狂愛サイリューム

須藤慎弥

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36・夢の価値

36❥4

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❥ 聖南 ❥



「頑張ってこい、ヒナタ!」
「……っ、はい!」


 楽屋を飛び出して行く寸前、聖南は〝ヒナタ〟の手を力強く握り鼓舞した。

 その手の平は、出番前の緊張や興奮からかやけに熱かった。最後の任務に一際燃えているだけだと思いたいが、何となく、ほんの僅かな不安が聖南の脳裏をよぎる。

 しかし同じくして聖南のスマホが鳴った。

 林が葉璃を連れて行ってすぐ、数分前に楽屋を出た佐々木から着信が入ったのだ。


『セナさんっ、ビンゴです!』
「……っマジ!?」


 応答するや、佐々木が興奮気味に作戦成功を知らせてきた。

 この瞬間、葉璃の勇姿を見届けられない残念さと、何ヶ月もの間手の平の上で踊らされた屈辱を晴らす時がきた高揚感が、同時に聖南の心を震わせた。


『えぇ、袖待機の連絡にいらしたスタッフに紛れていましたので、春香が搬入口の方へ走っておびき寄せています!』
「オッケー、搬入口だな!?」
『はい。風助と成田さんが追っていますので、私はヒナタの護衛に回ります! 急いでヒナタをこちらへ!』
「今そっちに向かってるはずだ! 樹、頼んだぞ!」


 聖南は通話を終えるや、吠えた。


「今度こそとっ捕まえてやる!!」


 頭に血が上り、目を血走らせた聖南は扉のノブに手を掛けて三人を振り返る。


「アキラ、ケイタ。もうすぐ社長がここに来るからこの事知らせて。恭也、……恭也は袖で葉璃のこと見守ってやって」
「オッケー」
「オッケー」
「分かりました……っ」


 ありがとな、と呟き、聖南は勢いよく楽屋を飛び出すと搬入口へ急いだ。佐々木と共に葉璃の護衛を任せた恭也も、後ろを追ってくる。

 行き交うスタッフを立ち止まらせるほどの気迫で、聖南は恭也と分かれ舞台袖を素通りした。

 本番直前、とうとう姿を現したアイがヒナタに扮した春香を追っているという。葉璃を確実に仕留めようとする悪意に満ちた執念を滾らす彼女にとって、もはやこの時しかチャンスが無かったのだ。

