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34・罠
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二十二時を過ぎ、ちらつく雪が激しさを増してきた。
そんな中、聖南はとある人物とコンタクトを取り、ドームからほど近いホテルへとやって来た。ちなみにそこは、恭也が宿泊しているホテルではない。
保存された葉璃の写真をしばらく眺めていた聖南の脳裏に、突如として名案がひらめいた。
今回ばかりは、葉璃が何と言おうと少したりとも譲歩出来ない。そのため、犯人を確実に捕らえるには周りの協力が必要不可欠なのだ。
指定された部屋番号のドアベルを押し、中から顔を覗かせた人物は完全にオフスタイルで「どうぞ」と聖南を招き入れた。
ベッドが一つのシングルルームに、話し合いが出来るようなスペースは無い。何しろここは、手軽な素泊まりに適したビジネスホテルだからだ。
「……作戦会議でもするつもりですか」
その部屋の宿泊人である佐々木が、物珍しそうに室内を見回す聖南に声をかけた。
「その通り。まぁ座れよ」
「では失礼して……って、私の部屋なんですが」
「冷静なツッコミありがと」
スーツ姿を見慣れているせいで、佐々木がタートルネックを着用している事に違和感を覚えながら、聖南は唯一あった一人がけソファに着席した。
客人に椅子を譲った佐々木は、促されたベッドに腰掛ける。
「悪いな、こんなとこまで押しかけて」
「葉璃が目を覚まさないと聞きましたが」
誰からどんな流れでその情報を仕入れたのか分からないが、佐々木は葉璃の現状を把握していた。
足を組んだ聖南は、無意識に鳴らないスマホを取り出し「早いな」と苦笑を浮かべる。
「……らしい。葉璃ママが付き添ってるから、目覚めたら連絡してくれるって話なんだけど……まだ無い」
「そうですか。明日の出番はどうするつもりなんですか?」
「そのままだ。そのまま」
「賭けですね」
「どうなっても俺が何とかする。スタッフにも社長にも了承得てる」
「……そうですか」
葉璃が目覚める事、さらには彼が出演出来る状態でいられる事を信じるしかない状況なのだが、色々と物申したいであろう佐々木は静かに頷くに留めた。
聖南がここへやって来た目的は、葉璃の安否を伝えるためではない。
明日佐々木には相澤プロの人間としてのコネを使用してもらい、ドーム内での葉璃のボディーガード役を任せている。
雪の予報により、ツアー中であるmemoryの移動日をずらした事で彼に空き時間が出来たのは不幸中の幸いだ。
「まずはお話、聞かせていただけますか」
「あぁ、……」
未だ葉璃を愛でている佐々木は、聖南が順を追って説明していくにつれ身を乗り出していき、終いには眉間に濃い皺が寄っていた。
葉璃に向けられた悪意のすべてを語った聖南も、かなり険しい顔付きになっている。
やはりどう考えても、葉璃はとばっちりを受けている。味わう必要のなかった感情、傷を負わされ、理不尽だとしか言いようがない。
聖南の怒りは尤もだと、今日までの顛末を聞かされた佐々木は深い溜め息を吐いて目を細めた。
「──ふざけた女どもだな」
「本性出てんぞ」
「失礼。……しかし、夏の悶着時も思っていましたがSHDエンターテイメントはいったい何をしているんでしょうね。まるで出来たての事務所のような杜撰さです」
「Lilyが売れっ子になって欲に走ってんだろ。あそこもまぁまぁ長いじゃん。けど今まで育ててきた俳優は一発屋多かったし、まさかアイドルで当たるとは思わなかったんじゃねぇの」
「だから必死になっている、と。葉璃まで借り出して」
「そういう事になるよな」
聖南が頷くと、佐々木は苦笑し「くだらない」と吐き捨てた。
タレントの育成能力に長けた佐々木には、理解し難いのだ。聖南とは違う視点で怒りを顕にする彼の言葉には、まさに芸能事務所で働く者としての憤りも混じっていた。
