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34・罠
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社長伝いで連絡を受けていた看護師らが、到着と同時に裏口を開けて待機してくれていた。
ストレッチャーに乗せられた葉璃は、一通りの検査をした後、表立った異常は無いとの事だったが何があるか分からない。
冷たくなった葉璃を抱いて青褪めていた聖南は安心など少しも出来ず、かつて自らも入院していたVIP用の個室に葉璃を一晩入院させる事にした。
別の階に二つしか無いそこは、一般の入院患者とは一切鉢合わせない。人見知りの葉璃には最適で、且つトイレもシャワーも娯楽も完備されている。
償いにもならないが、聖南に今出来る事は葉璃の無事を祈り、これ以上の被害を増やさない事のみ。
到着した葉璃の母親と春香は一足早く病室に向かったようだが、現在葉璃のそばに居る権限の無い聖南は、林と共に車中で謝罪の連絡を各所に行っていた。
そしてその最中、ミナミへの事情聴取を任せていた恭也から連絡が入る。
「……ん、どうだった?」
『お疲れ様です。一通り、ミナミさんから、話は聞きました。元凶は、リカさん達のようですね』
「あぁ……そうか。薬盛ったのもリカ達?」
『はい、そうみたいです。本当は、ミナミさんが、実行する予定でしたが、……』
聖南はそこで、なぜ葉璃があのような事になったかの一連の流れを恭也から聞いた。
イジメを受けていたアイを見て見ぬフリしたミナミが逆恨みされ、脅されていた事。
自責の念に駆られしばらくの間アイの言うことを聞き、流してはならない情報を彼女へ渡し、葉璃を陥れようとした事。
しかし葉璃の本質を知ったミナミは、同じ事の繰り返しになると慮り、実行を思いとどまった事──。
「……ミナミは? もう帰った?」
『はい。これから事務所に、集まるとの事でしたので。あっ、あと、今セナさんに、画像を送ります』
「画像?」
『葉璃が飲まされた、薬の名前が分かりました。それと、アイさんがミナミさん宛てに、事務所に送った、郵便物の画像です。手書きでした』
「……分かった。薬の名前は医者に伝えて、郵便物の画像は社長に共有する」
はい、と少しも狼狽えた様子のない恭也は、聖南が指示した以上の機転を利かせてくれていた。
薬の名称が分かれば、葉璃の治療に役立つ。さらに、アイがミナミに送り付けた際の郵便物が手書きだった事で、大塚社長宛てに届いたものと筆跡を照らし合わせ一致すれば、アイが犯人だという確かな証拠になる。
聖南は、今回ばかりは以前のように見逃すつもりが無かった。
これほどまでに葉璃と周囲を愚弄したアイも、業界をナメているリカ達も許す事は出来ない。
楽曲提供をした聖南の汚点にもなり得るうえに、何より葉璃を長期に渡って傷付けた遺恨は聖南の中で限界まで膨らんでいる。
「……ありがとな、恭也。嫌な役任せてごめん」
『いえ、そんな。それで葉璃は……?』
「検査中だ。まだ眠ってるんじゃねぇかな。葉璃ママと春香が病室に居るけど、……俺行っていいのかちょっと悩んでる」
『セナさんが行かなくて、誰が行くんですか』
「…………」
思いがけない恭也の強い口調に、聖南は一瞬怯んでしまった。
葉璃の事が死ぬほど心配だけれど、預けた我が子を傷付けられた母親からの罵倒が恐ろしくもあった聖南は、胸を詰まらせながら思案していた。
『セナさんが行かないなら、俺が行きます』
「い、いや……っ、行かないとは言ってねぇ!」
『でも葉璃は、俺じゃダメなんです。セナさんが行かなきゃ、意味がないんですよ。葉璃のお母さんは、きっと分かってくれます。セナさんがどれだけ、葉璃を守ろうとしてたのか。どれだけ、葉璃のために、手を尽くしてたか』
「…………」
『こうなってしまった責任は、セナさんには、ありません。誰も、そんな事、思ってません』
「…………」
『……とか言って、俺も、セナさんの立場だったら、自分を責めてますけどね』
葉璃の大切な親友である恭也の言葉は、聖南が今一番言ってほしいものばかりだった。
