501 / 632
46❤︎最善策
46❤︎7
しおりを挟む葉璃の首筋に鼻を埋めた聖南は、いつまでも二人の間にクッションが挟まっている事にムッとして、やんわりとそれを取り上げた。
「あっ」と不満そうな声を上げるも、葉璃は取り返そうとしない。むしろ、「どういう意味ですか?」と赤みの引かない両頬を庇いながら問うてきた。
「俺と離れたくない、って……?」
「座って話しようか」
「……はい……?」
言い渋っていても、いつかは言わねばならない事だ。
どうにか葉璃の思考が妙な方向へ突っ走らないよう、まずは自身の想いを吐露した聖南だったが、甘ったるいメロドラマを鑑賞直後の葉璃は当然ながら何が何だか分かっていない。
聖南は、奪ったふわふわクッションを葉璃に返すと、彼の肩を抱いてソファへと歩いた。葉璃の定位置である角に腰掛けさせ、その隣に隙間なくピッタリと座る。
首を傾げた葉璃の視線は感じていたが、ひとまず「ふぅ」と深呼吸し、伝えなければならない事を頭の中でまとめた。
とはいえ聖南は回りくどい話し方が苦手なので、葉璃が驚愕するだろう事は承知の上で結論から言ってしまう。
「── しばらく……別居しようと思うんだ」
「……っ、別居っ? 俺と聖南さんがって事ですか?」
「……そう」
「…………」
ちら、と横目で葉璃の様子を窺った。
すぐに聖南の言葉を理解した葉璃は、それまで見詰めていた聖南の横顔からふと視線を逸らし、大きな目を見開いている。そしてゆっくりと瞬きを繰り返した後、「そうですか」と一言呟いた。
葉璃はそれから少しの間、人形と化した。
真っ暗になった巨大なテレビ画面を呆然と見詰め、両手でクッションをギュッと握る様はひどく危なげだ。
あまり沈黙を置くと、葉璃お得意のぐるぐるが始まってしまう。
「あのな、葉璃。聞いてくれ。断じて、この生活が嫌になったとかじゃないんだからな? さっきも言ったけど、俺は葉璃がここに居てくんなきゃまともに衣食住できるか不安なくらい、葉璃との生活が俺に馴染んでるんだ。出来ることなら離れたくはねぇ」
「……そうしなきゃならない事情があるって……言いたいんですよね?」
「あぁ、もちろん。それを今から話す」
「……はい」
取り繕うように早口で言った聖南を、葉璃は思いの外しっかりと見返してきた。
もしも不安そうに瞳を揺らしていたら、聖南の覚悟が折れて先を話しにくくなると心配だったが、その後もそんな事はなく。
康平との通話内容の一部始終を語って聞かせ、証拠として送られてきた例の写真を葉璃に見せた際もまったく取り乱さなかった。
何度か相槌を打っていた葉璃がやけに落ち着いて見え、聖南の方が驚いていたくらいだ。
もしやそう見えるだけで、心の中では不安がぐるぐると渦巻いているのではないかと葉璃の表情を注視していたけれど、聖南には何の異変も感じられなかった。
「やっぱり繋がってたんですか、レイチェルさん……」
葉璃の落胆した声に、聖南は「あぁ」と小さく頷く。
落ち着いているどころか、葉璃はきちんと状況を把握していた。
一年前の彼からは想像も出来ない。
聖南の言葉などうわの空で〝別居〟の二文字が脳内をぐるぐると回り、ろくに会話も出来なかった頃が懐かしく思えるほど葉璃は冷静だ。
「……康平のところにきてんのは、マスコミが持ってる世に出す予定の情報。つまり報道規制が解除されたと同時にばら撒くつもりの、すでに出来上がったネタだ」
「はい……」
「普段だったら、そんなの捏造なんだからほっとけって言えるんだけど。ただ今回は……」
「俺と聖南さんのこと、レイチェルさんにバレちゃってますもんね」
「……そういう事」
「別居」には狼狽したようだが、聖南がなぜそう言うに至ったのかを知ると、彼も〝それが最善策だ〟と言わんばかりの物分りの良さであった。
未だ報道規制が敷かれている業界には暗黙のルールがあり、それが解かれない限り彼女が広めたい〝事実〟が世に出ることはない。
しかしレイチェルは、聖南と葉璃の今後を脅かす〝真実〟を知ってしまい、着々と裏取りを進めている。
彼女にとって都合の良い話を触れ回るためとはいえ、マスコミと結託しているというのが厄介なのだ。
いつ、どのタイミングでその特ダネが売られてしまうか分からないとなると、葉璃も神妙に頷いていた、〝レイチェルを諦めさせる事〟が今一番の課題である。
逃げもせず、悩んでいる様子もない葉璃の肩を抱き、甘えるように頭を寄せた聖南は続けた。
「葉璃、俺たちが離れといた方がいい理由、もう一つあるんだ」
「…………?」
「俺に密着取材の仕事がきてる」
「え!? そうなんですか!?」
「ん。俺の返事次第ではすぐに取材開始らしい」
「み、密着、取材……」
「俺もこの手の仕事は受けた事ねぇから、勝手がさっぱりだ。どこからどこまで追いかけてくんのか。さすがにプライベートまで踏み込んできたらNGかけるけど、成田さんが言うには今この仕事を断るのは得策じゃないんだと」
「それは……」
多くを語らずとも、〝密着取材〟が何たるかを葉璃は何となく察したのだろう。
離れる決断をした理由が一つではなかった事で、聖南の本気を感じ取った葉璃の視線がやや下方に落ちていく。
どうにか離れなくて済む方法は無いか、この短い時間の中で葉璃も考えてくれていたのかもしれない。
「葉璃はどうしたい?」
「お、俺ですか? 俺がどうしたいか……?」
聖南は立ち上がり、行儀は悪いがテーブルに腰掛けて前屈みになった。しょぼんと項垂れているように見える葉璃の表情を、もっとよく窺うためだ。
「そう。離れた方がいいと思う?」
「えっ、いや……そんなこと言われても、聖南さんはもう、どうするか決めてるんでしょ?」
