狂愛サイリューム

須藤慎弥

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37・星の終幕

37♡20

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 なんであんなに迫っちゃったんだろ……。

 聖南が受け止めてくれたから良かったものの……。

 うわごとを言ってると思われて、サラッと受け流されてたらもっと恥ずかしい事になってたよ……俺なにしてるの……。

 聖南は、自分の出番の前に俺のピンチヒッターで急遽出演してくれたんだよ?

 あの広いステージで一曲歌って踊るのって、それだけでものすごいエネルギーを消耗するんだよ?

 その後も、ここに来た時間を考えたらきっと、Lilyやアイさんの件で何かしら動いてたはずなんだよ?

 その間、俺は何してた?

 起きたら熱も頭痛も無くて、ただベッドに座って熱狂的なファン目線でテレビに向かい、CROWNを応援してただけだよね?

 いくら、俺の知らないところで聖南が四方八方に手を回してた事が嬉しくてキュンキュンしたからって、何もあんなに迫ることないじゃん……。

 結局俺だけ気持ちよくしてしてもらって、聖南は一人で……なんだよ?

 あれじゃ発情した猫ちゃんみたい……ううん、俺なんかと一緒にしちゃダメだ。そんなの全猫ちゃんに申し訳ない……。


「今度は自己嫌悪タイム?」
「…………っ」


 二回目のシャワーを浴びて戻ってくるなり、聖南は約束の添い寝をしてくれている。

 でも俺は、念願の〝後ろからギュッ〟をされても完全に自己嫌悪賢者タイムに入っていて、黙々と打ちひしがれた。


「忙しいな、葉璃は」
「うぅ……すみません……。聖南さん、ほんとにすみません……すみません……」
「謝り過ぎ」


 何もかも見透かしてる聖南からクスクス笑われてるけど、怒られないだけまだマシだ。

 穴があったら入りたい状態っていうのは、まさに今みたいな心境の事。つい何十分か前にも同じ事を思ったけど、あんなの序の口だ。

 ここどこだか分かってる? なんて言われつつ苦笑いされたら、いたたまれなくなった俺はこの寒空に身を投げていたかもしれない。


「自己嫌悪でぐるぐるしてるとこ悪いんだけど、俺は新鮮かつ懐かしい気分に浸れて、なかなか良かったけどな」
「……新鮮……? 懐かしい……?」
「考えてもみろよ。葉璃とエロい事して挿入ナシなんて、いつぶりだ? 覚えてるかなー葉璃ちゃん」
「…………」


 俺達がエッチな事して挿入ナシなんて……あった?

 頭を撫でられながら、記憶を辿ってみる。すると案外早くそれに辿り着いて、「あっ!」と声を上げた。

 それは聖南がここを退院した後、その足で初めてお家に行った日の事だ。

 コーナーソファーに座って、いい雰囲気になって、シーリングファンがくるくる回ってる下で照れくさいキスをした。

 それから、まだ生々しい傷を抱えた聖南が急に俺のアレを扱いてきて……あっという間にイかされた。

 たしかあの時も、聖南はトイレに行くとか何とか言ってたっけ……。

 そのまま五分以上戻ってこなかったから、大丈夫かなって心配してたあの頃の俺はまだ、聖南に色々教わる前だったんだ。

 ──あれはもう二年も前になるのかぁ……確かに懐かしい。


「思い出した? あの時も葉璃が俺に甘えてくれたんだよな。帰りたくないーって」
「うっ……! そ、そんなこと思い出さなくても……っ」
「あれも俺には貴重な思い出なんだよ。葉璃が俺に甘えることって滅多に無いじゃん。「そんなことないです」とは言わせねぇからな。俺ばっか葉璃にゴロニャンしてっから、葉璃が俺に甘えらんねぇのよ。俺がその隙を作ってやれてねぇんだ」
「い、いえ、そんな……」


 ……と言っても、否定は出来ない。そんな事より、聖南が俺にゴロニャンしてる自覚があるとは初耳だった。

 だからって俺は聖南に甘えてないとも言えなくて。

 中身は無垢な子どもみたいでも、俺を全力で愛そうとしてる聖南と毎日接してると、それに溶かされて浸るのがもはや癖になってる。

 それが当たり前になっちゃってるんだ。

 聖南がそうやって甘やかすから、俺は生意気になったし、ワガママにもなって……今日みたいに調子に乗る。

 あぁ……また自己嫌悪タイムに入りそう……と体を丸めた俺に気付いた聖南が、きゅっと抱いてくる。


「葉璃、頭が痛えって言ってたのは?」
「あっ、全然痛くないです。……っ!」


 お腹に回っていた手のひらが、ぷくっと膨れたたんこぶを避けておでこに優しく触れた。


「ん、熱も上がってねぇな。やらしー事して体温急上昇したらどうしよって心配だった」
「うっ! ……わぁんっ! もうっ、ほんとに俺どうしようもないですね! 聖南さんがそこまで気を回してくれてたのに……! ちょっとだけ、なんて……俺……っ」
「はいはい、分かったからいきなり興奮すんな。騒ぐとナースが飛んでくるぞ」
「うーっ!」


 自己嫌悪タイムが足りない!

 もっともっと俺を叱ればいいのに、どこまでも甘い声で宥めてくるこれも聖南の甘やかしに入ると思う!

