めての一次創作でまだよく分かっておらず、何かおかしなことをしでかしていたら申し訳ないです!

後輩が二人がかりで、俺をどんどん責めてくるー快楽地獄だー

天知 カナイ
BL
イケメン後輩二人があやしく先輩に迫って、おいしくいただいちゃう話です。

守り守られ

ほたる
BL
主治医 望月診療所の双子医師 患者 瀬咲朔 腸疾患・排泄障害・下肢不自由 看護師 ベテラン山添さん 準主人公 成海真幌 腸疾患・排泄障害・てんかん 木島 尚久 真幌の恋人同棲中

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

処理中です...