 搬入口へのおびき寄せはまさに作戦通りで、聖南の張った網にかかったアイはもう逃げられない。

 春香を追うアイは、すぐにそれが偽者だという事は察したのだろうが、風助と成田が追い掛けている時点で彼女は目的を変えざるを得なくなる。

 搬入口の外には警備員とボディーガードが待ち構えているため、目的を変えたとしてもアイには逃げ切る道が無い。


「──二十九分……」


 薄暗い通路を駆けながら見た腕時計の針は、ついにLilyの出番時間を指していた。

 こもった司会者の声の後、遠くで彼女達最大のヒット曲が流れ始める。

 何事もなくオープニングが流されたという事は、万事うまくいったのだ。

 薬を飲む際にもたついていた葉璃を、恭也はさりげなくフォローしてくれた。

 大慌てだったヒナタの支度を、アキラとケイタが驚きのスピードで仕上げてくれた。

 失敗は繰り返さないとばかりに目をギラつかせた林は、有言実行で葉璃に張り付き守ってくれた。

 現在アイを追い掛けているであろう成田も、闘志を剥き出しにして佐々木と連携を取ってくれた。


「……良かった……」


 歓声が聞こえる。

 Lilyというアーティストの黒い裏側など知る由もない観客からの、羨望混じりの大きな歓声が──。

 葉璃は〝ヒナタ〟としての最後の役割を奪われずに済んだ。

 今この時、皆が協力してくれていなかったら……もしかすると葉璃はまたもや危害を加えられ、任務を果たせなかったかもしれない。

 それを心底嫌がる葉璃は、たとえ自分がどんな傷を受けようと責務を全うしたいと願い出ていただろう。

 アイはもちろん、Lilyのメンバー全員は葉璃を甘く見ている。

 葉璃は、こちらの想像を遥かに超える卑屈さと頑固さを持っていて、それは聖南でさえ覆す事が出来ない。

 危なっかしく、弱いようでいて守らせてくれない葉璃に、聖南は心の底から惚れている。


「──セナ! こっちだ、!」
「……っ、……!」


 駐車場と連なった搬入口の扉を開け、騒がしい一角から成田の声がした。

 楽屋からここまで全速力で駆けた聖南は、数人の屈強な男達が囲う中央に風助の姿を確認する。

 騒がしいのは、風助に取り押さえられたアイ一人だけだった。

 近付いていくにつれ、甲高い喚き声が鮮明になってくる。


「……、離してよ!! ……っ、離せっつってんだろ!」
「うるせーな。キーキー喚くな。耳がもげる」
「どういう事なのよ! なんでヒナタが二人居るの!? 意味分かんない!」


 成田の背中に身を潜めていた春香に向かって、アイは憤っていた。

 道を開けてくれた警備員達の間を抜け、コイツがアイか、と聖南の記憶とはまるで異なる姿に少々面食らう。

 MVや過去の出演番組の映像で彼女の容姿等は把握していたが、精神疾患を患ったというのはどうやら本当のようで、見るも無残に痩せこけている。


「風助さん、離していいよ」
「……ん」


 風助が腕を解放したそばから、聖南はアイの腕を捕らえ、成田に「SHDに連絡して」と告げ歩き出す。

 観客を湧かせているドーム内から、聖南がプロデュースした楽曲が漏れ聞こえた。

 あの場に居るべきなのは、本来なら葉璃ではなくアイだ。離脱に至った経緯はともかく、ステージに立てなくなった鬱憤を葉璃に向けた事がすべての始まりなのである。

 だがアイは動揺を見せるどころか、この期に及んでも「離せ!」「馬鹿野郎!」と口汚く聖南を罵った。

 ついつい、女性の細腕だと分かっていても聖南の手の平に力がこもる。


「痛……っ! 離せ! 離してったら!」
「用が終わったら解放してやるよ」
「いいわよ、上等じゃない! あたしにこんな事していいの? あんたのスキャンダル、色んなとこにばら撒いてやるわ! セナもハルも大塚ももう終わりよ!」


 背後では作戦の全容を知る成田が、警備員とボディーガードに解散を告げていた。

 半ば引き摺るようにしてアイをドーム内に連れ込む最中、まるでそれが唯一の切り札のように意気揚々と捲し立てられるも、聖南はフッと笑って見せた。


「それってあの写真のこと言ってんの?」
「…………っ」
「俺と〝ハル〟が何だって? 大塚が終わる?残念だけど、そのスキャンダルはどこも取り扱わねぇと思うよ」
「どうしてよ! 今頃、色んなところであんたらのスキャンダルが証拠付きでかけ巡ってるわ!」
「へぇ、そっかそっか。それは大変だ」
「……バカにしてるでしょ!? あたしにそんな事出来ない、そんな力無いとでも思って……キャッ……!」


 搬入口の扉前で聖南は立ち止まり、うるさいアイの肘の関節をねじり上げた。折ってしまわぬように細心の注意を払った事を自分で褒めてやったほど、絶妙な力加減であった。

 あの写真が強請りのネタである事を白状したも同然な台詞。

 長年業界で生きてきた聖南に対する宣戦布告。

 甘く見られたものだと、場に合わない笑いが腹の底からこみ上げてきた。


「ははっ、面白え。……言っとくけど、俺はお前に潰されるほどカスじゃねぇよ。〝ハル〟もそうだ。もう終わりなのは、お前とLilyとSHDエンターテイメントの方」
「…………っ!」
「ケンカ売った相手が悪かったな」


 瞳を据わらせた聖南を、頬のこけた素顔のアイがようやくまともに見上げてきた。そして、痩せ細った体がガタガタと震え始めた。

 アイが独断で動いた今回の件で、Lilyそのものと事務所にも皺寄せがいっている事をそこで初めて知ったからかもしれない。

 今回ばかりは許さない──。

 この数カ月、あらゆる感情で心をかき乱された聖南の怒りは、それを全うするまで鎮まる事はない。



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