 恥ずかしい……ほんとに恥ずかしい……。

 時と場所を考えろってガツンと言ってくれていいのに。叱るどころか「懐かしい気持ちになった」なんて……。

 ぐるぐるが復活した俺は、聖南に羽交い締めされても全然眠れなくて、しばらくカーテンの模様を見つめていた。


「…………」


 ……静かだ。

 場所が場所だからなのか、お家にあるちょっと働き過ぎな空気清浄機が無いからなのか、怖いくらいシーンとしてる。

 背後に居る聖南も黙ったままだったけど、寝息を立ててるようには聞こえなかった。


「……聖南さん、起きてますか」
「んー? 起きてるよー」


 試しに呼んでみると、羽交い締めを強くされながら返事が返ってきた。

 声がまだ眠そうじゃない。

 いつまでも自己嫌悪タイムを引きずっててもしょうがないから、俺は聞きそびれていたあの事を尋ねてみた。


「あの……Lilyは……アイさんはどうなりそうですか?」
「あぁ~……気になる? 知りたい?」
「はい」
「だよな。それに関しては葉璃が当事者だもんな」
「……はい」


 頷くと、聖南はさっき知ったというSHDエンターテイメントの内部事情を、俺に語って聞かせてくれた。

 社長さん不在のなか新しい幹部が三人就任されたその結果、社員さん、Lily、他の所属タレントさん、そしてレッスン生に対してやりたい放題だった……というのを聞かされた時、俺は少しもビックリしなかった。

 むしろ妙に納得してしまったのは、ミナミさんが俺に打ち明けてくれた事がすべて真実だって分かったからだ。

 アイさんと繋がってた事はさすがに匂わせなかったけど、あの時俺に話してくれたのは、どうしたらいいか分からないと嘆いてたメンバーへの印象じゃなく、〝私利私欲に走った〟事務所の人達の事だったんだ。

 ミナミさん達は多少なりとも事務所内の異変に気付いていて、自分たちはこれからどうなるのかって不安で不安でたまらなかったのかもしれない。

 だからみんな、あんなにおかしくなっちゃった……っていうのは良いように考え過ぎなのかな。


「──大本の悪は事務所だ。でもだからってアイツらが葉璃に何してもいいってわけじゃない。責任はしっかり取ってもらう」
「責任って……Lilyが活動出来なくなるのが分かってるのに、俺はこれ以上何も……」
「葉璃はアイツらのこと憎い?」
「え? に、憎いかって……?」
「葉璃がイエスって言ったらすぐにでも動く。どうせいつまでも秘密にしてらんねぇんだ。ヒナタの事が世に出てもこっちは痛くも痒くも無いし、動くなら早い方がいい。もう後手には回らねぇ」
「い、いや……それは……」
「でもな、もし葉璃がノーだって言った場合、動くのは俺じゃない」
「……どういう事ですか?」
「俺は葉璃の気持ちを最優先に考えたい。葉璃のためになるなら、俺はどんな事でもする。ぶっちゃけ他はどうでもいいんだ。葉璃の今の気持ちを聞かせてくれ。俺は葉璃のことが一番大事。大役を成功させた葉璃の意見を尊重する」
「…………」


 俺の……意見……。

 黙った俺は聖南から抱き起こされ、引き締まったお腹に乗せられた。下からジッと、綺麗な薄茶色の瞳が俺を見つめて二の句を待っている。

 憎いかどうか。まだ復讐心があるのか。それとももう……無いって言い切れるのか……。

 人の心は、真っ黒に染まってしまったら二度と元には戻らないの?

 レッスンに打ち込むみんなの姿を知ってる俺は、普段の態度とかはともかく、ダンスにかける情熱だけは少なくとも本気だったように見えた。

 第三者が入ることで、何がどこから狂ってしまったのかが明確になった今……心を透明に戻すチャンスはあげてもいいんじゃないかな。


「……みんなの心に……」
「うん」


 聖南のお腹の上で、俺はボソッと言葉を漏らす。

 急かされないのをいい事に、何分も何分も考えて出した答えを、下手くそなりに紡いでみる。


「みんなの心に、まだ夢を追いかけたいって気持ちがあるなら……サイリュームの星を綺麗だって思う心がまだあるなら……俺はもう、何もかも無かったことにしたいです」
「うん、それってつまり?」
「……聖南さんに何か考えがあるなら、Lilyを何とかしてあげてほしい、です……」


 俺は、「マジかよ」と呆れられる覚悟で自分の気持ちを話した。

 どんだけ善人ぶるんだって揶揄されてしまうのも、覚悟していた。

 でも聖南は、嘲笑しなかった。苦笑も浮かべなかった。

 俺が知ってる限りの一番優しくてやわらかな笑顔で、「あーあ」とため息混じりに呟いて天井を仰いだ。


「葉璃ちゃんったら、マジで俺よりお人好しなんだもんな」
「えぇ?」


 意味が分からなくて首を傾げると、聖南はすごく自信満々に、得意気に、俺に笑ってみせた。


「葉璃ならそう言うと思ったよ」


 最初から俺が言いそうな事を予想していて、それが見事的中したらしい。

 さっきはあんなに控えてたのに、俺をむぎゅっと抱きしめてくる聖南は、俺の事なら何でも分かるんだとでも言いたげだ。

 ステージの上ではあんなにきらびやかでかっこよかった聖南は今、八重歯を覗かせて可愛くニコニコしている。

 そんな聖南に、俺がときめいてる事は分かってるのかな?

 俺達は何百回も体を繋げてきた。それだけたくさん愛し合うと、心まで同化してきちゃうのかもしれないね?

 ──と、俺の生意気な考えを言うには聖南の笑顔は無邪気すぎた。


「お人好しめ」
「……聖南さんこそ」
「フッ……」


 このとき唐突に、この人を好きになって良かったって思った。

 俺の言葉に真剣に耳を傾けてくれて、理解してくれて、同じ道を進んでいる人に出会えて、良かった……って。












To Be Continued...
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