狂愛サイリューム

須藤慎弥

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34・罠

34★6

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★ 恭也 ★



 予報では今日の深夜から大雪の恐れ。

 日中もとても寒かった。

 ドームの外を行き交う通行人は、みんな防寒バッチリなのに対し、俺とルイさんは上着を脱いで腕捲りまでしていた。

 リハーサルで汗を流し、喫茶店からドームまで走って移動したり、体を動かしてばかりいたから体感温度がバカになってる。

 ちょっと空調が効き過ぎてたもんな。しかも頭が沸騰しそうな事件まで起こったから、しばらく体内の熱は取れそうになかった。


「恭也、これケツやろ? メシでも行かんか」
「えっ……」


 社用車のキーを取り出したルイさんに、そんな誘いを受けた。

 こんな時に? 食欲なんて無いんだけどな。

 ルイさんと食事をするのが嫌なわけじゃなく、病院に居る葉璃を思うと何も食べられる気がしない。

 即答しなかった俺に、ルイさんはフッと笑顔を見せた。


「なんや、今さら俺に人見知り発揮するん?」
「あ、いえ……そういうわけでは、ないんですけど」
「ほな行こ」


 免許を持っていない俺は助手席に、ルイさんは運転席で慣れた様子でハンドルを握った。

 先に事務所に寄って車を入れ替えたいと言われ、何の用事も無い俺は黙って頷いた。

 何気なく窓の外を見ると、歩道を歩く人達みんなが寒そうに両肩を上げている。まだ夕方前なのにどんよりと空が暗くて、あまり見ていたくない空模様だった。

 走行中のラジオを聴き流している間、葉璃を気にかけてるはずのルイさんは普段通りに運転している。

 CROWNのバックダンサーであるルイさんも俺と同じホテルに宿泊するんだから、このまま真っ直ぐそこへ向かってくれると助かるんだけどな。

 でもルイさんには言えなかった。

 そんな気分になれない俺がおかしいのかと思ったんだけど、事務所で社用車からルイさんの愛車に乗り換えて来た道を戻っている最中に、彼の本音を聞いてしまったからだ。


「……ルイさん、葉璃のこと心配じゃ……ないんですか?」


 運転中に話しかけてもいいのかと迷う前に、聞かずにいられなかった事が口をついて出た。

 ルイさんは表情一つ変えず、前を見据えたままだ。


「心配よ。けど俺らが騒いだって何もならへんやん。ハルポンが飲まされたいう薬、ダチに電話して聞いたらわりとポピュラーなやつやってん。ようけ飲んだらおかしなるらしいけど」
「そうなんですか?」
「ハルポンが飲んだんは一回きりやろ。……寝てるだけや」
「……分からないじゃ、ないですか……。ていうか、俺もう、感情グチャグチャです。睡眠薬飲ませて、大怪我でもしちゃえばいい、なんて……! どういう育ち方したら、そんな思考に、至るんでしょう? 俺には本当に……理解出来ない……っ」


 一度堰を切ると、頭が痛くなるほど苛立ってくる。

 こうしてる今も、葉璃は病院に居るんだよ。

 馴染みの無い薬なんか飲まされて、どういうわけかシャワールームの電源を落とされてたせいで冷水を浴び続けてたんだよ。

 大怪我どころか、もっと大変な事になっていたかもしれない……!

 ミナミさんの勇気ある証言には感謝してる。でも葉璃は実際に被害を受けた。

 アイさんから脅されてたとしても、葉璃を危険に晒した事に変わりはない。ミナミさん含めLilyのメンバーが行った所業は、到底許されるものじゃない。

 葉璃に何かあったら、俺は……っ。


「恭也の気持ちも分かるけどやな。ハルポンは寝てるだけ。そう思とき」
「……え?」


 ルイさんの冷静な言葉に、俺は耳を疑った。

 本当は心配なんかしてないんじゃないの。寝てるだけ、なんて思えるはずないよ。

 葉璃が居なくなったら、俺のアイドル人生もそこで終わるんだ。

 俺と葉璃の間にどれだけ深い絆があるか、ルイさんは知らないからそんな悠長な事が言える。

 怒りの矛先がルイさんへと向かいかけたその時、信号待ちに差し掛かった。

 ハンドルにもたれ掛かったルイさんが、チラッと俺の方を見て苦笑を浮かべる。


「よう考えてみ。本番は明日なんやで。ハルポン不在の今、明日どうなるか分からへんやん。もしかしたらETOILEの出演自体を見送らなあかんかもしれん。もしくは、……恭也ひとりで出る事になるんか」
「あ……」
「その辺はスタッフと社長とセナさんに任せなやし、そんなら恭也はどんな決定下っても対応出来るようにしとかんと。ETOILEのピンチは、恭也が乗り越えなよ」
「…………」


