狂愛サイリューム

須藤慎弥

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45♡撮影当日

45♡2

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「あはは……っ、二人してハルくんを褒めちぎって追い詰めちゃダメだよ。本番前のハルくんがこんなに落ち着いてるの珍しいんだから、狼狽えさせないでくれるかな?」
「そらすまん」
「すみません」


 ……なんて素直に謝ってる二人だけど、たしなめた林さんじゃなく俺を見てニッコリ笑ってる辺り、全然反省してるようには見えない。

 いや、別に反省するほどのことでもないんだけどさ。

 反応に困っちゃうだけで、二人がそばに居て微笑んでくれてれば俺は何言われたっていいんだ。

 ここに聖南が居たらな……って思わないこともないけど、俺のために色々動いてくれてるのを知っててこれ以上ワガママは言えない。

 お昼を過ぎたら、聖南もアキラさんもケイタさんも来てくれるって言ってた。

 だから……がんばらないと。

 ステージの上で勝手に作動するスイッチを、今日は自分で押してきたんだ。

 関わってる人たちに迷惑だけはかけないように。

 俺の都合で撮影が長引かないように。

 とにかく、がんばるしかない。


「── ハルさーん! 衣装の準備が出来ましたので隣の控え室にお願いしまーす!」


 こっそり気合いを入れた直後、撮影のスタッフさんが慌ただしいノックの後に俺を呼び込みに来た。

 ビクッと肩を揺らして反応した俺の代わりに、林さんが「今向かわせますー」と返事をしてくれる。

 隣の控え室に来るよう伝えに来てくれたスタッフさんは、たった五秒で用事を終えて去って行った。

 でも忙しないのは、あのスタッフさんだけじゃない。気付けば俺たちの居る楽屋の外が、かなり賑やかになってきてる。

 バタバタと通路を走る足音がいくつも聞こえるし、遠くの方では機材を動かす大きな音、撮影スタッフさんに指示を飛ばす男の人の大声なんかも耳に入ってきて、途端に緊張の波がぶわっと押し寄せてきた。


「ハルポン。いよいよやな」
「頑張って、葉璃」
「う、うん……」


 立ち上がった俺の背中を、優しくさすってくれるルイさん。

 手汗をかいてびちょびちょになった手のひらを、濡らしたタオルでそっと拭いてくれる恭也。

 俺たちの様子を穏やかに見守ってくれてる林さん。

 あぁ……どうしよう。

 俺なんかのために、みんながこんなに優しい。

 撮影は一人ぼっちだけど、カメラの向こう側には大好きな仲間が居てくれるんだ。

 緊張なんてしてる場合じゃない。


「二人とも、……見ててくれる?」
「もちろん」
「当たり前やん。スタッフ押しのけてでもガン見しといたるわ」
「えっ? る、ルイさん、スタッフの方に迷惑はかけないでくださいね?」
「分かっとる。押しのけそうになったら、恭也が止めてくれるやろ」
「ふふっ……。止めるの、俺なんですか」


 うぅ……! 息ピッタリの二人が眩しい。

 離れがたいよ……。

 行かなきゃって分かってるのに、足が重たい……。

 あったかくてほんわかした気持ちでいられるここに、ずっと居たいと思っちゃうよ。


「い、行ってきます……」


 でも俺は意を決して、三人に手を振った。

 がんばって、と笑顔で送り出された俺は、バスローブの腰紐をぎゅっと握って楽屋を出た。すると、通路を行き交ってるスタッフさんが、隣に移動するだけの俺を見つけるなり立ち止まって挨拶してきた。

 俺なんかにそんなことしなくていいのに……と恐縮しながら、俺もペコペコと頭を下げる。

 そして、スタッフさん達の視線から逃れるように指定された部屋の扉をノックした。

 ──コンコン。


「……失礼しまーす……」
「あ! ハルさん!」
「お待たせしてごめんなさいね!」
「い、いえっ……!」


 わわっ、ビックリした……!

 扉のすぐそばで待機してたらしい二人の女性に囲まれた俺は、その場で両腕を取られて奥に連れられた。

 バッチリメイクのやり手そうな二人が首から提げてるのは、コンクレの社員証だ。横顔に見覚えがあるような気がしたのは、本社での打ち合わせの時に見たことがあったからだった。


「まずはこの衣装に着替えてください」
「えっ?」


 き、着替え……?

 首を傾げた俺に、背の高いポニーテールの女性がどこかの学校の制服を手渡してきた。


「次はこれ、その次はこれ。……それから予定通り、バックショットはラストになります」
「打ち合わせでもご説明させていただきましたが、学生服でニパターン、社会人で二パターンを撮ってからラストです!」
「あ、あぁ……そうでした。すみません、もう裸になるのかと……」
「いきなり? やだなぁ、ハルさんったら」
「テレビのイメージ通りですね! 可愛いっ」
「……すみません……」


 そうだ……頭の中が真っ白になりかけていて忘れてたけど、俺は今日バックショットの他にも着せ替え人形みたいに四回も着替えをするんだった。

 雑誌の撮影で慣れてるとはいえ、「そんなにたくさん……?」とあからさまに狼狽えた俺は、二人からクスクス笑われてしまう羽目になった。

 撮影の流れも絵コンテもばっちり頭に入ってるのに、今さらオロオロするなんておかしい。

 笑って済ませてくれた二人に、俺は「ハハハ……」と愛想笑いを返すと、すぐさまカーテンで仕切られた試着室みたいな一角に促された。


「ハルさん、学生時代の制服は詰襟でしたか?」
「あ、いえ……ブレザーでした」
「着方は分かりますか?」
「たぶん……」
「分からなかったら声を掛けてください」
「は、はい……ありがとうございます」


 カーテン越しにそんな会話をしながら、俺は早速新品の匂いがする学生服に袖を通した。

 詰襟の制服は、中学校以来久しぶりに着る。ネクタイを締めなきゃいけないブレザーよりも、ボタンを止めるだけだから簡単に着られた。

 それにしても……。


「…………」


 ……うん……俺って恥ずかしいくらいの童顔だな。

 狭い空間だけど、そこにはご丁寧に姿見鏡があって、嫌でも自分の姿が目に入る。

 おかしいな……。

 俺もう高校を卒業して一年以上が経ってるのに、この制服を着てると新一年生みたいに見える。

 在校生じゃない。春に入学する予定の〝新入生〟だ。

 いくらターゲット層が広範囲だからって、さすがに俺が学生を演じるのはムリでしょ……なんて心配は無用だった。

 ただこんなに学生服で違和感が無いと、逆に社会人バターンで用意されてる衣装が似合わないんじゃないかと不安になる。

 どんなに背伸びした衣装を着ても、〝休日の学生〟になっちゃわないかな。


「……あ、満島さん来たっぽいですね」
「予定より二時間も早いじゃない」


 え、えぇ……っ?

 自分でも似合いすぎてる詰襟に着替えた俺は、出て行こうとしたカーテンを握ったまま固まった。


「ほんとだ。頭から見学するつもりなのかな」
「私は見学だとは思っていないわよ」
「ですよねぇ。こわーい」
「まったく。見学を許可するなんてどういう神経してるのかしら」
「私たちもですけど、ハルさんが動揺しちゃいますよね」
「本当にね」


 えぇ……っ、えぇ……!

 ちょ、ちょっと……っ、二人の会話、丸聞こえなんだけど……!

 どうしよう……満島さんがもう来ちゃってるというヤバい事実と、それをあんまり良く思ってなさそうなコンクレ社員二人の会話を聞いてしまった。

 二人がヒソヒソ話をしてるつもりだったら、今俺が出てくと会話に水を差す。

 撮影が押してもいけないから急がなきゃなのに、俺は目の前のカーテンを握り締めたまま少しの間立ち尽くした。



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