狂愛サイリューム

須藤慎弥

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43★CM撮影〜三日前〜

43★2

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 この葉璃の表情は、セナさん絡みで照れた時にしか見ることが出来ない。

 行儀が悪いんだけど、俺は長机に肘をついてしばらく葉璃が照れてる様子をジーっと眺めた。

 ん、……と。なになに? 「そういえば最近してないかも」?


「…………」
「…………」


 ほっぺたをピンク色に染めた葉璃が、ポツリと呟いた台詞を聞き逃さなかった俺はさすがだと思う。

 ── 〝最近してない〟、か。

 やっぱりセナさんは、葉璃のことを大事に思ってくれている。

 翌日のことを考えて時間が少なめになったというセックスは、たぶん……してる。直近だと、俺の予想ではレッスン中ほんの少し動きが鈍いように感じた、一昨日。

 だから〝してない〟っていうのは、おそらくキスのことだ。

 葉璃のことが大好きでしょうがないセナさんが、一度や二度のキスで終わるはずがない。

 唾液で濡れた唇を放っておくと乾燥の原因になるって、葉璃がそんなことを気にするようなタイプでもないし。葉璃の唇を見る限り、セナさんがかなり気を回してくれてるんだろう。


「ねぇ葉璃。CM関係なく、唇のケアは、大事だよ。貰ったリップクリーム、持ってきてない?」
「それなら持ってきてるよ!」
「あれ、俺も気に入って、最近いつも、持ち歩いてるよ。気になるなら、塗っておいたら?」
「う、うんっ」


 元気よく頷いた葉璃は、パーテーションの向こう側にある私服のポケットを漁りに行った。そして、「ジャーン」と得意げな表情と共にリップクリームを覗かせている。

 ……可愛い。

 こんなあざとい事されてるのに、これが無自覚だって知ってる俺には〝可愛い〟としか思えない。


「ん、葉璃? 何か落とした?」


 ちゃんと持ってきてたんだね、と褒めてあげようとした俺の耳に、カシャンと何かが落下する音が聞こえた。

 問うと、慌てて拾い上げている動作音がする。


「あっ……」


 何かを拾った葉璃が、大事そうにそれを両手で握り締めて俺の隣に戻って来た。


「わぁ、綺麗なキーホルダーだね」


 葉璃がリップクリームと一緒に握っていた物を見せてくれたんだけど、それはピンク色の星形のキーホルダーだった。

 まるで形見か何かみたいに、ものすごく大切な物のように愛おしげに眺めている。


「うん。これ……聖南さんがロケに行った帰りにお土産で買ってきてくれたんだ」
「へぇ、お土産に?」
「うん……」


 セナさんが葉璃に買ってきた、と聞いてすぐにピンときた俺って、やっぱりセナさんと考え方が似てるのかな。

 この色を選んだ意味は分からなかったけれど、どうして葉璃に星形のものを贈ったのか……セナさんの意図がちょっとだけ分かってしまった。


「インカローズっていうパワーストーンで、バラ色の人生っていう意味なんだって。この濃いピンク色はポジティブカラーだから、仕事中に持ってたらお守りになるんじゃないかって……」
「そっか」


 さっきとは様相の違う照れくささを滲ませた葉璃が、少しデコボコした断面に触れながら説明してくれた。

 まったくもう……。この二人って、どうしてこんなに微笑ましいんだ。

 セナさんがこのキーホルダーを様々考えて選んだ理由も、それを感激の面持ちで受け取ったであろう葉璃の気持ちも、どちらも温かくて優しい。

 〝葉璃を取られた〟と落ち込んでいた頃の俺に、今の心境を聞かせてあげたい気分だ。

 親友と取られた嫉妬心なんか起こさせないほど、セナさんはこんなにも葉璃を大事に愛してくれる人なんだよ。


「ふふっ……葉璃にCMの仕事が決まって、セナさんが一番、喜んでるのかもしれないね」
「そうかな?」
「俺たちは、おめでとう、だったけど、セナさんは……〝良かった〟って、思ってるんだよ。心の底から、ね」
「…………?」


 幸せそうな葉璃に、俺は一ついいことを教えてあげようと思った。

 余計なプレッシャーを与えかねないから、あえてセナさんは自分の気持ちを話さないんだろうから。

 だから葉璃は、バックショットにドギマギはしていても、CM撮影にまだそれほど緊張感を持ってないんだ。


「ねぇ恭也、どういうこと……?」
「いつも葉璃は、秘密にしてないといけない任務、ばかりだったでしょ。でも葉璃って、俺たちには絶対に無理だって、諦めちゃうような仕事でも、やり遂げてしまった。全部ね。しかも葉璃は、それを誰かに受け入れてもらおうとは、しない。人一倍努力してるのに、それを一切ひけらかさない。普通は、頑張った分、褒めてもらいたい、認められたいって思うものでしょ? でも葉璃は、そういう欲が一切無い。セナさんは、歯痒かったんじゃ、ないのかな」
「…………」


 葉璃は才能の塊だっていうのに、頑張り屋さんで、努力を惜しまなくて、我慢強い。

 緊急任務は限られた人にしか分かり得ないもので、これからも世間や業界には隠しておかなきゃならない事もあって。

 セナさんは、葉璃の才能を埋もれさせているって心苦しい思いを抱えてたんじゃないのかな。

 時期を見てヒナタの件を公表すると決めたのも、きっとそういう事なんだ。

 葉璃はもっと、世の中に認められていい存在。

 どうすれば葉璃の根本にある気質を変えられるかって、セナさんが思案していたんだとしたら……。

 今回の大役は、まさに絶好の機会だとセナさんなら思うだろう。

 〝良かった、これで葉璃のこれまでが少しは報われる〟って。


「歯がゆかった……? 聖南さんが? ……なんで?」


 自分の努力にも才能にも過信できない葉璃には、きっと分からないよね。

 でもそこが、葉璃のいいところ。みんなが葉璃を好きになる、長所と言っていい。

 もったいぶった俺は、葉璃がよりセナさんを好きになっちゃうであろう〝いいこと〟を教えてあげた。


「葉璃、ケイタさんとの緊急任務、覚えてる? 〝あなたへ〟の手話、二時間で体に入れて、二日後の本番も、完璧にやり切ったよね」
「……か、完璧かどうか分かんないけど……」
「セナさんね、葉璃がステージに立ってる本番中、袖で言ってたんだよ」
「えっ、な、なんて……っ?」
「〝葉璃のことが誇らしい〟って」
「え、……っ」


 大きな目を見開いた葉璃が、キーホルダーをきゅっと握り締めた。


「セナさん、すごく嬉しそうだったよ。葉璃の晴れ舞台を一番楽しみにしてて、一番期待してて、一番応援してくれてるのは、セナさんなんだろうね」
「…………っ!」


 俺は本当に、セナさんの足元にも及ばない。

 本人の居ないところで、葉璃にこれほどいろんな表情をさせられるのはセナさんだけだ。

 誰が何と言おうと、葉璃は〝ETOILEのハル〟。

 このキーホルダー 一つで、葉璃が世間に受け入れられた喜びを人一倍噛み締めているのがセナさんだってことが、よく分かった。




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