「それで? 私達の愛すべき者を傷付けた報復作戦とは?」
「色々とツッコミどころ満載なんだけど……まぁいいや。アイの目的は、生放送に葉璃を出演させないように阻止する事だって言ったよな?」
「えぇ、理解しています。ですからセナさんは明日に照準を合わせていたんでしょう?」
「そうだ。結果こうなっちまったけど、葉璃が目覚めたらアイの計画は実質失敗に終わる」
「……葉璃は出演したいと願い出るでしょうからね」
「分かってんじゃん」
「当然です。私はあなたより長く葉璃を見ていて、あなたより早く目を付け、あなたより先に葉璃を好きになりました」
「一言どころか三言くらい多いんだよな、お前……」
「セナさんだったからお譲りした、それまでの事」
「はいはい、そうですか。話が逸れたから戻すぞ」
「どうぞ」
聖南を買ってくれているのはありがたいが、葉璃への恋心を捨てる気の無い姿勢には毎度辟易する。
葉璃に対し、こうして平然と〝愛してる〟と言える者が聖南の知る限り二名も存在するので、我が恋人ながら葉璃は罪作りだ。
その二名ともが、聖南ほどに葉璃を理解してくれているからこそ信頼出来ると言っても過言ではないので、恋人としては複雑な気持ちである。
わざとらしい咳払いをし立ち上がった聖南は、窓から降雪の様子を窺った。ちらつく粉雪は降ったり止んだりを繰り返し、コンクリートの地面を薄く濡らしている。
「……アイは明日、必ず現場に現れる。これはあくまでも俺の憶測だ。でも全部の経緯から見てまず間違いないって断言出来る」
「私もそう思います」
「だろっ? 絶対来るよな!?」
佐々木の同意に、聖南は興奮気味に振り返った。
この憶測までも否定されてしまうと、作戦自体が反故になる。そうなれば、いよいよ聖南は困り果ててしまうと僅かに不安だったのだ。
しかしそんな聖南の胸中を見抜いた佐々木からは、クスッと笑われてしまった。
「ふっ……セナさん、あなたことごとく向こうにやられて自信喪失してますね」
「当たり前だろっ。俺だって何も考えてなかったわけじゃねぇんだ。全部後手にまわってたんだよ」
「暴走した女のやり口なんか、分かるわけありません。目的からして普通じゃないんですから」
「え……もしかして慰めてくれてんの?」
「そんなつもりはありません。ですが、私ならどうするかと考えましても策は浮かびませんし……同じ結果だったと思います」
「…………」
慣れない空気に気まずさを覚えたらしい佐々木が、「お茶も出さずにすみません」と言いながら立ち上がる。
冷気の伝わる窓辺に立ち竦んだまま、聖南は佐々木の背中を目で追った。
葉璃の状況を知っていたのなら、この佐々木にこそ聖南がここへやって来たと同時に胸ぐらを掴まれてもおかしくなかった。
何のために葉璃を託したと思ってんだ、葉璃を傷付けたら海の藻屑にしてやる……そんな物騒な言葉を吐かれ、周囲の迷惑になるからと外で決闘でも始まる恐れだってあった。
しかし粗茶を振る舞ってくれた佐々木まで、ぶっきらぼうながら温かい。
本当は四六時中葉璃に張り付いていたかったという、出来ることの限られていた聖南の葛藤まで読まれているようで何とも気恥ずかしいが……嬉しかった。
「それで、明日なんだけど。樹には別の人に張り付いててほしいんだ」
「別の人?」
佐々木は、思わぬ申し出に首を撚った。
ようやく本題へと入り、粗茶に口を付けてソファに掛け直した聖南は改めて佐々木を見据える。
「春香に、葉璃の……いや〝ヒナタ〟の影武者になってもらう」
「え!? 春香に!?」
いつ何時も冷静沈着な佐々木が目を見開いて驚愕し、唖然と聖南を見詰めた。
このとんでもない案を思い付いた聖南は、気付いたのだ。
裏でどれだけ計算し動いたところで、勘付かれて逃げられるのがオチだ。
それならば正面突破しかない。
〝原点回帰〟とも言う。
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