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48❤︎日常2
48❤︎8
しおりを挟む── どういうつもりだ。
レイチェルは、秘密裏に聖南と葉璃の仲を探っていたのではないのか。
偶然出くわした葉璃に牽制したばかりか、聖南にも直接そうくるとは、ある意味切り札をチラつかせた脅しである。
小さく息を呑んだ聖南だが、引き締めた表情を崩すことはなかった。
「へぇ、そうなんだ」
どう答えるか迷っている暇は無かったのだ。
躊躇したり狼狽したり、聖南が僅かでも隙を見せると彼女に確信を与えてしまう。
レイチェルに二人の関係を問われたとて聖南は否定も肯定もするつもりはないのだが、さすがにいきなりその話題を持ち出されるとは思わず、心拍数がやや上がった。
「あら、ご存知ありませんでした?」
「なんで俺がその事を知ってると思ったの」
「深い意味はありませんわ」
「あぁそう。……で?」
やはり彼女は肝が太い。
聖南がそうしたように、あくまでも核心には触れないレイチェルもシラを切るつもりのようだ。
それならば、相手の出方を見るまでである。
「ハルさんは、とても稼いでいらっしゃるのね」
何を問いたがっているのか読めないレイチェルは、先を促した聖南の方を決して見ようとはせず、雑踏を眺め続けた。
「……ん?」
「セナさんと同じマンションにお住まいだと伺ったものですから。日本でブレイクすると、デビューからたった二年でセナさんと同等レベルのマンションを借りることができるのですね。私の母国は、家賃がとても高いんです。ルームシェアをする方も多いの。だからすごく驚いてしまって……。日本でのデビューは、夢があっていいですわね。ハルさんは幸せ者だわ。私も彼らに続けるかしら」
そう饒舌に語ると、レイチェルは何とも不敵な笑みで窓ガラス越しに聖南を見た。その微笑は、さながらミステリードラマのワンシーンのようだ。
聖南はスッと視線を逸らし、両手をコートのポケットに突っ込んで考えた。
悪意とは程遠い羨望混じりの吐息を漏らし、本当に聞きたいことは脇に置いてやはり核心は突かないでいる。
葉璃から聞いていた話そのままを語る彼女は、聖南がぽろりとヒントを溢すのを待っているかのようにも見えた。
「それこそ社長に聞いてねぇの?」
「何をでしょう?」
「俺が二部屋借りてるうちの一つに、〝ハル〟を住まわせてるって」
「おじさまからは、そのような話は……」
「てかレイチェルにここまで言う必要無えんだけど、〝ハル〟って実家が遠いんだよ。今まで実家から出たことも無え息子を一人暮らしさせる親御さんの気持ち考えたら、直属の先輩のうちの誰かが近くに居た方が安心だろ? 〝ハル〟のデビューは異例中の異例だったし、俺が協力しなかったら親御さんは〝ハル〟を芸能界になんて考えもしなかったと思う」
「…………」
簡潔かつ的確な返しに、黄昏れるのをやめたレイチェルが複雑な表情でじわりと振り返る。
彼女は聖南が口を滑らせるのを待っているのだろうが、反対に彼女の方が重要な証言をしてくれた。
強かな肉食女子でも、〝聖南と二人きり〟では自身の失言にも気付かないほど舞い上がってしまうものなのかもしれない。
コートのポケットにしまったスマホを握り締めた聖南は、ほんの少しの嘘と交えて真実ばかりを語ったので、堂々としていられた。
葉璃の実家が遠いことも、葉璃に一人暮らしをさせるのは心配だと漏らしていた両親のことも、葉璃のデビュー話が異例中の異例だったことも、聖南が仲介しなくては彼の両親を説得出来なかったことも、真実なのだ。
聖南が吐いた嘘はたった一つだけ。
葉璃と聖南の、同棲理由だ。
「直属の先輩というと……ハルさんのお住まいは、アキラさんやケイタさんのそばでも良かった……そういうことですか?」
「そう。たまたま俺が二部屋借りてたから、一部屋使ってねぇし金貯まるまで住んでいいよってことになった。事務所のマンションっつっても家賃光熱費かかるわけだし、そもそも一人暮らし経験が無え〝ハル〟を孤独にさせたくねぇってのが、親御さんの本音だったからな。少なくとも俺が隣に住んでれば、何かあった時駆けつけてやれるじゃん」
レイチェルはとにかく、〝ハル〟の住まいが気になるらしい。
あまり納得していない顔で「そうなのですね……」と頷いてはいるものの、彼女の中の疑惑が晴れたわけではないのは明らかだった。
一つの嘘が若干大きくなってしまったが、さして問題は無い。
本当は、アキラもケイタも借りている部屋は一つではない。レイチェルの問い通りであれば、葉璃の住まいは確かにCROWNの三人のうち誰でも良かったということになる。
しかし実際にその案が上がったとしても、聖南がそれを許すはずがないだろう。
葉璃との同棲には明確な〝理由〟があり、一時的なものではないのだから。
「……っていうか、やたらと〝ハル〟を気にしてるみたいだけど。なんかあんの?」
「あります」
── おぉ、即答かよ。少しは濁せよな。
内心で苦笑を浮かべた聖南は、とうとう核心に迫られそうな気配に背筋を伸ばして身構えた。
業界のみならず、あらゆる方面にとんでもない影響を及ぼしかねない切り札を持つレイチェルが、聖南の前で狼狽えるはずもない。
だが聖南も、負けじと彼女のブルーの瞳を見返した。
聖南から愛されることを夢見て、裏でコソコソと真実を嗅ぎ回るゴシップ記者のような真似をしなければ、レイチェルは真に美しい女性だと思えるのだが。
葉璃に心臓を撃ち抜かれた日から、聖南の恋愛対象は葉璃一人だけとなった。甘い感情を湧き立たせるのも、葉璃に対してのみとなった。
愛してやまない、葉璃しか要らないと平気でのたまえるほど夢中になっている聖南が、他人に目移りするわけがない。
すべては葉璃のため。
聖南は葉璃のためならば、いつでも誰とでも刺し違える覚悟がある。
相手がどんなに強力な切り札を持っていようと、それをチラつかされ無慈悲に脅されようと、聖南はレイチェルの策にも、好意にも、踊らされない。
「分かんねぇな。なんでそんなに〝ハル〟のことが気になんのか。接点も無えのに敵視してるように見えるんだけど?」
「セナさんに恋人がいらっしゃるのは、私も存じております。けれどセナさんは、その方とお会いになっている様子がありません。TVショーではよく恋人のお話をされていらっしゃるけれど、お忙しい身でいつそのような時間があるのか、私には疑問なのです」
「ん、質問聞いてた? てかそれと〝ハル〟に何の関係があんのかな。俺の恋人とどう結びつくんだよ」
共に白々しい二人は、互いの出方を窺おうと神経を尖らせ、見つめ合うのではなく意識としては睨み合っていた。
とぼける聖南と、言質を取りたいレイチェルの攻防。
睨み合いは、五分近くに及んだ。
それが終わりを見たのは、聖南から見詰められ耐え切れなくなったレイチェルがポッと頬を染め、視線を逸らした時だった。
「── ハルさんこそが、セナさんの恋人なのではないかと。私はそう感じています」
彼女は神妙に、自身の胸に手を当てた。
映画のヒロイン気取りでゆっくりと瞼を閉じ、そしてとうとう、聖南に向け決定打を放った。
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