 ……そうだ、その通りだ。

 〝葉璃が目を覚まさなかったらどうしよう〟の前に、俺と葉璃は〝ETOILE〟という看板を背負ってるんだった。

 俺は葉璃のために、葉璃と一緒に美しい景色を見るために、この世界へ飛び込んだ。

 暗くて、いつも負のオーラを纏っていたパッとしない俺が、葉璃とならキラキラした世界でも生きていけそうな気がしたから。

 ルイさんは決して、平気なわけじゃない。

 葉璃と仕事を絡めて当然のように両方を心配してる。

 アクセルを踏んだルイさんに「その通りです」と言った俺は、プロ意識というものをすっかり忘れ去っていた。


「まぁな、そりゃハルポンの様子、気になるわなぁ」
「……はい。……ルイさんも、でしょ?」
「そらな。でもな、俺はたとえ来い言われても行かれへんかもしれん」
「なんで、ですか?」
「ばあちゃんが居ったとこやねん。野本総合病院て」
「あっ……!」


 そうだったんだ……!

 聞いちゃいけない事を尋ねてしまった。

 俺がルイさんのおばあさんについてを知ったのは、最終オーディションの翌日。

 喪服姿で現れたルイさんと、泣きじゃくる葉璃の様子で薄っすらと悟り、その後……アキラさんとケイタさんと同じタイミングで経緯を知った。

 それ以上どう返せばいいのか分からなくなった俺は、気まずい空気を覚悟した。


「……ハルポン、俺のばあちゃんのこと恭也にも隠してたんやろ?」
「あぁ、……はい」
「ほんま口堅いな。恭也とかセナさんには話してもおかしない間柄やのに。……嘘吐くんはヘタなくせしてなぁ」
「……一度、葉璃に問い詰めようとした事も、あったんです。葉璃の様子が、おかしかったから……。でも葉璃は、ルイさんのプライベートな事だって、少しも話して、くれなかった」
「そうやろな。言わんでくれって頼んでたし」
「今となっては、本当に、軽々しく話していい事ではないって……葉璃が正しかったって、分かるんですけど。あの時は、ものすごく……嫉妬しました」
「俺に?」
「……はい」


 おばあさんの事は、本当に残念だった。唯一の家族だと聞いたし、ルイさんの悲しみは底知れないと思う。

 俺が嫉妬したのは、その話を聞く前だ。

 葉璃とルイさんが秘密を共有している事に悲しくなった俺の器は、たかが知れてる。


「なんでやねん。俺に嫉妬するなら、セナさんにはそれどころやないやろ。よう我慢出来てんなぁ?」
「いえ、セナさんには、嫉妬しません」
「ぶはっ……! じゃあ俺にも嫉妬すなや」
「セナさんは、別格なんで」
「別格~?」
「葉璃は、セナさんじゃないと、ダメなんです」


 話が思わぬ方向へ転んでいる。

 俺の嫉妬の対象がルイさんだけだと知られた途端、ハンドルを叩いてまでゲラゲラ笑われた理由は謎だ。


「あぁそうそう、ずっと気になってんけど、あの二人て何で付き合う事になったん? 相澤プロのレッスン生やったハルポンが、大塚でデビューした経緯もよう知らんねん、俺」


 そうか、ルイさんはまずその経緯を知らないんだ。

 葉璃が春香ちゃんの影武者だった事とか、セナさんとの出会いから今までの紆余曲折とか。

 でもこれ……俺がここで話していい内容じゃない気がする。

 ヒナタちゃんの事を知られてしまったルイさんには、別に耳に入れておいても構わない話なんだろうけど……。


「それは……俺の口から、言っていいのか、分からないんで……」
「また秘密? もぉぉ~ハルポンどんだけ秘密抱えてんねん! 一個一個小出しにされたら寿命いくつあっても足らんがな!」
「あー……俺が、言えるとしたら、……」
「うん、何?」
「葉璃には、天性の才能があって、セナさんと出会ったのは、必然って事です」
「……必然?」
「あと葉璃は、緊急任務の星の下に、生まれました」
「……それヒントくさいな?」
「大ヒントです。知りたければ、memoryの出演番組や、ライブVを、くまなく観てください。俺から言えるのは、これだけです」
「ほぉ、自分で見つけりゃ恭也がバラした事にはならん、いうんやな?」
「はい」


 「でもなんでmemoryなん?」という問いには、俺は答えなかった。

 あとは自分で見付けてほしい。

 ルイさんなら、きっとすぐに〝ハルポン〟を見つけられる。


「……ルイさんは、もう仲間なので。早く秘密を、共有しましょう」


 葉璃を案ずるばかりで自分のやるべき事を見失いそうだった俺を、ルイさんはさり気なくアシストしてくれた。

 彼はいい仲間になる。……いやすでに、ETOILEにとってとても大きな存在になっている。

 それになんと言っても、葉璃が心を許した相手だ。

 邪な嫉妬こそすれ、もう俺の大事な仲間でもある。




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