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41❤︎新境地
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腹ペコの葉璃は、聖南の「何食いたい?」に対し間髪入れずに「お肉が食べたいです、出来ればたくさん」と胸を張って言った。
聖南は恭也にも同じ質問をしたのだ。だが彼は、少しも迷うことなく「葉璃の食べたいもので」とはにかんで答えた。
ともなれば、肉一択。
煮るか焼くかのどちらがいいだろうと店の目星をつけ始めた聖南の背後で、葉璃がぼそりと「あの焼き肉屋さん美味しかったなぁ」と呟いたことですぐに店が決定した。
そこは、葉璃が緊急任務を託され頭から湯気を出しながら手話を覚えた後、ダンサー連中も引き連れて行った高級焼肉店だ。
聖南が連絡を入れると、何も言わずとも必ずVIP用の個室を提供してくれる話の分かる店である。
「……うぅ……」
個室に一足早く到着した聖南達は、四人で掛けるには広過ぎる掘り炬燵式のテーブルで、三十分ほどで来るという佐々木を待っている最中であった。
……が、着席して五分も経たないうちに葉璃の様子がおかしくなった。
「唸ってないで、いいから頼めって」
「大丈夫です。佐々木さんを待ちます。先に食べちゃうなんて失礼です。……うぅ」
店中に立ち込める香ばしい匂いにやられた葉璃が、先ほどからこの調子なのである。
テーブルに顎を乗せ、今日ばかりはうさぎというより大きくてフサフサの三角形の耳をしょんぼりと垂れさせていた。
「葉璃……可愛い……! 待て状態の、ワンちゃんみたいだよ」
「佐々木さんが来るまでは……! うぅ……っ」
「恭也、もう適当に頼んでやって。分かってると思うけど金額は気にしなくていいからな。俺はこの腹ペコわんこをなだめとく」
「ふふっ……はい」
この子何言っても聞かねぇ、と苦笑した聖南に頷き、恭也がタッチパネルを操作し始めた。
隣で〝ガルル……〟と言わんばかりに網を睨みつけている葉璃の頭を撫でていると、聖南の口元が苦笑からニヤけに変わっていく。
こうして遠慮なしに空腹を訴えてくるようになったのは、ここ半年ほどだ。
未だ本人に大食いの自覚が無いのは納得いかないが、聖南の顔を見ると「お腹が空いた」とぼやく葉璃を愛おしいと思う。
佐々木の到着を待たずして食事を開始するのは失礼にあたると、今にもよだれを垂らしそうな風貌で我を通そうとするところも可愛くてたまらない。
「お、美味しそう……っ」
「それマジで言ってる? まだめちゃめちゃ赤いぞ、肉」
「あはは……っ! 葉璃、先にスープ、飲んでて? ほら、冷麺とキムチも、すじ煮込みも、あるよ」
「わーい!!」
恭也の見立てで運ばれてきた肉を、恭也と聖南でせっせと焼いている様を葉璃がキラキラの眼差しで見ていた。
焼けていないうちから口に運んでしまいそうなので、隣に居る聖南が葉璃の前にすぐに食べられそうなものを置いていく。
嬉しそうに「いただきます!」と言って割り箸を割った葉璃は、魅力的な食べ物を前にすでに自身の発言を忘れているようだ。
大盛りご飯を手放さず、両手を上げて喜んでいる葉璃に、恭也と聖南の目尻は下がりっぱなしである。
「── 葉璃!」
そこへようやく佐々木が到着した。
個室の扉を開くなり、数年ぶりの再会のごとく大声を張り上げた佐々木に三人の視線が集中する。
「あっ、佐々木さん! こんばんはーっ」
「佐々木さん、お疲れ様です」
「お疲れー。派手な登場だな」
個室内を見回した佐々木は、右手にトングを持った恭也に気付き冷静に「お疲れ様です」と頭を下げ、彼の隣に落ち着いた。
いかにも元気そうな葉璃に、ホッとした表情を浮かべる佐々木はさっそくタッチパネルを操作している。
「体は大丈夫なのか?」
「もうすっかりよくなりましたよ。あの日、いっぱい迷惑かけてすみませんでした。あと、今も……我慢できなくて先に食べ始めてしまいました……すみません……」
「いいんだ、そんなことは。そもそも迷惑だとは思っていないからな。大蔵省はセナさんだ、遠慮なくたくさん食べろ」
鉄仮面が崩れ去る瞬間を、聖南と恭也は目の当たりにした。
ふっと優しげに微笑む佐々木の笑顔を見慣れているのか、葉璃も当たり前のように笑い返している。
その間も葉璃の箸は止まらない。恭也から聖南へ、聖南から葉璃へ渡った肉達はどんどんと未知の胃袋へ吸い込まれていく。
「あの……佐々木さん。風助さんにも、お詫びをお伝えしたいんですけど……」
大盛りごはんの二杯目が到着するまでのつなぎに、サンチュをそのまま食べている葉璃が三人には本物のうさぎに見えた。
もじ……と上目遣いを寄越された佐々木は、来て早々に頼んだノンアルコールビールに口をつけて魅惑の視線から逃れる。
代わりに、トング片手に激辛キムチを咀嚼していた聖南が葉璃の上目遣いを引き受けた。
「風助って、あの黒髪の?」
「そうです。俺を病院まで送ってくれたの、たしか風助さんだった気が……」
「覚えてたんだ。風助のこと」
「もちろんですよ! 少し怖そうでしたけど、実は優しい人なんだろうなっていうのが滲み出てました。佐々木さん、もし迷惑じゃなかったら、風助さんに連絡してもらえたり……」
聖南と恭也は、驚きをもって葉璃を見つめた。
葉璃がここまで言うとは意外だ。
仕事始めの初日に関係者全員に謝罪回りをしたという葉璃が、その件で迷惑をかけた(と思っている)風助をずっと気にかけていたなど、聖南は少しも気付けずにいた。
人見知りの葉璃が自ら連絡を取ってほしいと願い出たことも、聖南と恭也が顔を見合わせるほどには異常事態だった。
「分かった。出るか分からないが今電話してみよう」
「ありがとうございます!!」
「あ、でも一つ言っとくけど、風助は極端に感情表現が乏しい男なんだ。セナさんとか恭也とか、葉璃の周りにいる男たちみたいな対応をするとは限らない。それでもいいなら通話かけてみる」
「それは全然大丈夫です! すみませんとありがとうございますをお伝えしたいだけなので!」
「……分かった」
目の前のご馳走と、新たに運ばれてきた大盛りごはんの誘惑と戦いながら、葉璃はスマホを操作する佐々木を凝視している。
聖南もあの翌日には佐々木を介して風助に礼を伝えたけれど、直接話せるならその方がいいと葉璃のハツラツとした横顔を見ていて思った。
「風助って今高校の先生だったよな。そんな冷たい対応しねぇだろ」
「えっ、風助さんって先生なんですか!?」
佐々木の動向を窺いながら呟くと、瞳と頬をまん丸にした葉璃が聖南の言葉に食い付いた。
「あぁ、たしか数学だったかな」
「へぇ……! 意外ですね……!」
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