「……まぁ。レイチェルを諦めさせる事が最優先かなとは思ってる」
「俺もそう思います」
顔を上げた葉璃と目が合った聖南は、こんな大事な時にでさえ最終兵器の瞳にやられた。
「クッ」と呻きながら胸元を押さえ、もう片方の手で葉璃の手を握る。
背丈の差分、聖南と葉璃は手のひらの大きさが違う。聖南がギュッと握り込むようにして掴むと、葉璃の手はすっぽりと収まってしまう。
だが二人は、握り合うだけでは終わらない。
聖南の言葉に最後までしっかりと耳を傾けてくれた葉璃の方から、指先で合図が送られる。それをキャッチした聖南は、葉璃の手をマッサージするようにニギニギと動かし、最後に甲に口付けた。
その間、ほんの五分ほど。
この手のひらでイチャつく術は、清く眠る日のベッドの中で編み出されたものだ。
どちらからともなく両腕を広げ、互いの背中に腕を回して抱き締め合うのも、いつからか当たり前になった。
聖南の強行突破によって、葉璃にとっては少々強引に進んでいったと言っても過言ではない同棲も、気付けば早十ヶ月が過ぎている。
二人の生活パターンも、二人だけのルールも、沢山出来た。
葉璃との毎日が失くなってしまったら、聖南は以前のように眠れるのか、仕事へのモチベーションを保っていられるのか、不安で不安で仕方がない。
「ふふっ」
「……葉璃?」
しかし葉璃は、余裕そうだ。
抱いていた体を離してやると、今にも泣きべそをかいてしまいそうな表情をしているのは、何故か聖南のみだった。
「さっき聖南さんが言ってくれたことって、俺がぐるぐるしちゃわないように、ですよね?」
「……そうだけど」
「ふふっ、そっか」
そこまで見透かされていたとは知らず唖然とする聖南の前で、クッションを手放さない葉璃はクスクスと笑い続けた。
聖南はそんな葉璃を、だんだんと下がってゆく口角を自覚しながら不満そうに見詰める。
こんなにも離れ難いのは自分だけなのかと、不満と同時に猛烈な寂しさが湧き上がってきた。
「な、なんでニコニコしてんの? 葉璃ちゃんは寂しくないの? 俺と離れても平気?」
「いえ、平気じゃないです。でも俺、こんなこと言ったら聖南さん怒るかもしれないですけど……」
「何? なんでも言って?」
聖南が葉璃に怒るのは、彼が自分を大事にしない時と、自身を必要以上に卑下する時だけだ。
それ以外なら何を言われようと、どんな文句をぶつけられようと沸点まで到達する事はない。
この状況なので、たとえば〝息抜きのコーヒー〟のような、離れなくて済む良案が閃いたのかもしれないと、葉璃の笑顔に見惚れていた聖南はわずかに期待した。
4
あなたにおすすめの小説
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
灰の底で君に出会う
鮭茶漬け
BL
両親を亡くした高校生、神崎透は叔母の家に引き取られて暮らしている。しかしその家は、家族と呼べる場所ではなかった。家事、雑用、そしてバイト。どれだけ働いても感謝されることはなく、透は「穀潰し」と呼ばれながら日々を過ごしていた。
それでも透は思っている。ここに置いてもらえるだけでありがたい、と。
これは――居場所を持たなかった少年が、初めて愛を知るまでの物語。
氷の婚約者様に破談を申し出たら号泣された
楽矢
BL
目が覚めると、レースの牢獄のような天蓋付きベッドの上だった。
何も覚えていない出来損ない下級貴族ミラ。無能だクズだと冷酷な罵詈雑言を浴びせてくる氷の騎士セティアス。
記憶喪失から始まる、2人のファンタジー貴族ラブコメディ。
----------
※注)
かっこいい攻はいません。
タイトル通りそのうち号泣しますのでご注意!
貴族描写は緩い目で雰囲気だけお読みいただけると幸いです。
ハッピーエンドです。
激重感情をこじらせた攻→受な関係がお好きな同志の方、どうぞよろしくお願いします!
全16話 完結済み/現在毎日更新予定
他サイトにも同作品を投稿しています。
様子を見ながらそのうち統合するかもしれません。
初めての一次創作でまだよく分かっておらず、何かおかしなことをしでかしていたら申し訳ないです!
守り守られ
ほたる
BL
主治医 望月診療所の双子医師
患者 瀬咲朔
腸疾患・排泄障害・下肢不自由
看護師
ベテラン山添さん
準主人公 成海真幌 腸疾患・排泄障害・てんかん
木島 尚久 真幌の恋人同棲中
強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない
砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。
自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。
ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。
とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。
恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。
ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。
落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!?
最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。
12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる