484 / 632
45♡撮影当日
45♡12
しおりを挟む聖南に見つめられて胸がいっぱいになった俺は、以心伝心したみたいにふっと笑みが溢れた。
だって聖南は、毎朝、毎晩、そんな雰囲気じゃない時でも当たり前のように「葉璃ちゃん、好き」と言ってくる。
ちょっぴりこわい真顔の時もあれば、二重の綺麗な目を細めてニッコリ笑いながらの時もあって、ちなみに時と場所は選ばない。
サプライズ好きな聖南は、いきなり、何の前触れもなく言うことが多い。ふとした時に俺のことが好きだって気持ちが止められなくなって、つい口走っちゃうらしいんだ。
例えばそれは、お腹が空いた、眠たい、〝シたい〟という三大欲求と同じなんだって。人間の本能的なものの一つに、俺への愛情表現が加わっただけのことだって聖南は笑っていた。
俺はいつも、そんなことを恥ずかしげもなくさらりと言う聖南の顔を見上げて、めいっぱい照れるんだ。
そんなこと急に言わないでくださいよって。
嬉しいくせに。ほっぺたが緩んじゃってどうしようもないくせに。ホントは俺だってサプライズで返したいと思ってるくせに。いつだって先を越す聖南に、俺は貰った愛情の半分も返せないくせに。
「…………」
「…………」
ここが神聖な現場だってことも、十人や二十人どころじゃない大勢の大人たちの視線が集まってることも忘れて、俺への愛で溢れた瞳に釘付けになって数秒。
二人だけの世界に入り込んでいた俺の耳に、とんでもなく大きな監督さんの声が轟いた。
「カーーッット!!」
スタジオ中に響くようなその大声に、俺はビクッと肩を揺らす。
熊さんの影に隠れちゃって存在感が薄かった監督さんの、今日一番の大きな声はもう一言付け加えられた。
「OKー! いただきまーす! ハルさんお疲れ様でしたー!!」
「…………っっ!?」
え、っ……!? うそ……?
OKもらえた……っ?
それじゃもう、今この瞬間にクランクアップしたってこと……?
三十分以上かけて何回撮り直してもOKが出なかったシーンなのに?
それが、一分にも満たないこの一回だけで、……?
信じられない……と俺が振り返ろうとしたその時、すかさず聖南が近付いて来た。
「おいおい、ETOILEのハルは前面NGなんだぞ」
「あ、……!」
ムスッとした聖南から、はだけたバスローブをきっちりと前で結ばれる。大勢の前で乳首を晒しそうになったからとはいえ、俺は男なんだしそんなに過敏にならなくていいのにな。
ちょっと苦しいくらい腰紐を締められて「うっ」と呻いた俺に、聖南はまた、さっきと同じ調子でこう言った。
「頑張ったな、葉璃」
「え……」
「頑張ったじゃん」
「…………っ」
右手をポン、と俺の頭に乗せて、今度は八重歯を覗かせた満面の笑みを浮かべて労われた。
見上げると、たった今見つめ合っていた数秒間の無表情は何だったのってくらい、俺もよく知るヤンチャな笑顔に戻っていて目が離せない。
「聖南、さん……っ」
俺の下唇が、プルプルと小刻みに震え出した。
クランクアップにホッとした気持ちと、今ようやく気付いた聖南のカッコ良すぎる気遣いと思惑に、俺は感激してしまったんだ。
── 〝自然体〟。
それは、俺みたいに演技を学んでいない人がいくら考えたって、どうにか正解を捻り出そうとしたって、簡単には出来るはずもないことだった。
巻きで撮った四パターンの撮影風景を、聖南は見てない。それなのに聖南は、「頑張ったな」と労ってくれた。
それまでの俺の頑張りを、全肯定した。
折れかけた心がポキッと真っ二つに割れちゃわないように、俺の性格を熟知した聖南のこれ以上ない発破のかけ方。
「お疲れ、葉璃」
「聖南さん……っ!」
「楽屋で待ってるよ」
「……っ、はい……!」
涙腺が弱くなってるところに、そんな優しい声……卑怯だよ。
ずるいよ。
カッコ良すぎるよ……。
最後まで〝ちょっと過保護な先輩〟のままでいてくれた聖南が、俺にニコッと笑うと熊さんの方へ歩んで行った。
腰紐をぎゅっと握った俺は、六時間超えの撮影をやりきった満足感と同じくらい、最後の一分間にたまらない愛おしさと感謝を抱えて聖南の背中を見つめた。
「セナくん、今日は特例だからな~?」
「ンなこと言って、撮影秘話が出来てオイシイと思ってるくせに。違うか、瓜生さん?」
「タハーッ! セナくんにはお見通しだったか!」
名前で呼び合う聖南と熊さんは、顔見知りって程度じゃなさそうなほどやけに親しげだ。
ケイタさんもアキラさんも熊さんのことは知ってたし、その二人より芸歴が長い聖南も当然知り合いだったみたいで……。
「ったりめぇだろ。何年の付き合いだと思ってんの。知った仲だからって、あちこちで俺に似てるとか言いふらしてんの知ってんだからな」
「言いふらしているわけじゃないさ! だって本当にボクとセナは似て……」
「ない。似てる要素が一つも無い。……あ、いや、あるわ。一つだけあった」
「だろぉ~!?」
「タッパだけ、な」
「え~~!? それだけ~~っ!?」
聖南は追い討ちをかけるように、「俺に似てるなんて見栄は二度と張るな」と言って、どうやらあの冗談は本気だったらしい熊さんをしょんぼりさせていた。
その何気ない会話を、こんなに温かでホッとした気分で聞けるなんて三十分前の俺は夢にも思わなかった。
心なしか、スタジオ内がとっても明るく感じる。
撮影機材を片付け始めたスタッフさんたちの表情も、動きも、最中とは打って変わって晴れやかだ。
「あっ……」
周囲に目を向けられるようになると、右斜め前方に恭也とルイさん、アキラさんとケイタさん、成田さんと林さんの六人が固まって居るのに気付いた。
六人全員が、笑顔で俺に手を振っている。そしてこの、大きな音が響くなかでも「お疲れー!!」とよく通る声で叫んでる主は、ケイタさんとルイさんだ。
その二人は、それぞれアキラさんと恭也に引きずられるようにしてスタジオを出て行ったけど、ここでも俺はまた視界が滲んでしまった。
みんな……あんなところから見ててくれたんだ。
俺の情けないNGシーンも、あっという間だったOKシーンも、ぜんぶ見られてたのは確かに少しだけ恥ずかしい。
だけど、それを上回るのは「見守ってくれてありがとう」の気持ちだ。
マネージャー二人以外は全員、演技経験者なんだもん。「出来ない」俺に声をかけたくてたまらなかったんじゃないかな。
さぞかしジリジリしながら見てたに違いない。
「……聖南さんも……ありがとう……」
みんなが撤収作業で忙しなく動き回ってる中、こっそりと聖南への感謝を呟いた俺は、バミリからほとんど変わらない位置で棒立ちになっていた。
聖南が居なかったら、もっともっと時間がかかってみんなに迷惑をかけて、撤収作業進むこの場所が過去最高の緊張感に見舞われていたと思う。
〝頭では分かってても、自分で止められるものじゃない〟……これを聖南が視線だけで俺に伝えてきたのは、ホントにすごい。
余計な言葉は要らない。ただ寄り添って、安心感を与えて、今までやってきたことは無駄じゃないということを、聖南は俺に教えようとしたんだ。
俺が熊さんに要求されたことすべてを、聖南が知ってたのかは分からない。でも一番難しかった〝自然な微笑み〟にOKが出たってことは、俺は聖南に向かってそれを浮かべていたんだよね。
毎日の日課になっている聖南との〝好意の挨拶〟を思い出したことによって、俺は葉璃のままで大胆な自分を出してしまった。
今日の怒涛のような一日が、どんな十五秒CMとして出来上がってくるんだろう……。
楽しみなような、こわいような……。
4
あなたにおすすめの小説
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
灰の底で君に出会う
鮭茶漬け
BL
両親を亡くした高校生、神崎透は叔母の家に引き取られて暮らしている。しかしその家は、家族と呼べる場所ではなかった。家事、雑用、そしてバイト。どれだけ働いても感謝されることはなく、透は「穀潰し」と呼ばれながら日々を過ごしていた。
それでも透は思っている。ここに置いてもらえるだけでありがたい、と。
これは――居場所を持たなかった少年が、初めて愛を知るまでの物語。
氷の婚約者様に破談を申し出たら号泣された
楽矢
BL
目が覚めると、レースの牢獄のような天蓋付きベッドの上だった。
何も覚えていない出来損ない下級貴族ミラ。無能だクズだと冷酷な罵詈雑言を浴びせてくる氷の騎士セティアス。
記憶喪失から始まる、2人のファンタジー貴族ラブコメディ。
----------
※注)
かっこいい攻はいません。
タイトル通りそのうち号泣しますのでご注意!
貴族描写は緩い目で雰囲気だけお読みいただけると幸いです。
ハッピーエンドです。
激重感情をこじらせた攻→受な関係がお好きな同志の方、どうぞよろしくお願いします!
全16話 完結済み/現在毎日更新予定
他サイトにも同作品を投稿しています。
様子を見ながらそのうち統合するかもしれません。
初めての一次創作でまだよく分かっておらず、何かおかしなことをしでかしていたら申し訳ないです!
守り守られ
ほたる
BL
主治医 望月診療所の双子医師
患者 瀬咲朔
腸疾患・排泄障害・下肢不自由
看護師
ベテラン山添さん
準主人公 成海真幌 腸疾患・排泄障害・てんかん
木島 尚久 真幌の恋人同棲中
強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない
砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。
自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。
ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。
とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。
恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。
ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。
落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!?
最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。
12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる