狂愛サイリューム

須藤慎弥

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37・星の終幕

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 事務所のスタッフに迎えを頼んでいた聖南は、そこに居た全員──アキラ、ケイタ、恭也、ルイ、そして社長を連れ立ち、ワンボックスカーでホテルに向かった。

 今日のような特別番組では、大トリを飾る者さえ居ればエンディングは成り立つ。

 聖南を含めCROWNの三人は芸歴こそ長いベテランだが、アーティストとしては十年目といういわゆる中堅だ。

 CROWNは人気、知名度共に申し分ないものの、縦社会の特質が根強い業界では番組サイドもやはり大御所の顔を立てなくてはならないため、出番を終えた聖南達はそこで御役御免となる。

 ホテルに向かう車中は、楽屋とは打って変わって静寂に包まれていた。

 聖南と社長は気の重い宣告を前に、さながら敵地に向かう戦士のように厳しい表情を浮かべているが、他四名は揃って微妙な心境である。

 なぜならSHDの幹部らやLilyのメンバー全員が待つホテルへは、聖南と社長のみで向かうものだと思っていたからだ。

 しかし聖南は、アキラ達にも同行を求めた。恭也とルイにも同じく、「一緒に来てくれ」と直々に頼んだ。

 まさしく〝正攻法で干す〟と葉璃に宣言した通りに、聖南は動いている。

 怒りに任せて「干してやる」と言うのも、それが現実となるのも簡単だけれど、それでは何の制裁にもなりはしない。

 聖南の最終的な狙いは、彼女らに罪悪感を抱かせ、激しい後悔を生む事であった。

 何のことはない。

 これは、この半年間、葉璃が受け続けた精神的ダメージを彼女らに分からせるだけ──巧妙な手など使わない、至ってシンプルな仕返しだ。


「──ETOILEとCROWNの放送は絶対に観ろってやつ、アイツらに伝わってるよな?」


 名の知れたホテル前に降り立ってすぐ、社長に問うた。

 葉璃がETOILEの出番は無理だと判断した聖南は、SHD側の人間と行動を共にさせた成田と林の二人それぞれに同じメッセージを送信していた。

 どんな状況であっても必ず、絶対に、二組の出番をメンバー達に観せてくれ──と。

 問われた社長は、腑に落ちない様子で頷いた。


「伝わっていると思うが……あれはどういう意図だったんだ?」
「葉璃が言ってただろ。〝頭がおかしい〟連中には何をどう言ったって響くわけないからだ」


 社長を先頭にエレベーターへと乗り込み、メンバーらが恐恐と待つ八階に上昇する箱の中、聖南は自身の思いの丈を語る。


「それなら形として見せるしかねぇ。俺も恭也も、葉璃のためなら一発本番だろうがいきなりのセトリ変更だろうが対応する。アキラもケイタもルイも、葉璃のために色々と気を回してくれた。マネ二人も佐々木も春香も、俺の作戦に二つ返事だった。他にも挙げ出したらキリが無えくらい大勢の人間が今回の件に関わってて、協力してくれた。それは俺が頼んだからじゃねぇ。葉璃を……葉璃を、大なり小なり大事に思ってくれてるからだ」
「……うむ」


 何をどうすれば報復になるのか、冷たくなった葉璃を抱いた聖南はそればかりを考えていた。

 本番など二の次だった。

 とうとう葉璃が傷付けられた、もう許さない──今まで一度も感じた事のない悪意が次々と湧いてきて、止められそうもなかった。

 そんな復讐心に燃えていた聖南だが、自分の状況など顧みず、病院のベッドの上でステージに立つ事を熱望した葉璃を目の当たりにした時、一瞬で考えが変わった。

 悪感情に支配されかけていても、葉璃は己より他人を慮ったのだ。

 心優しいネガティブ少年は、聖南の想像よりも遥かに芯の強い、尊敬に値する人間だと改めて思い知った。

 そう感じているのはきっと、聖南だけではない。


「葉璃には味方がたくさん居る。めちゃめちゃ強え絆がある仲間も居る。自分らで言うのは何だけど、そこそこの立ち位置で守ってやれる先輩が三人も居る。後ろ盾の事務所も……まぁまぁデカいし?」
「〝まぁまぁ〟は余計だが……セナには大きな借りがあるので何も言えん……」
「うるせぇよ」


 またそれか、と聖南は笑った。

 エレベーターの扉が開き、ぞろぞろと歩み心地の良い廊下を闊歩する六名の他に、客人は居ない。

 指定された部屋番号を探す聖南について歩くアキラ達の胸中は、何やら照れくさかった。

 葉璃と付き合い始めてから、聖南は感謝の気持ちを包み隠さず正面から伝えてくるようになり、それが皆にも伝染しているように思う。


「──まぁまとめると、Lilyに言いてぇのはこの二つ。〝和衷共済〟、〝因果応報〟」


 振り返って得意気に笑った聖南は、背後全員の頭の上に浮かんだクエスチョンマークを見てさらに笑みを濃くする。

 お世辞にも学があるとは言えない聖南から飛び出した聞き馴染みのない四字熟語に、別の意味で笑みを零したアキラが皆の代弁をした。


「なぁセナ。因果応報は分かるけど和衷共済って。どこでそんな言葉覚えたんだよ」


 聖南はニタリと笑ったまま、わざわざ「それはな」と含ませて答える。


「葉璃がルイに付き添ってた日、書経の番組やってたからそれ流し見してたんだ。つまり受け売りってやつ」
「あははっ……! なーんだ、セナらしいね」
「まったくだ」


 失礼な、と思いつつ聖南の口元から笑みは消えなかった。

 和衷共済……この四字熟語の意味を彼女らに諭して心に響かせるくらいなら、はじめからこんな諍いなど起きない。

 聖南はただ、見せつけたかった。

 たとえLilyのメンバー全員が徒党を組んだとしても、葉璃には敵わない。

 才能も、華も、仲間との絆も。

 とにかく聖南は、葉璃の頑張りを、悔しさを、憤りを、内に溜めた悲壮を……無駄にしたくなかったのだ。




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