躊躇っていた聖南の背中を、ポンと押してもらえた気がした。
葉璃に並々ならぬ愛情を注ぐ恭也も、ここに居たかったはずだ。けれど恭也は、葉璃のそばにいるのは自分ではないと、聖南と葉璃二人の力になるべく自身の役回りを把握し一歩引いている。
彼の男気を無駄にするわけにはいかない。
通話を終えた聖南は、遠慮し車中に残ると言った林に断りを入れ病院内へと入った。
ナースステーションで確認すると、葉璃は検査を終え病室に居るとの事だった。
〝倉田 葉璃〟のネームプレートはすぐに見つかり、一般病棟とは一線を画す引き戸に手を掛け、ノックをした。
中から「はーい」と葉璃の母親の声が聞こえた瞬間、背筋が凍る。
その声色から、もしかして葉璃は大事には至っていないかもしれないと予感したが、安堵するにはまだ早い。
恐る恐る引き戸を引いて中へ入ると、すぐに葉璃の母親と春香が居た。
「セナさん、ご迷惑かけてごめんなさいね」
「いえ、……俺が、……っ」
──俺が悪いんです。
言いかけた聖南の目に、ベッドに横たわる葉璃の姿が飛び込んできた。
傍らには医師と看護師が立っていたが、何も見えなくなった聖南は迷わずベッドへと駆け寄る。
「葉璃……っ!」
左腕に採血の痕を残した葉璃は、未だスヤスヤと眠っていた。
「体温と血圧の低下が見られますが、今すぐに処置が必要なほどではありません」
「…………」
「一晩入院して様子を見ましょう。検査結果が問題無ければ明日の午後には退院できます」
医師は葉璃の母親へ、そう簡潔に説明した。
葉璃の寝顔を凝視していた聖南に医学の知識など皆無だが、まだ目覚めてもいないうちから退院の話をされたとて意味が分からない。
無事かどうかは、恭也が送ってくれた薬の名称を聞いてから判断してくれと医師に不満をぶつけそうになったが、ここで聖南が出しゃばるのは違うと口を噤む。
葉璃が目覚めたらナースコールを、と言い残し出て行こうとした医師と看護師を引き止め、ひとまず耳打ちだけしておいた。
「デ○スって薬、飲んだらしいんすけど」
すると医師は「あぁ」と頷き、
「用量次第だが、現状見たところ命に関わることはないから安心しなさい」
などと呑気に語られ、腕をポンポンと叩かれた。
医療従事者が出て行った扉を唖然と見つめ、聖南はもう一度葉璃のそばへ寄って行く。
眠らされているだけだとしても安心出来ない聖南は、そっと心臓辺りに耳を寄せ、布団越しにも聞こえる規則正しい鼓動にようやく胸を撫で下ろす。
見ると、額にあった傷部分に医療用テープで止められたガーゼが貼られていた。
見るからに痛々しいというのに、その寝顔はいつもと同じだ。しばらく徹夜してやっと睡眠にありつけたかのような、危機感の無い可愛い寝顔だった。
「──セナさん、お仕事中だったんじゃない? わざわざ来てもらって悪かっ……」
少しの変化も見逃すまいと、聖南は瞬きも忘れ葉璃に見入ってしばらく。
それまで黙っていた葉璃の母親が、ふいに声を掛けてきた。
「申し訳ありません」
「え?」
聖南は葉璃を見詰めたまま、うわ言のように呟いた。
戸惑う母親に、聖南はもう一度同じ事を言った。
詫びなければ。
葉璃がこんな目に遭ったのは、守れなかった自分のせいなのだから、謝らなければ。
「申し訳ありません」
「セナさん、ちょっと……っ」
何度も何度も謝罪の言葉を口にしながら、母親の方へ体を向けた聖南はゆっくりと床に膝をつき、さらに、じわじわと手と額も順につけ「申し訳ありません」を繰り返した。
「やだっ! ちょっとセナさん、何を……!」
「申し訳ありません。俺がついていながら、二度も葉璃を……」
「セナさんやめてちょうだい! 顔上げて!」
「申し訳ありません」
聖南の土下座を前に、それまで備え付けのソファに腰掛けていた春香もギョッとして立ち上がった。
「セナさん! ほんとにやめてください!」
「申し訳、ありません……」
母親と春香は、「セナさん!」と吃驚しきりで聖南の頭を上げさせようとしたが、聖南はそれを拒み、薄茶色の髪を揺らしてひたすらに詫び続けた。
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